第11話 白狼を無視しようと思います
走り出して数分後、視界の先に騎兵部隊の姿が見えた。
「――やばっ!」
咄嗟に茂みへ体を伏せ隠し、息を潜める。
「これより散開し隈なく異変を調べろ! 先ほどの音は魔獣の仕業だとは思われる! 細心の注意で捜索せよ!」
よ、良かった……。まだ魔獣の仕業だと思ってくれているみたいだ。
「がしかし! 万が一コルヴァニシュの人間だった場合はバレる前に即刻殺せ! 野蛮なアッサムの連中や他国につけ込む隙を見せるな!」
ほんっとにやばいかも……。
薄暗い視界環境のお陰だろうか、なんとか見つかることなくその場を凌いだ僕だったが依然として身動き出来ない状況が続いていた。
「――どうしよう……急いで隠れたから入ってきた穴への道が分からなくなった……」
その時ふと視界に額に角が生えた白いウサギのような動物が目に入る。
ぐったりと横たわる角ウサギは息はあるものの、後ろ足に獣罠の鉄針が刺さっており、とても動ける状態ではなかった。
「――っぐ。もぉ……こんな時に……」
匍匐前進でゆっくり近づき、ぐったりとしたウサギをそっと抱える。
「よかった……足の傷は大した事ない。でもこの鉄針って……まさか」
ひとまず細い後ろ足に貫通した鉄針を引き抜く。
キューー! キュー!!
「ごめん……! 痛いよね。でもちょっとの我慢だよ……」
鉄釘を引き抜いた後ボロボロになった長袖シャツの袖を
剣道部で習った圧迫止血がこんなところで役に立つとはな……相手はウサギだけど。
しかしウサギの容態は一向に回復しない。むしろ呼吸はどんどん荒く小さくなっていく。
「やっぱり毒が塗ってある……数十年前の争いで王国が設置した罠の残りか……?」
ここをなんとか切り抜けてレンドンさんのところに運び込む? それともスカイさんに解毒草を貰いにいくか……。
いや多分そんな時間はない。
「――スカイさん……? 解毒草……?」
その時、ふと今朝の熟成アイテムが頭を過ぎった。
「待てよ? 今朝の熟成でB−アイテムとは別にアイテムがあったような……」
僕は後ろポッケに詰め込んだ【アイレン草】をすぐさま取り出すとウサギの小さい口に運ぶ。
すると瀕死状態の角ウサギは最後の力を振り絞り、少しずつだが薬草を噛んでくれる。
「頼む……。効いてくれ……!」
次第に虚だったウサギの目はパチっと開き僕の腕の中から飛び出すと、そのまま足を引き摺りながら暗い森に駆けていった。
「ふぅー。良かった良かった……って――」
いやいや全然良くない。
絶望的状況は何も改善されていないのだ。
「そ、そこの外界の人間! なにゆえ角ウサギを助けたのだ!?」
!?
誰だ!? まさか見つかった……?
乱暴に言い放たれた女の子の声。
しかし周りを見渡しても女の子どころか人影すらない。
「――こっちだこっち! み、見て分からんのかぁー!?」
ゆっくりと茂みから体を起こすと、ゴールデンレトリバーを更に二回り以上大きくしたような白い狼がこちらに睨みを効かせていた。
「白い狼……!? でもなんで言葉が……?」
鋭く尖った牙に透き通った純白の毛皮に包まれた白狼からは神々しい雰囲気を感じる。
「ふっふっふっ……人間ながら魔獣を救った外界の者よ……貴様には特別に我の真なる巳姿を見せてやろうぞ!!」
「――いや。今それどころじゃ無いので。それでは失礼します」
「あ……はい。邪魔しちゃってすみません……」
とにかく時間がない僕は軽く一礼し、シュンと耳を垂らした白狼の隣を通りすぎる。
「くそー。どこから来たっけな……このままじゃ衛兵に見つかるのも時間の問題だ」
すると、後方から人間のものではない足音が猛スピードで突っ込んできた。
「ちょ、ちょっとぉぉ!!! 人間の言葉を話す白い狼だよ!? 外界には存在しない固有種の我をスルーするとは何事だぁ!?」
「――そうですか凄いですね。では僕は急いでいるので」
「あ、そうですか……お気を付けて……」
さっきは神々しいなどと思ったがよく考えれば、鋭い牙に白い毛並みで人語を話す犬なんて某携帯会社のCMで嫌と言うほど見てきた。
したがってこの狼にそれほどオリジナリティを感じないのだ。
「まっ待ってぇぇ人間ごときがぁぁ!! ……わ、分かった分かった謝るからぁ! ねぇー! ごめんなさい! 外界の人間が来てくれて舞い上がっちゃったのぉー! 謝るからちょっとは止まってよぉー!」
さすがの僕も人差し指を口に当てながら静まるように要求する。
「しー……! 静かにしてくださいよ……僕は今衛兵に狙われてそれどころじゃないんです……!」
「じゃあじゃあ……! ノアが静かにしてたら質問に答えてくれる?」
またもや耳を垂らしながらシュンと俯く白狼はキラキラした蒼い瞳でこちらを見てくる。
「はぁ……ええどうぞ。でも僕狙われているのでアナタも危ないですよ……?」
「それは大丈夫! アッサム族にはあの衛兵達は手出しできない事になってるから!」
何回見ても狼の口パクから女の子の声が聞こえてくるこの現象に頭がついていかない……。
「そうですか……それで質問とはなんですか?」
白狼は綺麗なお座りの状態になり口を開いた。
「ふっふっふ……敵であるはずの角ウサギを助けた優しさを持つだけでなく、朱玉の妖刀を操る人間よ! 貴様こそが憎きコルヴァニシュの圧政から我らアッサムを導く伝説の『
「――。……。…………ち、違いますけど……?」
「………………。 ――わん……?」
ここまで盛大に勘違いをされては何も言い返してあげることは出来ない……。
『
すると白狼の声が響いたせいか、今度こそ騎馬に乗った衛兵達に見つかってしまった。
「あそこだ! アッサムの狼と一緒だ!! いいか、人間だけを殺せ!!」
ま・ず・い。
とてもじゃないが走っては逃げられないし、コントロールの効かない
「我に乗れ! さぁ早く!」
白狼は鼻先を僕の股下に入れ込むと無理やり背中に乗せて走り出した。
「うぁぁ! 速! て、てゆーかどこに向かうか分かってるんですか!?」
「ふっふっふ我の力を思い知ったかぁー人間よ! お主の匂いが残る道を辿ればいいのであろう?」
誇らしげに揚々とした白狼は、そこからさらに加速していく。
「た、助かりました……! ありがとうございます狼さん」
「わ、我を狼さんなどと呼ぶな! 我は歴としたアッサムの後継者だぞぉ!? 名はノアリスだぁ!」
「――! アッサムって人間の姿をしているんじゃ……?」
「それはお主ら人間との交渉ごとに合わせて姿などを変えているだけだ。我も人間との政には女性の人間の姿になるしな」
そうだったのか……てっきり獣を従えながら共に生きる遊牧民族のような生活を想像していたけど。
だからさっきから女の子の声で話しているのか……。
「お主には聞きたい事が山ほどあるが今日はやめておこう。では――」
白狼は急に立ち止まり、僕は慣性の法則に漏れず前方に飛び出る。
「え、うゎゎ!!」
泥溜まりへの横滑りダイビングをなんとか成功させた僕は辺りを見渡す。
するとそこはさっき開けた例の通り穴の前だった。
「また会おう、心優しき人間。我が奴らを引きつける」
神々しく輝く白い狼はそのまま明後日の方向に走り去ってしまった。
そうして僕はなんとかこの魔境から逃げ出す事ができた。
すっかり陽が落ちた頃、自宅へ戻ると玄関の前で座り込む小さな人影が見えた。
「お、お兄ちゃん……おねーちゃんが……」
「――! リリ……」
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