第7話 薬学を探したいと思います


 ――翌日。


 早朝から昼まで休まず整理したにも関わらず、まだこんなにもの膨大な量の片付けが残った我が家を見てがっくりと肩が落ちる。


 あのような借金苦に見合わぬ豪邸を保持し続けた結果、思わぬ形で僕を苦しめるのだった。


「はぁさすがにちょっと休憩……」


 ボロボロのソファーに黒鞘に収められた天桜流刀を眺めながらふと思う。


「【熟成】か……借金を返し終わった僕はこのスキルをどう使えば良いのだろう」


 すると母が愛用していた化粧台から一枚の紙らしきものがふわりと地面に落ちる。


「――っよいしょ……!」


 束の間の休憩は早くも終了し、気だるそうに落ちた紙を拾い上げる。


「――! これは……」


 それは、僕たちセルジレス家がウェンベル海岸の避暑地にて何不自由ない笑顔で写っている一枚の白黒写真。


 東方遠征帰りのお父様に抱っこされた3歳ごろの僕。

 手には東方土産の鉱物らしきものを持っている。


 この時のお母様は常に笑顔だ。

 病魔に侵されていないあの人は家族の中でも常に太陽のような存在として家庭を守ってくれた。


 例に漏れず笑顔な母は、それはそれは大事そうにすやすやと眠る可愛らしい赤子を抱いている。


 これが僕が生まれて初めて手に入れたかけがえのない家族であり、初めて僕に愛を教えてくれた場所だった。


「クリフィア……」


 過去の感慨に浸るのを止め、作業に取り掛かろうとしたその時だった。



 ドアからコンコンと小さいノックが2回鳴った。


「――はい。どうなさいました?」


 概ね役所の人か返済完了書の配達だと思って目線を自分と同じ高さに設定していたが、見えるのは向かいの道路を跨いだアパートのみ。


「あれ? いたづらかな?」


 ピンポンダッシュならぬコンコンダッシュを決められた僕は苦笑いしながら扉を閉めようと力を入れた時。


 膝付近から可愛らしい女の子の声が聞こえた。


「こっちだよお兄ちゃん!」


「うぉぉ!! え? な、なに君どうしたの?」


 驚いた先にいたのはチョコンと立つ5歳くらいの赤髪おさげの女の子。

 特徴的なのは肩から透明な虫かごのような物ぶら下げており、中には雑草のような植物が入っている。


「お兄ちゃんのおうちのお庭いれて!」


「にわ? 別にいいけどどうしたの?」


「――リリね。おねーちゃんとはなればなれになりたくないの」


 なにやら理由はわからないがここまでしょげた顔をした5歳児を突き返せるはずもなく、庭へ招き入れる。


 母の手入れが行き届かなくなり、伸びた雑草が青々と生え並ぶ庭で女の子は無心で草を眺めている。


「何を探しているの? 四葉のクローバーとか?」


「なにそれしらなーい」


 無邪気返答。

 そうか四葉のクローバーの逸話はこの世界では通じないのか。


「リリが探してるのは『オトリナ草』っていう草なの」


「オトリナ草……か」


 植物学なんか一ミリもわからない僕は何となく相槌を打つ。


「リリね、どんな草かおねーちゃんにおしえてもらったの! それでね、おにいちゃんのおうちお庭だったらありそうだったの!」


「そっか。よく分かんないけどいくらでも持って行って良いよー」


 すると女の子は満面の笑みを僕に向けると、再度地面と睨めっこを始める。



 二時間ほど経っただろうか? 時計の針は17時を指そうとしていた。


 空が紅く染まり出したが女の子は一向に捜索をやめる素振りも見せない。


「リリ。そろそろ帰らないとお母さん心配するよー?」


「いいもん! お母さんはもうてんごくにいるもん」


 目線一つ動かさず、母親の死を告白した女の子の背中はどこか大人にも見えた。


「――でも、家族の方が心配するよ? ほ、ほら! お姉ちゃんとか!」



「リリ!!!」


 突然、鉄枠を挟んだ道路から大きな女性の声が聞こえた。


「あ、おねーちゃん」


 視線を向けると一人の女性の姿が。


 白いワンピースと緑のベレー帽が似合う女性は『薬学草の処方学』『医療行為時における薬医の在り方』など堅苦しい文字が並んだ本を抱えていた。


「何してるの、人様の庭に勝手に入るなんて! お姉ちゃんすごい探したんだよ!?」


 妹と同じく朱色がかったセミロングヘア、琥珀色の瞳を隠す知的な雰囲気な丸メガネ、ほんわかとした顔つきながら通った鼻筋が可憐にまとめている。


 歳は……僕と変わらないほどだろうか?



「――だって……だっ、っ……うっ」


 さすがにまずいと思った僕はすかさず仲裁と説明に入る。


「だ、大丈夫です! この子はしっかりドアをノックし、目的を家主である僕にちゃんと告げてくれました。僕みたいな他人が介入するのもおこがましいですがここは許してあげていただけませんか?」


「こ、これは妹がとんだ御無礼を……。今すぐに連れて帰りますので!」


「いえいえ僕も楽しく会話に付き合っていただきました」


「ありがとうございます……。ほらリリ! お姉ちゃんと帰るよ!」


 下唇を突き出し、目に涙を浮かべながらも泣くのを我慢しているリリの姿を見ているとどうにも居た堪れない気持ちになる。


「そ、そうだ! もし時間が許すようであればお姉様も『オトリナ草』を探してみませんか?」


 すると彼女は不思議そうにフリーズした後、口を開く。


「な、なんであなたがそれを……? まさか! うちの妹がまた余計なことを!?」


「お姉様想いの素晴らしい妹さんです。なにやら我が家の庭に生息している可能性があるらしいので、お姉様のお手伝いができるかもしれません。父母の趣味で国外からも取り寄せたりしていたのでもしかしたら思わぬ発見があるかもしれませんし」


「た、確かに多様な植物が生息しているこのお庭にはその可能性はありますが……お、お邪魔ではありませんか?」


「いえいえ。僕は家の片付けでもしていますので心ゆくまで探してください」


「――! で、ではお言葉に甘えて……。私はこの子の姉のスカイ・バラシアと申します」

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