第34話 狡兎
またひとつ、彼岸ノ血の流れがクロードに吸い尽くされた。
リッカに切断され、今再び元通りに繋がった右腕を、彼は何度か回して具合を確かめている。
「短期決着を狙おうとしたお前の判断は間違っていない。彼岸ノ血に満ちたワーレンはワーバニーにとっては体力の消耗が抑えられる有利な環境だが――」
リッカは横目でハクトを見やった。
「ああして彼岸ノ血を直接取り込んで回復することができるクロードと違って、わたし達はエッグを喰わなければ急速な回復は望めない。先ほどのようにクリティカルヒットを失敗すれば、そのだけ体力を消耗していく訳だ……この場であの男と戦うのは極めて不利だな」
彼女の言う通りだ。
それに、このまま彼岸ノ血が奪われ続ければ決着の前にこの洞窟が崩れてしまいそうだ。
その前にこの場所から、移動しなくては――。
そこでハクトははっとした。
「……ダイヴ……」
思わずつぶやいた彼の言葉に、リッカが笑みを漏らす。
「……ふむ、覚えていたようだな。わたしも同じように考えていた所だ。それが最善の手段だろう」
テリトリーからテリトリーへ移動する技――ダイヴ。
ネザー・ワーレンからでも、地上へ一瞬で移動できるはずだ。
「師匠なら、クロードごと移動することができる?」
「任せておけ。あの男をネザー・ワーレンから引きはがす」
クロードの右腕に赤い電光がはじける。彼は軽くうなずいてハクト達の方を向いた。
「……師匠か。僕が駆け出しの頃にもいたよ、あまりよく覚えてないけど。ギルドの徒弟制度なんてハンターになるための煩わしい手続きのひとつみたいに考えていたからね」
クロードの額の角が赤い光を帯びる。
「そこのリッカは……君にとっては大事な師匠なんだろうね。そういう所、やっぱり僕と君とじゃ感覚が合わないな」
「お前と感覚が合う部分なんてどこにも無い」
「あはは、確かにそうだ。でもだから殺す相手に相応しいんだよ、そうだろうッ?」
辺りに雷鳴が響いた。
右腕に電撃を乗せたクロードが、目前に迫る。
「今だッ!」
リッカがかたわらに立つハクトの手を握った。
クロードの放った電撃が岩盤を穿つ。
その場所から、リッカはハクトとともにリープしている。
移動した先は、クロードの真横。リッカの腕が、彼の肩を掴んだ。
「……ッ?」
「行くぞ」
ダイヴ――!
最初にダイヴを経験したのは、ネザー・ワーレンからリッカのセーフハウスへの移動だった。
その時は移動した事実に気付きすらしなかったが、何度もリープを重ねているうちに時間の流れが違う空間に慣れてきたのだろう。
ハクトは今、ダイヴ中の視界を認識していた。
不思議な光景だった。
そこはどこか広々とした平地のようだ。空は青い。青が深過ぎて黒いくらいだ。
平地は一面、赤く染まっている。
無数の赤い花が一面に咲き誇っているのだ。
ハクトは、その広大な赤い花の直上を高速で移動している。
彼の起こした風に花畑が揺れ、赤い花弁を吹雪のように舞わせた。
ここが、彼岸――?
そう思った次の瞬間、ハクトは明るい荒野に立っていた。
目の前に巨大な地割れが見える。
地上に戻ったのだ。今度は
辺りをバニーの赤い群れが埋め尽くしている。中には大型種も混じり始めているようだ。
だが――今は気にしていられない。
目の前にクロードが立っていた。クロードもこちらの方を向いている。
「……ッ!」
二人は同時に動いた。
電撃を放つクロードの動きの方が速かった。
ハクトはリッカを背に庇いつつ、彼の腹部を思い切り蹴り飛ばす。クロードの放つ電撃が、顔の横へと逸れた。
その隙に、身を屈めて足元にマークする。
身を伏せたハクトをリッカが跳び越えた。着地と同時にテリトリーを展開し、小太刀のタスクを手にする。
ハクトもすでに刀を手に取っている。
ステア――。
バニーの群れの中、クロードのクリティカルポイントのみを見極める。
三箇所だ。
胸と、腹と、頭部。
ハクトとリッカが同時にリープする。
「――あははっ、そうか、あの一瞬でワーレンを出たのか! 凄いな、こんなこともできるのか!」
だが一瞬、遅い。
クロードは雷光とともに距離を取っている。
「どうやったかは知らないけど、僕に彼岸ノ血を吸わせないようにして、回復の手段を絶つ魂胆だね。でも見てごらんよ、ここにはバニーがたくさんいるよ? ワーレンの外に、はぐれバニーがこんなにいる。ここでも回復手段には困らないよ!」
「それは俺達も一緒だ。同じ条件になったってことだ」
「ふふ!」
ハクトが言うと、クロードは嬉しそうに笑った。
ひと際、大量のバニーの波が押し寄せて彼らの間に流れ込んだ。
ハクトはタスクを両手で構え、集中を削がれないように最低限の動きでバニーいなしながら、クロードの動きを視界に捉えようとする。
「上だ!」
リッカの声が耳に届いた。
クロードがバニーの波を乗り越えて、跳躍していた。
頭上に両手をかかげ、そこに雷光が集まっていく。
大量のバニーを巻き込みながら、地面に炸裂した赤い落雷が周囲の空気を薙ぎ払う。
リープ――!
電撃を地面に叩き込んだクロードの頭上にハクトは跳んでいた。大上段に振り被った刀を振り下ろす。
ステア――!
「喰らえッ!」
クロードの肩口に、クリティカルポイントが見える。もう一箇所は、太腿。そこへリッカが地面を滑るように踏み込んでいた。
ハクトとリッカの斬撃は、同時に二箇所のクリティカルポイントを砕いた。
「……ぐううッ!」
血潮をまき散らしながら、クロードが雷鳴とともに地面を転がる。胸元にクリティカルポイントが残っていた。
失敗だ、捉えきれていない。
だが太腿の肉を半分以上斬り裂いたリッカの攻撃が、クロードの動きを大きく鈍らせた。
「ッは、あはははッ! まだだァッ! まだだよ、ハクトッ!」
即座に身を起こせずにいるクロードはそのまま地面に額を打ち付け、そこへテリトリーを展開した。
着地したハクトと、リッカもテリトリーを展開する。
ハクトはリッカと視線を交わした。
次で決める。
ステア――。
クリティカルポイントは、三箇所。
角と首、そして胸。
クロードの右手が雷光を帯びる。
同じ失敗は繰り返さない。ハクトの踏み込みはその軌道を避けていた。
リープ――!
周囲の時間が制止する。
動いているのは、ハクトとリッカだけだ。
振り下ろしたハクトの剣閃が、正確にクロードの角を切断する。
残るは、首と、胸。
返す刀で首に刃を向けたその時。
「……
ぎろりとクロードの目が動いて、その刃を見た。
「……ッ?」
動けるのは、リープを使っているハクトとリッカだけのはずだ。
意表を突かれたハクトの死角で、クロードの左腕が動いていた。
彼の左腕には、赤い刀が握られている。
クロードが、タスクを――?
その刃は、クロードの胸を狙うリッカに真っ直ぐに向けられた。
そして、制止した時間が動き出す。
膝立ちで体勢低く踏み込んだクロードは、ハクトの首薙ぎを避け、同時にリッカの脇をすり抜けた。
左腕に握られたタスクが、リッカの腹部を深々と斬り裂いている。
リッカは、リープの勢いを残したまま激しく地面に突っ込み、そのまま動かなくなった。
「……こういうことか」
クロードのつぶやきが耳に届く。
投げ出された人形のように倒れ伏すリッカの姿を、ハクトは呆然と見下ろした。
斬られた腹部の周りに、とめどなく赤い血が広がって行く。
師匠――。
「……師匠おおおおおおおおッ!」
激しい叫びが、ハクトの喉を震わせた。
つづく
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