第33話 赤雷

 クロードの額に出現した赤い角はさらに輝きを増し、直後、雷鳴のような爆音とともに赤い稲妻のような閃光を周囲に放った。


 思わず耳を伏せ、顔を腕で覆うハクトとリッカ。


 閃光の衝撃が洞窟の岩盤を砕き、砂煙が舞っている。

 晴れていく砂煙の向こうで、膝立ちのクロードがゆっくりと立ち上がる姿が見えた。


 赤く光る額の角と両目。

 肌の上には、絶えず電流のような赤い光が走っている。


「……角に……電流……ッ? 師匠、何なんだあれは」

「わたしにも分からない。だが――」

 ハクトの問いに、リッカは張り詰めた声で応じる。

「マンティコアの例がある。バニーでありながら翼を生やして飛翔するという異常な能力を示してみせた。彼岸ノ血を取り込んで自らを進化させたのだ」


「彼岸ノ血を大量に取り込んだクロードにも、同じことが起こっているのか……?」

「もしかしたら、あの男はダイヴで彼岸に渡った後、完全にはのかも知れない。彼岸側の存在に、こちら側の理屈は通用しない。気を付けろ、ハクト――」

 リッカはまなじりを決してクロードを見据えた。

「クロードをワーバニーと……わたし達と同じだと思うな!」

「……!」


 クロードは電流の走る手を何度か握りしめ、感覚を確かめているようだ。やがて赤く光る目をハクトに流し向けた。

「……待たせてしまったかな。それじゃあハクト……君の“命の核”、砕いたらどうなるか、早速試してみようッ!」


 空気の爆ぜるような音がした直後、目の前にクロードが迫っていた。

 まさしく雷が落ちるような速度だ。


 すでにクロードの右手が、ハクトの首元を掴もうとしていた。


 リープ――!


 咄嗟にその手を逃れて数メートル後ろに移動する。

 と同時に、クロードの右手が激しい電撃を放った。


 やはりクロードは攻撃に電流を使うことができるようだ。

「あはっ、避けたね。そうこなくちゃ」

 クロードは笑顔で空振りした右手を頭上に挙げ、そのまま振り下ろした。


 腕の動きに連動して、頭上から赤い雷が落ちて岩場を砕く。

 次々に炸裂する落雷を走って避けながら、もう一度リープしたハクト、今度はクロードとの距離を詰めた。

 右手は、テリトリーに沈めている。


 刀のタスクを引き抜きながら踏み込み、クロードの胴を横薙ぎにした。

「――!」

 虚を突かれたように、今度はクロードが電撃とともに後ろに退いて斬撃をかわしている。


 退いた先へは、リッカが跳び込んでいた。

 振り下ろされた小太刀のタスクがクロードの右肩に入るが、浅い。電撃の速度で移動するクロードを捉え切れていなかった。

 稲光が弾け、両者の間合いが広がった。


「痛いな……でもすぐに治るね。やっぱりこの身体はよくできている」

 クロードは右肩を押さえながらハクトとリッカのタスクを見比べている。


「それに何だろう、その……武器? それは初めて見るね。ワーバニーというのは、どこからでもそうして武器を取り出せるのかい?」

「……」


 ステア――。

 ハクトは無言で両目に意識を向けた。


 視界に彼岸ノ血脈が広がる。

 血脈のあらゆる場所がねじれからまり、いびつな塊を作っていた。彼岸ノ血脈の乱れが進んでいるのだ。


 クロードが言っていた“命の核”とは、きっとクリティカルポイントのことだ。

 気にしたことは無かったが、ワーバニーにもクリティカルポイントはある――ということか。


 視えた。


 血脈が乱れて捉えにくいが、確かにクロードにもクリティカルポイントが明滅している。

 

 タスクの存在も知らないままに、クロードは“クリティカルポイントを砕く”というクリティカルヒットに通ずる攻撃を体得したものらしい。

 恐らく、タスクの代わりになっていたのが、あの赤い雷撃なのだろう。


「……なるほどね。僕が手に入れた力には、僕の知らない部分がまだあるってことか」

 我流にして、クロードはここまで戦える力を手にしている。

 彼は恐らく、戦闘における勘に長けているのだ。


 人格をもたないバニーを相手している場合とは事情が違う。

 刃を交わしているうちに、ハクトの動きが見切られてしまうかも知れない。

 戦いを長引かせるのは、危険だ。


「……」

 ハクトは刀の柄を握り込んだ。

 クリティカルヒットで、決着をつけるしかない。


 クロードのクリティカルポイントは、三箇所――いや二箇所。

 マンティコアの巨体と違って、それぞれのクリティカルポイントの場所は近い。

 一太刀で、断てる。

 ハクトは刀を上段に構え、息を吐いた。


 リープ――。


 ハクトが地を蹴ると、周囲の時間が止まったように感じた。


 クロードの首にある、クリティカルポイント。

 ハクトの振り下ろす刃が、まさにその場所へ到達しようとしている。

 二箇所目は右脇だ。首を斬った軌道で、そのまま断つ。


「……!」

 そこでハクトは、クロードの体勢に気付いた。

 入り身状に踏み込み、右掌をハクトに向けている。彼の胸元に触れている掌は赤い電光を帯びていた。


 クロードの方が先に動いていたのだ。

 相討ち……?


 思わず手元が乱れる。

 その時、制止した時間の中で、黒い髪をなびかせて走り込んで来るリッカの姿が見えた。


 周囲の時間が動き出す。


 激しい雷鳴とともに、ハクトの身体は後ろへ弾き飛ばされた。

 胸を鈍器で殴られたような衝撃で、息ができない。


 ――何が起こった?


「ぐう……ッ!」

 クロードの右脇から先は斬り飛ばされて、血が噴き上がっている。

 首は無事だ。ハクトの攻撃は届いていない。


「か……ッ、かはッ!」

 地面に倒れたまま、大きく喘ぐハクト。

「ゆっくり呼吸をしろ……間一髪、直撃は免れたようだな」

 ハクトの横にリッカが膝を着いて彼を助け起こしてくれた。

「師匠が、クリティカルヒットを……?」

 リッカは緩く首を振った。

「斬ったのは腕の根元のクリティカルポイントだけだ。お前が電撃に貫かれるのを防ぐためにな」


 どうやらリッカがクロードの腕を斬り飛ばすと同時にハクトを突き飛ばしたらしい。

 それでも至近距離で電撃が放たれたことで、ある程度の衝撃を受けてしまったようだ。


「失敗……したのか」

 リッカの手を借りて立ち上がるハクト。ダメージが残っているのか、うまく力が入らない。

「焦るな、相手の動きをよく見るんだ。リープを使っても雷光の速度で動くあの男を捉えるのは容易ではない。いくらワーバニーの私達でも、あの雷をまともに食らったら動けなくなるぞ」

「……ごめん。ありがとう師匠」

 彼女は彼の銀髪に軽く手を置いた。

「気にするな。弟子を守るのは師の務めだ」


 クロードは、ふらふらと斬り飛ばされた腕に歩み寄って、それを拾い上げている。

「……やるじゃないか。僕の動きについてこれるとはね……驚いたよ」

 腕の斬り口を合わせて、押さえつけながら彼は近くの川の流れへと足を踏み入れた。

 川の流れが再びクロードの周囲で渦を巻きながら波立つ。


 赤い流れの燐光に包まれて、クロードはリッカの方をゆっくりとにらみ上げた。

 彼の口元から束の間、笑みが消える。

「リッカ……だっけ。何だかとても邪魔だね、君……」


 リッカはその視線を真っ直ぐに受け止めながら、クロードの血を吸った小太刀を構えた。


 ぐらり、と洞窟全体が揺れ、視界の端にある岩盤が崩れて大きな音を響かせる。

 ――また地震だ。


 クロードの動きと無関係とは思えない。

 彼がこの場の彼岸ノ血を吸収し続けることで、辺りが枯れ果て、朽ちていっているのではないだろうか。


 再び、地響きとともに洞窟のどこかが砕ける音がした。

 ネザー・ワーレンが、崩れ始めている。



つづく

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