第21話 国外追放されると思います


「……なぜでしょう? 僕はただここで商いを行なっているだけですが……?」


 身長の凸凹はあるもののおよそ年齢は40歳手前と言ったところの男達。


 鎧や持っている槍は最新式の物を携帯こそしているが、衛兵自体は頬がコケ落ち、素人目にも体調が優れているとは思えなかった。


「御託はいい、早く付いてきてもらおう……さもなくば――」


 衛兵の一人は僕の左肩に矛先を乗せながら、来るか切られるかの二択を迫ってくる。


「――強引ですね……僕が没落したセルジレスの血を引く者だからですか?」


 僕の挑発にはまるで乗ってこない二人。


 すると観星塔の大鐘が7時を知らせるダンスを始め、広場中に鐘の音が鳴り響く。


「――! ザックル時間だ……。観星塔方向から拘束部隊が来る頃だぞ……」


 彼の言葉の後。

 遠くの方から4人組の衛兵部隊がこちらに向けて歩いて来ているのが見えた。


「ああ……俺はたまたま通りかかった定期警備兵を演じて気を引き付ける……。お前は殿を安全な場所までご案内しろ」


 何かしらの打ち合わせが終わった二人は、急に態度を180度回転させたかのように僕への口調が切り替わる。


「く、クリシェ殿……! 我々はあなたの……でございます! ですので早くこちらへ――」


「え、え? ど、どうゆうことですか……?」


 さっきまでの高圧的な態度からは想像できないくらいに人が変わった衛兵達に僕の頭はさっぱりついて行かないが、どうゆうわけか彼らが嘘を言っているようにも思えなかった。


「行けモーリア! 奴らに見つかれば俺達も家族もおしまいだぞ!」


 凸の衛兵はそのまま観星塔方面へと歩いて行き、衛兵部隊に近づいていく。


「せ、説明は後ほど! とりあえずあの人目のつかない場所まで付いて来て下さい!」


「――は、はい……!」


 僕は露店に並べるはずだった商品と地面に置いた天桜流刀てんおうるとうを抱き抱えると、そのまま凹の衛兵の後を追う。


 数分間走った僕達は息を切らしながら辺りを見回す。


「ここってたしか……」


「――は、はい……英霊となっていった仲間達の遺灰が埋葬されている場所です」


 コルヴァニシュ王国最大の共同墓地兼礼拝堂敷地内。


 今が旬を迎えたネモフィラの絨毯にポツンと立つ礼拝堂とその周りに点在する共同墓地。


 僕が居た世界で言えば、プロテンスタント様式教会のように質素な造りをした礼拝堂には全く人気はなく、僕達はその中に逃げ込んだ。



「――クリシェ殿……ここなら大丈夫です」


 ひんやりと冷える礼拝堂内部。

 オトリナス神の筋肉美と力強さを表現した偶像を中心に元に並ぶベンチへと腰掛ける。


「は、はい。一体どうされたのですか……? 拘束がどうたらって……」


「も、申し遅れました。私は市街駐留衛兵団1等兵のモーリア・ゴルドーと申します。そして先ほどの彼はザックル・メンディル。そして我々は20年前より元『第六聖旅団』に所属していた者です」


「第六って……父の元部下の方々だったのですね」


 聖旅団という王国を支える7つの軍事師団。

 それらに所属できるのは選ばれた衛兵であり、スキル戦闘力共にトップレベルの実力が求められる。


 若くしてそんな集団に所属した彼らが今任されているのは市街駐屯衛兵団……。

 正直、聖旅団クラスの人材が配備されるなどまずありえない仕事だ……それに一等兵扱いは酷すぎる。


「はい。我々はあるお方から命を受けたのです。『クリシェ様を国外へと避難させよ』と。そして――」



「――そして……セルジレス家と誇りを守るため、齢7つにして我が一族コルシュヴァルツ家に嫁いだ『妹』はお元気ですとよー……っと」


『――!?』


「い、いらしておられたのですか……ティシリア・コルシュヴァルツ様……!」


「おふぃさークリシェ! ルックしないうちに美麗さが増したんじゃないのかい!? ま、ボクほどじゃないかー! あはははっ!」


 派手派手しく肩まで伸びた金髪ストレート、旅団長にのみ与えられる純白の軍礼服の胸には数々の叙勲バッチが光り輝いており、それが余計にこの男の持つ9頭身のスタイルを映えさせる。


 このうざうざしいナルシストは王家『コルシュヴァルツ』家の次男坊であり、コルヴァニシュ王権継承権順位2位の人物。


 お父様の付き添いで度々王宮を訪れていた僕とコイツは歳が同じと言うこともあり、よく遊んでいたのを覚えている。


 ルックス、スタイル共に抜群。

 頭脳明晰、局地的戦闘における作戦立案の天才、圧倒的戦闘スキルという誰もが憧れる王子様。


 しかし、如何せんナルシストなのだ。

 どこまでもナルシストでエゴが強いコイツは国王陣営、兄であるバルバロイ陣営から敬遠されており、いつしか王権争いからハブられているとも聞いていた。


「ティシリア……いや、今は次期国王陛下候補様とお呼びするべきかな……? そんな君がこんなところにいて大丈夫なの?」


 しかし……親族でさえ王家に目を付けられることを恐れて出席を拒んできたお父様の葬儀に、コイツは自慢の顔面をボコボコに腫らしながら出席してくれた。


 理由を聞いても『転んだ』『舞い降りた可愛い天使と角でぶつかった』などとはぐらかしてはいたが、王宮の門番や配下を薙ぎ倒しながら無理矢理出席したと聞いた時には思わず胸が熱くなった。


「なになに〜!? 久々のベストフレンドとの再会が嬉しくないってのかい〜!? ま、ハートの友の言う通り、ボクが君と会ってるのがバレたらパピーになんと叱責されるか分かったもんじゃないな。でもをしたくてねー」


 正しい言葉使いを忘れてしまった様子のティシリアはベンチに腰掛けると、伸びた足をうざったらしく組みだす。


「我が王家は現在、王であるパピーの体調が芳しくないんだ。それで最近兄上は僕を鬱陶しがっていてね……。いやースモールな器の兄者を持ったら疲れていけないねぇー」


「それで……それが僕になんの関係が?」


「んー。君と言うかボクのフィアンセに深く関係しているのだけど……」


「――!! 『』が!? な、なんで!」


 そう。コイツこそがボクの妹である『クリフィア』の婚約者なのだ。


 没落を悟った僕とお母様は縋る思いで親交のあったコイツに頼んでクリフィアを仮の婚約者として王家に組み込んでもらった。


 王権継承権を持つ王子の婚約者であれば迫害や傷付けられることもないだろうと……そしてクリフィアの手紙を見る限り、今のところは妹へやましいことをして来たりはしてないみたい。


「コルランさんの収賄事件以降、失脚した君達セルジレス家の動向に興味を持つものは少なかった。でもね……王権継承である問題があってね」


「――問題?」


「粛清や迫害により聖団内から概ね排除したとは言え、聖団内及び王宮内には未だにコルラン信仰が根強く残っているんだ。そしてそのコルラン派閥はこの可憐なボクを国王に推薦している」


 確かに、コイツが葬儀に出席したことに泣いて感謝していた人々を僕は鮮明に覚えている。

 

 しかし金髪をくるくると指に巻く姿はどこか他人事を話しているようにも見えた。


「それでね、兄上陣営はもう一度セルジレス家を貶めることに躍起になっているんだ。その手始がクリシェ、君だ!」


「――ど、どうして……君の国王推薦となんの関係が……?」


「ははっ大有りだね! 奴らはコルランさんの時のように君にこじ付けの罪を着せる事でセルジレス家の印象を悪くしたい。そうすれば今度こそ僕のフィアンセがだと国中にアピールできるって話だよ!」


「そして今朝、君を拘束する計画が実行されようとしたのさ。新聞にあった通り『シダレの森』密猟をどうにかコルラン派閥全体の責任にするためには君の捕縛が手っ取り早いからね」


「そんな……」


 最近、コルラン派がどうとか言ってるのもこの事に起因するのか……?


「ハッピーな事に、彼らとは言えど僕やクリフィア姫には直接手を出すことは出来ないだろう。だからこそセルジレスの名前を徐々に周りから追い詰めるのが彼らのやり方だ……だから聞いてほしい。

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