第6話 天桜流刀について分かったと思います 


 まず目に入ったのは垂直に切り割られた超耐裂製かかし。


 その性能とは裏腹に、綺麗な断面をこちらに見せながら横たわるかかしは、おそらくまだ自分が斬られたという事実を自覚すらできていないだろう。


「あ、あの超耐裂かかしを意図も容易く切ってしまう事にも驚きますが、や、やはりその奥のアレがですね……」


「ですよねぇ……」


 横たわるかかしの先に見えるのは洞窟の岩壁にくっきりと刻まれた巨大な斬痕。


 縦10メートルはある斬痕はその先が見えなくなるまで続いており、先程フィリアさんが言っていた『地層を斬った』という表現が今やっと理解できる。


「お、驚くのは斬痕だけではありません……。そ、その剣は何かおかしいのです……。集魔燈が消えるなんて聞いたことがありません」


「お、おそらくですが……し、集魔燈の様子を見る限り過度な魔集力が明かりの消えた原因ではなく、物理的要因だったのではないかと推測します……」


「す、凄まじい速さの斬撃に押し出され圧縮された『空気の刃』は周りの空気を巻き込みながら岩壁に激突。ざ、斬撃の通り道となった空間には一時的に空気がなくなった状態になりそこに周りの空気が流れ込んだ風が集魔燈を吹き消した。こ、これが私の仮説です……」


 ふむ……。

 駅のホームで電車が猛スピードで通過した後に風が起こる原理に似ているような? 

 おそらくそんなところだと思う。


 するとフィリアさんは防魔室の中に入ると集魔燈を一つ持ってきた。


「み、見てください……も、もし万が一過度な魔力の吸収が原因だとします。す、すると火なら赤、水なら青と蝋にそれぞれの魔力色が付着するはずなんです……で、でもこれは一切の付着が見られない……」


「それって……やはり」


「は、はい。その刀剣は元々魔力など付与されていないと思われます……。ま、魔力なしでここまでの破壊力があるのは信じられませんが……」


 単純な物理攻撃能力だけってことか……。


 ……そうか!

 SSRランクアイテムと言えど、元々は何の付与も加護も無いただの【カシ木の棒】。


 数年間の放置熟成によってランクや性能値は格段に上がったものの本質的な属性変化は行われなかった……というところなのだろうか?


「こ、この剣特徴は極端なまでに【切れ味】にステータスが集中しています。く、空気圧で岩を切るなんてだけでも考えられませんが、直に触れた万物は否応なしに切り裂かれるでしょう……」


切れ味か。

普通の日常を送る身としては包丁とかでしか聞かない響きだ。


しかしその【切れ味】こそがSSRランクアイテムの最大の特徴……?


「く、クリシェ君……こんな神話のような武具をどこで手に入れたかそろそろ聞いてもよろしいでしょうか……?」


 髪のカーテンから覗く片目だけでも藍の瞳が爛々と輝いているのが分かる。


 まぁクリシェさんだし良いか。


「実はですね――」


 数分間の説明中、意外にも彼女は何度か相槌を打つだけでそれほど大きなリアクションは見せなかった。


 と言うより何か別の疑問が浮かんでいるようにも見えた。


「え、SSRの剣……。お、おそらくこの真っ新な状態売りに出せば1億ヴァリアは下らないでしょう……い、いえ2億はあるかも……」


 に・お・く!??


 未知なるアイテムであるSSRランクだ。覚悟はしていたがそこまでの値打ちがあるなんて。


 僕は6年間こんなお宝を持っていながら年中無休で働き詰めていたのか……。


「というわけです。僕自身これまでこのスキルは借金返済のツールとしかでしか認識していなかったのでスキルの詳細までは理解できていないのが現状なんです……」


「す、凄いスキルですねSSRランクアイテムを作れるだなんて……。しかし【熟成】なんてスキルは長年軍に所属した私でさえ聞いたことがありませんが……」


「え、えっとこの世界のエネルギーは必ず一定数に収束する法則を持っています……。し、しかし放置するだけで『木→鉄に物質変化を起こす』この【熟成】はそのエネルギー不変の法則に逆らっているように思えるのです……そ、それもDランクアイテムをSSRランクに跳ね上げるなんて……」


 中学で習った理科の知識はこちら側の世界でも変わらず適用されるか……。

 たしかにそんな事考えもしなかった。


 そうしてまた彼女は髪に隠れる。


「はい。アドバイスありがとうございます!」


 そうして一通りアイテムの謎が解けたところで僕たちは一階のお店に戻る。


 一階に戻るやいなや暗いカウンターでゴソゴソと何かを探すフィリナさん。



「――た、たしか……ここに……あ、ありました」


 女性の中でも身長が低いフィリナさんが必死に戸棚へ背伸びしている姿は愛らしくも思えた。


「こ、これは剣が放つオーラを遮断する鞘です。し、正直どこまで封じれるかは分かりませんがある程度は遮断できるかと……」


 彼女の細い手から手渡されたのは黒の上にさらに黒を重ね塗りしたような漆黒の剣鞘だった。


 腰巻き付けて帯剣するタイプの鞘に思わずテンションが上がる。


 男の子なら一度は憧れるであろう『腰に剣を差す』。それを思わぬ形で叶えた僕。


 しかし喜びも束の間、取り出した財布の圧倒的軽さに絶望する。


 そうだった……色々払って手持ちがないんだった……。


「1、3、8……すみません……これはまた今度余裕がある時にでも――」


 すると彼女は口を小さく丸すると言葉を被せる。


「い、いえ……わ、私がこのお店を開店できたのもコルラン様の資金援助があったからですし、な、何よりあのお方の息子様から代金をいただくなど出来るはずもありません……」


 お父様はこんなところにまで資金援助を……。


 そりゃあ借金苦になるな。と思う反面、彼の純粋な人助けの想いがこうして人々の人生に幸せをもたらしていると考えた時、少し誇らしくも思えた。


「そうですか……ではご好意に甘えていただきます……! また何か困ったことがあればここに来ても良いですか?」


「え、ええ。わ、私みたいな暗い女を相手してくださるのはクリシェ君くらいですし……」


「そんな事ないですよ。それではまた!」


 天桜流刀を頂いた漆黒の鞘に収め、店のドアを開けようとした時。


 後方からフィリナさんの掠れる声が聞こえた。



「あ、あの……! ……で、です……なんて……」


 髪の隙間から覗く瞳はキョロキョロと泳いでおり、耳たぶは沸騰寸前と思えるほどに紅く染まっている。


 ぶつ切りの一文だったが勇気を出して紡いでくれた彼女の言葉に、目一杯の笑顔で返そうと思った時には彼女はカウンターへ猛スピードで駆けていた。


「はや……」

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