第10話 不抜伝説を破ってみようと思います


 とは言ってもここはには猛獣管区に指定されているエリア。

 当然だが入り口には武具を携帯した衛兵達がウヨウヨしている。


「回り込むしかないか……」


 衛兵の目が届かない茂みまで回り込み、見つからないようにしゃがみながら天桜流刀てんおうるとうを小さく構える。


 超合金製金網の圧倒的強靭さと幾重にも貼り付けられた集魔燈の防壁はまさに難攻不落。


 爆破や斬撃などの物理攻撃は超合金製金網が弾き返し、金網への物質変化魔法や変形魔法は直ちに集魔燈に吸い尽くされ警報が鳴り響く二段構え。


 そのお陰かシダレの森への侵入は設立以来誰一人成功していない不抜伝説があるほど。


「――そっと……音を出さないように……」


 匍匐前進の体勢で天桜流刀てんおうるとうの刃先を格子状の金網にちょこんと当てる。


 そのままゆっくりと慎重に刃先を地面に近づけていく。


「――こ、これって……」


 圧倒的強靭性を持つはずの金網はまるで味噌汁に入れる豆腐を切るかの如く何の抵抗をすることなく刃先に道を空けていく。


 いや。

 むしろ金網の全力の抵抗に天桜流刀てんおうるとうが気づいていないと言った方が正しいかもしれない。


 無論、元々ただの【木の棒】が進化しただけの無魔力、無属性なこの剣が集魔燈のセンサーに引っかかることはなく、人一人が通れる通り穴を作った僕はそのまま難なく侵入に成功した。



『グギュイイイーー!!!』


『アーアーアー!!』


 不抜伝説をいともあっさり破った僕は絶えず聞こえてくる魔獣の鳴き声の中、足元の草木に注視して歩みを進める。


「でも凄いな……こんな手付かずの自然が存在するなんて……」


 シダレの森は元々コルヴァニシュ王国成立以前から魔獣や森と共存共栄してきた『アッサム族』の支配地域として存在していたが、コルヴァシュ王国の繁栄と共に徐々に範囲を狭めていった。


 コルヴァニシュの王都が『シダレの森』の目と鼻の先にあるのも、王都のある場所に元々アッサム攻略の拠点キャンプがあったからだと言われており、レンス広場の観星塔もアッサムへの監視が設立の主な理由だと聞く。


 しかし、数十年前コルヴァニシュの勢力拡大を面白く思わない他国の干渉圧力とアッサムに突如現れた『冠女英雄シェールヒルデ』の活躍に苦戦した王国は、円周30キロの金網以内の範囲を条件にアッサムと『シダレの森』の独立を渋々ながら認めた。


 したがってこのような手付かずの魔境が王都近郊に存在するというアンバランスな世界地図が完成したってわけだ。


 そして今、その手付かずの森に侵入した僕は360度の角度から絶えず魔獣の気配を感じ取っている。


「ええっと……たしか図鑑で見せてもらったオトリナ草は赤い茎と紫の葉先だったな……」


 陽が当たらずぬかるんだ地面を眺めながらひたすらに前進する。


 んー。

 流石にそうそう見つかるものでもないか……。


 しかし鬱蒼と雑木が生い茂る魔境だと思っていたが、入ってみると実に多様な生物が生息している生物のパラダイスだった。

 美しく咲き誇るヴァイオレット色の菊花や真っ赤に染まった苔植物、赤青黄の三原色がカラフルに柄打ちされた椋鳥など見たことも無い動植物で溢れていた。


 壮大な景色に気を取られながら歩いていると、真紫を基調とした下地に赤い斑点がなんとも毒々しい蛇が目の前に現れた。


「――うわっっ! で、でっっか! ディスカバリー番組でしか見ないぐらいのサイズじゃん……」


 しかしそんな非常事態にも僕の心は至って穏やかだった。

 なぜなら安心安全のSSR武具アイテムがある僕にとってはこんな蛇は恐るるに足り得ないから……!


 昨日練習したスイングの軌道を思い出しながら……。


「――ふっ!」


 右手で構えた天桜流刀てんおうるとうを脳内イメージ通りゆっくりと振り下ろす。


 シャッ! っと小さな鳴き声と共に毒蛇は左右対象に切り割れていき、地面にドロップアイテム【毒牙】だけを残し消滅する。


「あの大きさの蛇を一撃……!」


 思わず叫びたくなるほどに天桜流刀の初陣はなんともあっけない終わりを迎えたのだった。


 毒蛇のドロップアイテムを拾った僕はどんどんと森の中心部に進んでいく。


「んー。赤い茎……紫の葉先……。こんなに草木が生い茂ってるのになかなか見つからないなー」


 ブツブツと文句を言いながら泥溜まりを飛び越えようとした時、暗闇の中に光る二つの紅玉とその上に浮かぶ白い光が見えた。


「――赤い……玉? それに綺麗な白光……」


 祭りの提灯のように闇夜に赤々と光る双球は、どうやらこちらに向かって一直線に飛んできている。


「――? え、え……。ひょっとするともしかして……」



『ギシャァーー!!』


 突如姿を現した巨大蛇はぬかるんだ泥の海をクネクネと泳ぎながら猛スピードで僕へと突進をしてくる。


「――うぅぃぁぁああああ!!!」


 突然の魔獣登場に思わず腰を抜かした僕は尻を泥に染めながらも、なんとか横回転で巨大蛇の突進を躱す。


 大木との衝突で響き渡る振動を掻き消すほどに心臓は鼓動のリズムとボリュームを強めていく。


 額に光輝く宝玉を携えた巨大蛇は大木との衝突など意にも介さず、すぐさま再突撃の構えをとっている。


 10メートルをゆうに超える巨大な波体、黄黒の横縞に真紫の斑点がなんとも気色が悪いし、広げられた口に並ぶ鋭い毒牙からは赤い毒汁が滴り落ちていた。


 し、し、死ぬ……!! 


 この時、確実に迫る人生2度目の死を予感した。


 抜かした腰をなんとか持ち上げた僕は一心不乱に天桜流刀てんおうるとうを振り回す。


「ああぁっっ……ああぁ!! ――く、くるなぁぁ!!!」


 昨晩の練習など一切頭から消え去っている僕は暗闇に輝くSSRランクアイテムをあらゆる角度に乱れ撃つ。


「――ぁぁぁ!!! っうわぁぁー!!」


 次々と倒れていく木々の凄まじい倒壊音と鋭い斬痕が『シダレの森』中を駆け巡っていく。


 それでもパニックに陥っている僕は無心で腕と剣を振り続ける。



「――っはぁ、はぁ。はぁ……はぁ……あ、あれ……?」


 気がついた頃には毒々しい巨大蛇の雄叫びは一切聞こえなくなっており、目の前にはサイコロ状になった蛇の残骸と白く光り輝く宝玉のみが転がっていた。


 微かにパクパクしていた口の動きが止まった瞬間、さっきの毒蛇と同じくドロップアイテムを残し蒸発するように姿を消した。


「はぁはぁ……はぁ。な、なんだ今の……!」


 その場に座り込み早る鼓動を抑えていると、甲高い笛の音が森に響き渡るのが聞こえた。


「――何事だ――!!? 直ちに武具を持てーー!!」 


「ま、まずい! 衛兵にバレた!?」


 僕はすぐさま立ち上がり輝く宝玉を拾い上げ、来た道に走り出す。

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