第5話 剣道部の力を見せようと思います


 地下に向かう階段をフィリナさんに続いて降りる。


「そうだ、先日はC+ランクの鋼盾をあんな高値で買い取っていただきありがとうございました」


「い、いえあれは西方の果ての国ホーンヴィアでしか手に入らない鋼を使って造られたアイテムでしたので……」


 元々衛兵聖団に所属し、お父様の部下でもあったフィリアさんの武具店は僕もちょこちょこお世話になっているお店なのだ。


 真面目で正義感の強い彼女は武具の知恵のない客に不当な価格で交渉してくるその辺の武具商とは違い、誠実に真っ当な価格を提示してくれる。


 まぁ押しに弱い性格から値切られたら断れないなんて噂も聞くくらいだし。


「あ、あの……る、ルーシェ様の事……き、聞きました」


「――そうですか」


「ざ、残念です……こ、コルラン様も遠征時はいつも写真を見て奥様の自慢やクリシェ君の成長について話されていましたので……」


「ふふ、家族想いだった父らしいですね」


「こ、コルラン様はいつか自分が目にしてきた世界各地の絶景やまだ見ぬ秘境、触れたことのない文化を家族で体験したいとも仰っていました……。な、なんでもクリシェ様が外界に非常に興味がお有りだとかで」


 世界……。

 たしかに僕は5歳ごろからこの世界に興味があった。


 以前過ごしていた地球とは全く異なる物理現象や気象現象、ドラゴンや魔物といったファンタジーな生物が生育しているこの世界の話を父から聞くのが何よりも楽しみだった事を覚えている。


 そんな世界遠征に繰り出す父に憧れて偽名で衛兵聖団の試験を受けたこともあったなぁ。


 すぐ偽名がバレて落とされたんだけど……。



「つ、着きました……。こ、この防魔室であればある程度その剣の性能が分かるかと……」


 地下通路の先には一つのドアと小窓が一つ。


 ドアを開けるとそこには大きな空間が広がっていた。

 洞窟をくり抜いたような部屋には壁一面に蝋燭が並べられており、床の真ん中に魔物を模した3本のかかしが立っている。


「防魔室ってなんですか?」


「い、一般的にオーラを放つ剣は鋳造時や合成時に火や水など属性を司る魔力核を注入されていることがほとんどです……こ、この部屋は壁際に備え付けられた『集魔燈しゅうまとう』がその魔力核の発動を制限し測量することが出来るんです……」


「なるほど」


 ワクワクした様子のフィリナさんに見つめられながら、天桜流刀てんおうるとうに巻かれたタオルを剥がしていく。


「す、凄いです……せ、聖団の頃を含めてもこんな膨大なオーラを放つ武具見たこともありません」


 蝋燭の淡い光が桜の刀身を紅く染めているのがまたなんとも美しい。


「で、では私は部屋の外で測量をします……く、クリシェ君は合図をしたらかかしを切りつけてください」


「かかしはそのまま切ってもいいんですか?」


「え、ええ。ち、超耐裂ゴム製なので切れる事は無いですし刃こぼれする心配もないので思いきりどうぞ……」


 フィリナさんが部屋を出てていくと、僕は数十年ぶりに上段で構える。


 僕は元々剣道部だったこともあり、剣を構えるにはこの姿勢が一番落ち着く。


 曲がりなりにも中高6年間頑張った剣道人生だったし、福岡市大会3回戦進出の力をここで見せてやろうと意気込む。


 すると、壁一面の蝋燭達がパチパチと音を立てながら激しく燃え上がり始めた。


 蝋燭の火は赤だけでなく青、黄、緑、紫と多種な色で燃え上がり地下室に不気味な雰囲気をもたらす。



「ま、集魔燈準備完了です。で、ではお願いします……!」


 窓越しに聞こえる合図。


「――ふぅぅ………………」


 深く呼吸を整え一挙動に集中する。



「………………ッ!!」



 地面を大きく踏み締め、構えた剣を思いっきり振り下ろした。


「――ん?」


 しかし空を斬ったように何も手応えを感じない。


 その次の瞬間。

 部屋の中に豪風が吹き荒れると、集魔燈全ての明かりが消え目の前が真っ暗になった。


「え? え?」


 突然の消灯に立ち尽くしていると地鳴りような低い重低音と共に大きな地面の揺れを感じた。


 これは……地震……?


 すると部屋のドアがバンッ! と開き地下通路の明かりと共フィリアさんの大声が飛び込んできた。


「こちらへ!! 早く!!」


「え、あ、はい!」


 普段おとなしいフィリアさんの突然の大声に驚いた僕は一ミリも状況を理解できぬままドアへと走る。


「ど、どうなってるんですか!?」


「早く! ドアまで走ってください!」


 フィリアさんの指示通り全速力でドアを駆け抜けた僕は、己の勢いを殺せず地下通路の壁に衝突し座り込む。


「はぁはぁはぁ……い、一体何が……」


 ふと気がつくと地鳴りのような重低音は鳴り止み、地面の揺れも収まっていた。


 すると、長い髪を掻き揚げながら藍色に輝く両の目を見開いたフィリアさん近づいてくる。

 それもなぜか早足で。


「一体何が起きたんですか?」


「それはこちらのセリフです! なんなんですかその剣は!」


 興奮した様子で僕へとかがみこむ彼女の髪がチクチクと顔に当たる。


「え……? かかしを切った感覚もないんですが……」


「か、かかしだけじゃないですよ……あ、あなたが真っ二つに切ったのは――」


 ため息に似た一拍の間、そして彼女の口からとんでもない言葉が聞こえてきた




「あなたが切ったのは――!」


「――?」


 薄く輝く天桜流刀てんおうるとうを見つめながら衝撃の一言をどうにか噛み砕く。


「どうゆうことでしょうか……? いまいちピンとこないというか」


「はぁ……。こ、こちらへどうぞ……」


 興奮から落ち着いたフィリアさんは小窓に誘導してくる。


 真っ暗で何も見えない窓を覗き込むと、フィリアさんは暗闇の部屋に灯火魔法を唱える。


「汝、光と成りて万物を照らしたまえ」


「――!! これを……僕が?」


僕は目の前に広がる光景を目の当たりにした時。

異世界に転生し、己が授かった【熟成】スキルに無限な可能性をびしびしと感じた。

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