第9話 魔獣の森へ侵入したいと思います
次の日、ベッドから体を起こすと真っ先にアイテムの熟成具合を確認する。
《熟成が完了したアイテムのみ終了しますか? 熟成が完了していないアイテムを途中で中断すれば成長途中の経験値は失われます》
一個だけまだ熟成に時間がかかるみたいだけど、とりあえず完了した薬草だけみてみるか。
《アイナ草 [D +]→アイレン草[C−]にレベルアップしました》
《ロス草 [D−]→このアイテムは腐敗しました》
《ポトリ草 [C−]→このアイテムは腐敗しました》
《モコモコ草[C−]→モココン草[B−]にレベルアップしました》
《残り熟成中物品1/5》
「B−のアイテム! でも僕達が求めているのはこれじゃない……」
二分の一の確率で熟成レベルアップ……。でもまぁ一晩でBランクのアイテムが熟成できるのは中々ないし今日のところは良しとしよう。
というのも熟成は必ずしも成長が確約されるスキルではない。運の要素やアイテムの脆弱性に大きく左右される言わば博打や投資に近いスキル。
借金苦の僕が高ランクアイテムの熟成に手を出さなかったのはこの博打性に大きく起因していた。
更には今回のような植物などの有機物は熟成=腐敗に直結するパターンが多く、状態の安定した無機物に比べて熟成の難易度が跳ね上がる。
「とりあえずあそこに行くか」
僕は支度をすると薬草の売却を兼ねてある人物の元へ向かった。
その行き先とは数日前、心あらずの状態で駆け込んだ『オスファ医院』
煉瓦造りを基調とした赤茶色の外壁に薄黒く汚れた窓々。
見た通りこの小さな医院の建物自体はお世辞にも新しいとは言えない。
しかし内装は先代の院長の遺去と共にリフォームと医療設備の一新が行われ、今ではコルヴァニシュ随一の医療機関としても知られる凄い場所。
「すみませんこの薬草を買い取ってはいただけませんか? それとレンドン先生は今日いらっしゃいますか?」
「これは『モココン草』を12グラムですね――。それでは140ヴァリアで買い取らせていただきます」
おお!
剣術稽古で発生した副産物がこんなに高く売れるなんて……!
僕は思わず緩む口角をなんとか抑え、看護師さんからヴァリアコインを受け取る。
「あ、それとレンドン先生でしたら外の喫煙所にいらっしゃるかと」
あの先生に分煙の意識があった事に驚いたが、受付の方の案内通り裏の勝手口をくぐる。
正直あの人に頼ると面倒な事になりそうだが僕の周りに薬学の知恵を持っている人間がこの人しかいない。
「――ん? こりゃまた珍しいな」
建物に挟まれ朝陽を拒絶する狭い通路に設置された水入りのドラム缶。
その横で白衣に手を突っ込み、煙の輪をポンポンと発射するハードボイルドな男性。
咥えタバコがここまで様になる人もそうそう居ないだろう。
「先日は葬儀への参列ありがとうございました。喪主仕事も手伝っていただいて本当に助かりました」
「いんだよ、大事な人間の葬式なんざ行き慣れてるっな。元軍人なめんなよ〜少年」
レンドンさんは元々お父様の直轄部隊の軍医として働いていたがお父様の死と共に退役した元軍人。
そんな彼はお父様の葬儀でも憔悴したお母様に代わって喪主を勤めてくれた。
「で〜? 急にどうしたんだ〜? まさか女の抱き方教えろとか言わねえだろうな」
「はぁ……そんな事相談するほどセルジレス家の名は落ちぶれていませんよ……。まぁ女性が関係する話ではありますけど」
「ほほぉー。こりゃあいつらの孫の顔が見れる日も近そうだ」
ニヤニヤとコチラに笑いかける表情中学生のまさにそれだった。
「それにクソ真面目だったコルランと鈍感なルーシェの恋愛相談を受けてたのは何を隠そうこの俺様だぞ〜? 俺がいなきゃお前はこの世に居ないんだ。感謝しろガキンチョ」
こんないい加減な人間しか恋愛相談出来る友人がいなかったお父様の交友関係って……。
「で、本題に入りますが――」
僕は昨日あった出来事を話し『オトリナ草』の入手方法や生息地について質問した。
「オトリナか。ありゃー気まぐれで不安定繁殖するし仮に発見されても売人が刈り取っちまうからなぁー。まぁ強いて候補地として挙げんならお前ん家からずっと真っ直ぐ行ったとこにある『シダレの森』だな」
「――! シダレの森ですか……? あそこって確か猛獣管区エリアで立ち入りが禁止されてるはずじゃ」
「そうだ。だが裏を返せば誰も捜索していない手付かずの生息地があるかもしれないって事だろ? しかも良質な粘土質な土壌ってのがまた良い」
確かにその意見ももっともだ。
しかしお父様からも常々あの丘には近づくなと言われてきた危険地域。
数秒ほど地面を見つめながら悩む僕にレンドンさんは煙の輪を立ててこう言った。
「ま! お前がどうしようが勝手だがよ。俺としちゃ誰かのために必死こいて頑張っちまう馬鹿はカッコいいと思うぜ〜? ましてやそれが女の為ってんだから粋じゃねぇーか。」
最後の輪っかを作り終えたレンドンさんはタバコの根元までしっかり吸い切ると早々に喫煙所から立ち去る。
「――誰かのため……」
薄暗い外通路に一人残された僕は腰に携えた黒鞘をギュっと握りしめ、勝手口のドアを開けた。
――オスファ医院から出た僕は、天高く聳える観星塔が目印のレンス広場を通り抜けさらに自宅へと続く石畳の道もスルーして直進する。
そこから更に数十分歩くと目の前に大きな木の看板が現れた。
『コノサキ キケンチタイ シニタクナケレバ タチサレ ――王国管理隊』
なんとも物騒な文字列は赤いペンキでおどろおどろしい書体で書かれており、看板の端には髑髏の骨がこれ見よがしに飾り付けられている。
「久々に見たけどやっぱりこの看板怖いんだよなー」
そしてこのホラーな看板が指し示す『キケンチタイ』に目線を向ける。
まず目を引くのは森の木々の外周を覆う円周30キロの超合金製の巨大金網。
その金網の先には乱雑に生え乱れる雑木林とそれに必死になって絡まり付くツタ植物は僕が居た地球の亜熱帯地方を連想させる。
時計が頂点を指すような真昼間だというのに森の奥はブラックホールを召喚してしまったように暗く、枯れ落ちた葉樹の湿った匂いが鼻腔に鋭く届く。
黄色い粘土質の土壌が地面を支配する危険領域はこれでもかと人類との共存を拒んでいるようだった。
「――よし。行くか」
黒鞘から
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