第33話 狼だと思います
「ありがとうございましたー」
「まいど。せしあ。またきて」
「ふふっ。アリーちゃん、私があげたシュシュ付けてくれてるのね。すごく素敵よ!」
「これ。すき。せしあ。せんす。いい」
露店の日陰に座るアリーはフフンと胸を張り、黒髪を束ねる赤いシュシュをこれ見よがしに自慢する。
「うん、かわいいわー。じゃ、クリシェ君。アリーちゃんまたねー」
笑顔で商店街に溶けていくセシアさんの後ろ姿に頭を下げる。
ふと横を見ると建物の間から覗く大海がなんとも美しく、そして穏やかだった
吹き抜ける潮風の匂いと青々とした空から燦々と降り注ぐ太陽光は、いつぞやの家族旅行を思い出す。
古代時代から続くとされる石造りの建築様式で建てられた白い家々と、そんな家々の間に作られた穏やかなフリーマーケットには、採れたて新鮮な魚介や地方性ある民芸品を売る露店が立ち並んでいた。
「おーいクリシェ坊。例の預けてた奴出来てるかぁー? あ、あとこの葡萄はアリー嬢と分けてくれや」
今日もぽってりと突き出たお腹とニコニコした笑顔が愛くるしい。
「ぽーるす。いつも。やさしい。ぶどう。すき」
紫の宝石に目を輝かせるアリーは、それを受け取るとすぐさま口を潤す。
「おうよ! 今度はあま〜い秋イチゴ仕入れるからそん時はまた楽しみにしてな!」
「――んっぐ……ん……ぐ……んぐ。ぃ……いちご……も。あまい。アリー。こうぶつ」
もぐもぐした口で次回のお裾分けに胸を馳せるアリー。
それを嬉しそうに眺める彼は、現在僕達が身を寄せている海岸都市『ベンフィーリス』で八百屋を経営しているポールスさん。
その日暮らしに近い僕達を気にかけてくれる心優しいおじ様だ。
「どうも。いつもお世話になってすみません……それとお預かりしたアイテムですが、無事に熟成完了していますよ」
ポールスさんに鏡面のようにピカピカと輝く包丁を差し出す。
「お預かりしたアイテム【鉛鉄の包丁】は元々C−ランクアイテムで……今回の熟成の結果B−ランクアイテム【
「ぽーるす。まいど」
「おおー。こりゃあ良い! 親父の形見だったもんで捨てきれなかったんだが……いやぁーこうやって生まれ変わってくれるとはなぁ!」
熟成した包丁に満足した様子のポールスさんは包丁を専用ケースにしまうと何かを思い出したかのように口を尖らせる。
「――? どうかしましたか? 包丁に何か……?」
「いやいやぁ違うんだ。たしかお前らは王都から来たんだったよな? それならこれを見ておいた方がいいと思ってな」
そうするとポールスさんはポケットから新聞を取り出し、一面を飾っている写真に写る人物を指差す。
「これは昨日王都で行われた建国聖夜祭の写真だ。普段なら国王である『ドラグリス』様が国進のお言葉を述べられる所を、今回は長男である『バルバロイ』様が演説を行ったんだよー。ドラグリス様もそろそろご年齢的に厳しいのかねぇー」
『強兵守民を謳う次代の救世主。堂々の演説!!』
プロパガンダ味を少し感じる見出しと一面の写真。
数万人のコルヴァニシュ国民が集まった宮殿の露台で大きく拳を突き立てるバルバロイ様と、その後ろで呑気にあくびをしている仮称僕の親友の姿。
「まぁーバルバロイ様なら後継になっても強いコルヴァニシュを維持し続けてくれるだろう! こないだの『エルスラエル』の脱税事件もバルバロイ様のお陰で明るみに出たんだから大したもんだよなぁ」
「――そうですね……」
僕達が賭博都市エルスラエルを出て早一ヶ月。
あの日。
カインズ様率いる第一聖旅団は、賭博王の名を欲しいままにしていた『レミファント』とその一派を国家転覆及び、巨額脱税の容疑で王都へ連れ帰ると、レンス広場にて公開処刑を行った。
更には奴隷商で儲けていた商人や観光客や富裕層向けでは無い違法カジノを次々と取り締まり、店舗経営者はもちろん利用の過去がある者まで全てを収監したのだった。
おそらくだがカインズ様があの時、僕達に忠告した理由は『レミファントに何かされる』と言うよりも、『レミファントと関係を持つ事で逮捕される』事を避けるためだったのだろう。
その後、新聞にデカデカと書かれた記事はどれも『賭博王の巨悪を暴き出した英傑バルバロイ!!』『目先の利益よりも国税を守った真の王族!!』『奴隷民よ! 救世主に感謝せよ!」など悪事を暴いたバルバロイ様を異常なまでに担ぎ上げた記事ばかりが並んだ。
まるでカインズ様の手柄まで全てを自分が行ったと言わんばかりの態度に、僕は少しの違和感を抱いていた。
そしてもっと気になる点は、一般国民にバレるほど国王様の容態が悪化しているという事とバルバロイ様の行き過ぎた好戦欲だ。
「ドラグリス様も7、8年前までは連戦連勝で国土拡大に注力されたんだがなぁー。ここ最近はホーンディアに遠慮しているようにも見える……『シダレの蛮族』にも土地を与えたままだしなー。あんな蛮族に好き勝手やらせてて良いわけがねぇのになぁ!」
「国王様が弱ったこの時に、あの蛮族どもがホーンディアの連中と結託してるんじゃねーかって噂もあるくらいだ!」
「――!! そ、それは……」
これこそがコルヴァニシュの民に長年刷り込まれた差別意識。
別に彼が酷い人間というわけでは無い。
ポールスさんのように心優しき人間ですら嫌悪してしまうほどにシダレの森やアッサムに対する差別意識は根深いのだ。
「で、では僕達は宿に戻ります……葡萄ありがとうございました……」
こないだのようにアッサムの記憶を思い出して暴走する素振りは見せていないものの、これ以上の会話はアリーの精神に支障をきたす恐れがあるため、急いで露店の荷物をまとめる。
「――? おう! また掘り出しアイテムがあったら頼むぜぇー。 あっ!」
自分の店に戻ろうと振り返ったポールスさん。
しかし突き出した腹の影響か、持っていた包丁ケースを手から離してしまった。
「まずい!」
――ぽすっ
黒い髪を華麗に翻しながら見事に包丁ケースをキャッチしたアリーはいつものように平坦なイントネーションで手渡す。
「ぽーるすの。おとうさん。かたみ。だいじ」
「お……おお! すげー反射神経だなアリー嬢! せっかく熟成してもらったのにダメにしちまう所だったぜー」
アリーの脅威的な反射と身体能力に拍手を送ったポールスさんは今度こそ商店街に消えていった。
「なぜだ!! 我は対価を支払っておるであろう!」
「頭おかしいのかこの小娘!!」
片付けを進めていると、商店街の奥から少女の怒りに満ちた叫び声とそれに対抗する男性の声が聞こえてきた。
「き、貴様ぁ!! 我はこれだけしか持ち合わせておらんと言っておろうがぁ!」
「はぁぁ!? こっちはヴァリア紙幣を寄越せって言ってんだ! そんな石ころで商売が成り立つわけねぇーだろ!」
片付けが終わった僕達は、人並みの野次馬精神から人をかき分けて声のする方に歩いていく。
「わ、我には重大な責務があるのだ! そのためには食わんとやっておられんだろうが!」
かき分けて見えたのは肉屋の前に出来た人だかり。
そしてその中心には、独特な言葉回しと季節外れの白毛ダウンジャケットに身を包む少女の姿があった。
「――あなたは……」
小さくつぶやいた僕の声に、ピクっと反応した彼女は僕を認識した3秒後、蒼い瞳を涙で滲ませながら飛び掛かってきた。
「く、クリシェ〜〜!! だずげででぇぇ!!!!」
――ドタンッ!
石畳に打ち付ける腰の痛みよりも、白銀に反射する美しい髪の毛に気をとられた。
「――ノアさん……!? なんでここに……!?」
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