第8話 熟成を開始したいと思います
「僕はクリシェ・セルジレスと申します。家の中に居ますので何かあれば言ってください」
そうして僕は家の片付けをやっと再開させる。
陽が完全に落ちたので庭の様子を見に行くと、リリは気持ち良さそうにベンチで寝ていた。
「――クリシェさん。すみませんリリったら疲れて寝てしまって……。あ、あと懸命に探してはみたのですが、オトリナ草はありませんでした」
「そうですか……期待に添えずに申し訳ございません。しかしなんでそうまでしてオトリナ草にこだわるのですか?」
スカイは一瞬ピクっと固まる。
「――父との約束なんです。10日以内にオトリナ草を手に入れることが出来れば夢を追いかけて良いと……」
「夢……ですか」
「私は将来この世の全ての病気を治せる薬医になりたいんです。しかし父は推薦のあった
「す、凄いじゃないですか! あの
するとスカイは唇を小さく噛むと語気を強める。
「私はかつて世界を股にかけて活躍したある薬医に憧れているんです。彼のように世界中の薬草を採取してお母さんを殺した病魔を倒したい……。それなのに周りの皆は肩書きや安定を勝手に押し付けてくる」
そう言い放った彼女の瞳は輝いていた。
それが満月を反射させているだけに過ぎないのか、自分の夢に希望を馳せているのかは僕には分からない。でもおそらくは後者だと思う。
「そうですか……。それではその夢僕にも応援させてください」
「――え?」
「僕も先日母が亡くなってこれからの人生を悩んでいたところだったんです。でも、スカイさんの夢を応援すれば何か見えてくる気がしたんです」
琥珀色の瞳を3回ほど開閉したスカイさんは軽く微笑えんだ。
「ふふ、クリシェさんは優しいんですね。こんな馬鹿げた夢を笑わないのはアナタが初めて」
するとスカイさんはベンチに置いていた薬医本を開き、オトリナ草のページを見せてくれる。
「オトリナ草とは運命の神オトリナス神の逸話になぞらえた消毒効力のある薬草です。神話では神界のクーデターにより毒蛇に噛まれたオトリナス神でしたが、地面に横たわった際最後の力を振り絞り地面に生えた薬草かじったところ猛毒は消え去りクーデターを防いだと……」
僕もオトリナス神はこの国の神話の中では1、2を争うくらいに崇拝している神であり、衛兵聖団も遠征や戦争前には必ず勝利の運命を掴むという事から皆洗礼を受けることでも有名な神だ。
「その運命神の神生を変えたという逸話や種子や胞子を残さず自然発生を期待するしかない特性から、この薬草は『運命草』とも呼ばれておりB +以上の高ランクアイテムなんです」
「普通の毒消し草とは違うのですか?」
「そうですね……特性や効能は同じなのですが効力が圧倒的に違います。戦闘時や医療現場ではコンマ数秒の効能差で命を落とすこともありますから」
特性や効能は同じ……。
という事はもしかしたら……。
「あ! もうこんな時間! 夕食も作らないといけないのに……」
「では遅いですし送って行きますよ。リリをおんぶしながら本は持てないでしょうし」
「あはは……何から何まですみません……」
スカイさんの家は僕の家から案外近かった。
歳が同じだと判明してから話がさらに盛り上がったのも近く感じた要因の一つかもしれない。
「へぇ。クリシェ君すごい落ち着いてるから年上だと思ってた」
「あはは。よく言われるんですがそれって老けて見えているのでしょうか……?」
「うーん。綺麗な赤い目と癖っ毛が素敵だか――」
何かを言いかけてフリーズした彼女の顔を覗き込む。
「――スカイさん?」
「え!? ほ、ほらリリー! お、おうちに着いたよー!?」
僕の背中で眠るリリは目をゴシゴシと目を擦ると周囲を確認している。
「あれ? おにいちゃんのお庭は?」
「もう夜。早くご飯食べて寝ないとお化けが出てくるかもよー?」
「ええぇーー! やだやだ! はやくご飯たべる!!」
背中から降りたリリは迫り来るお化けへの恐怖から、そのまま家に入ってしまった。
「まったくあの子ったら……それじゃクリシェ君もおやすみなさい」
「ええ。それでは僕なりにオトリナ草を探してみます」
「そ、そんなに気負わないでいいよ? でもその気持ちはありがたく受け取っておくね。それじゃ」
そう言って玄関のドアを開ける彼女の背中を見送り、僕は来た道を引き返した。
家に帰るとそのままリビングに置いていた黒鞘を手に取り庭へと向かう。
「うーん。薬草ならとりあえずここら辺かな……?」
「練習がてらやってみるか……」
目の前に生える草々に照準を定め、桜色に輝く頭身を地面を平行になるよう右手を構える。
地下では無闇に力を込めすぎたから目的のかかしをオーバーしたんだ。
脱力しろ……力じゃなくて【切れ味】を信じろ……。
「フゥーー…………ッ!!」
「――あ……」
桜色の斬撃は地面を掠めることもなくテラスに置いていたあらゆる物物を真っ二つにしていく。
「――くそっ。斬撃の反動がデカすぎてコントロールがまるで効かない……」
幸いこないだのように全てを引き込む豪風は発生しなかったがまるで【切れ味】の操作ができない。
しかしこれをコントロール出来ない事にはSSRランクのアイテムでさえ無用の長物へと成り下がってしまう。
「こ、こうかな……?」
バキバキ。パリンッ!!
「もっと滑らかに……滑らすように……?」
バン! パリンッ!!! ベキッ!! ガンッッッ!!!
――その後、僕が5種類の薬草を刈り取ったときには庭のテラスの物品はほとんどが姿形を変えていた。
「こ、これは練習場所考える必要があるなー……」
月明かりに照らされた美しい剣身を眺めながら、改めてSSRランク武具の取り扱いの難易度を思い知る。
「今日はもう良いかな。明日またチャレンジしよう」
黒鞘に暴れん棒を収め、熟成の準備を始める。
「『
「えっと……これと、これと……この根っこが赤いやつとか薬草っぽいな」
独断と見た目のインスピレーションで薬草チックな物から選抜していく。
《アイテム登録完了 直ちに熟成を始めます》
【登録アイテム】
・アイナ草 [D +]
・ロス草 [D−]
・ポトリ草 [C−]
・モコモコ草 [C−]
・リスエラ草 [D−]
《熟成中物品5/5 残り熟成可能枠0》
この日、無学な僕は目についた薬草を片っ端から熟成していったのだった。
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