第22話 旅立ちたいと思います
その時、僕は心の底から安心した。
「よかった……僕が国外へ消え去れば皆に迷惑はかからないんだね?」
「――! そうだが……どこか嬉しそうに見えるのはボクの瞳が万物を美しく映すからかな?」
「お母様の死とセルジレスに残された借金の返済が終わった時、僕は今後の身の振り方が分からなかったんだ。でも色んな人に出会い、やりたいことが見つかったんだよ」
ティシリアはピクっと反応する。
「それは……よかった。ボクのフィアンセは借金を返すことだけに必死になる君を心配していたからねぇ」
「クリフィアに伝えておいてくれないかな。僕はお父様が目指していた世界放浪の旅に出ると……だからお前は楽しく生きてくれって。それとレンドン先生にもこの事を伝えてくれないか?」
僕がレンドンさんの名前を口にした瞬間、ティシリアの顔がどうしようもなく歪む。
「れ、レンドンドクターか……ぼ、ボクの……この国の、嶺結とも言えるヘッドを何発殴ってきたことか……。そ、それに王子であるボクを……一般商のところまでタバコの買い出しに走らせたのも彼が唯一無二だったよ……」
コイツがこうにもなるまでビビるなんてよっぽどのトラウマが有るんだろうなぁ……。
まぁ、あの人なら王子だろうが歳下はパシリまくるだろう。
役職とか関係なく。
「で、ではモーリア君……だったかな? 君は至急この事をレンドンドクターへ伝えて来ておくれ。くれぐれもヘマだけはよしてくれよ?」
「――はっ!!」
痩せこけた衛兵はベンチからふらっと立ち上がると礼拝堂の入り口へと駆け出していく。
聖師団に所属した逸材。
『コルラン・セルジレスの元配下だった』なんて言う理不尽な理由で苦しむ姿に胸が痛んだ。
「――モ、モーリアさん!」
突然の呼びかけにくるっと振り返るモーリアさん。
そんな彼の手元へ真緑な光を反射するあのアイテムを投げた。
「――! この鉱石は……?」
「ふーん。ボクにこそは敵わないがこの緑蒼晶石も中々中々美しいじゃぁーないか!」
「ティシリアが言った通り緑蒼晶石の結晶です……。売れば6000ヴァリアは値が付くと代物です。微小ではありますが、売ったお金をザックルさんと分けてください」
すると彼は驚いた様子で言葉を返す。
「し、しかし! 我々はコルラン様に忠誠を誓った身……! 此度もティシリア様からの伝言がなければ気が付かなかった凡兵です……」
すると隣に座るティシリアは小さい顔を左右に振りながら、人差し指を天に向ける。
「ノーノーノー……。理不尽な配置転換や衛兵として不当な扱いを耐え抜いた君たちが居てくれたから今、こうしてボクはベストフレンドとお話が出来ているんだよー? ね! 君もそう言いたいんだろう? クリシェ」
ナルシストからの手慣れたウインクを躱した僕だが、その意見には同意だった。
「――ええ。冤罪であれ、部下の方々にここまでのご迷惑をお掛けしている状況は天国で過ごす父も心苦しいと思います。どうか受け取っていただけませんか……?」
「あ、ありがとうどざいます…。これで息子や妻に腹一杯飯を食わせてあげられます!!」
衛兵は深々と頭を下げながら鉱石アイテムを勝手袋にしまうと、礼拝堂の外へと駆けていった。
「はははっ! やはり君は……いや君たち一族は誰かのためになると何でもしてしまう血脈なんだねぇ。君だって旅の資金なんて有りはしないんだろう?」
痛いところを突かれたが、一応名門の端くれとしてはコイツに金欠なことはバレたくない。
「いや? 正直いつでも旅立てる準備は出来ていたよ。あとはタイミングの問題だっただけだ」
「ふーん……君たちの強がる姿勢もそっくりだねぇ。ま、君たちが頑なに守ってきたあの屋敷はボクのポケットマネーで保管しておくとしよう。でなければその為に嫁いで来た彼女が悲しむからねぇ」
「そうだクリフィアは元気? 最近は手紙を出しても返事が無いようだけど」
「――彼女はシャイな性格だし、今は思春期真っ只中だ。そろそろお兄ちゃん離れしてもいい頃だろうさ。なんたって婚約者はこのボクだからね!」
改めてコイツが妹の婚約者……。
不安だ……。
「ボクはこの美しい国を繁栄させるために力を尽くそう。だから君はやりたいように生きて生きたまえ! おっともうこんな時間だ……流石にこれ以上の接触は怪しまれるかな」
自称僕のベストフレンドは二重に組み込んだ足を解くとスタスタと歩いていく。
「それではボクはこれで失礼するよ。さらば! 愛しのベストフレンドよ!」
でもまぁ、コイツがいなかったら僕やクリフィアは謂れのない罪で幽閉され一生独居房で過ごしていた可能性ある。
そう思うと勝手に口が開いていた。
「――あ、ありがとう……ティシリアっ……! 助かったよ!」
彼は振り向くことなく右手をサラリと上げるのみで礼拝堂から姿を消した。
レンス広場観星塔からずっと道が続く王都市街壁西門。
高さ20メートル幅30メートルの開閉式巨大扉も持つ王都最大の出入り口の側にどうにかたどり着いた。
巨大マーケットが催されるレンス広場へ続く石畳の道路。
そこを行き交う無数の商業馬車やリアカーを引く異国商人の姿がそこにはあった。
混雑と雑音ざわめくカオスな光景はコルヴァニシュの休日名物にもなっているほど賑わいと活気だ。
しかしこの混雑だからこそ近づいてくる衛兵などに気付けない可能性がある。
扉は解放されているとは言え雑踏をかき分けて外の世界に出るのも変に目立つ。
かと言ってノロノロと顔を晒しながら歩いていればそれこそ衛兵に目をつけられるリスクもある……。
「――うーん……お、あの人なら……。すみませーん! この馬車は何方まで行かれますかー!?」
普段声を張り上げることの無い僕だがこの時ばかりはそうも言っていられない。
気がついて欲しければ、大声で交渉する。
それがここでの常識だ。
「どーした茶髪の赤眼の兄ちゃん! この馬車なら西方の繁華街レンダセバルドに向かうけど乗ってくかい!? まぁ一人気味の悪い先客は居るが……勘弁してくれや!」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
西方地方は僕も行ったことが無い。
西の大国ホーンディアでも目指しながら途中の名所を巡り、熟成屋としての活動をしていくか……。
突然の門出。
旅に出ると言うのに所持しているアイテムといえば、腰に携えたSSRランクアイテムと僅か5100ヴァリア、そして今日売るはずだった熟成済みの雑多品のみ。
しかし、この時僕の心は不思議と踊っていた。
『自分のやりたいことを自分で探して実行する』
おそらくは当たり前とされるこの事を僕は前世の頃からやってこなかったから。
施設に入ってからも職員さんに喜んでもらえるようにお手伝いをし、中学に入ってからも人数が足りない剣道部のために入部したり。
この世界に来てからもお父様の借金を返しお母様を助ける。という他者依存の目的のために生きてきた。
でも……真っ直ぐ夢を見て、口に出し、必死に追いかけるスカイの姿を見て僕は変わったのかもしれない。
自分でやりたい事を見つけ実行する。
僕はこの当たり前な幸せを噛み締めながら、馬車の荷台へと入り、大きく挨拶した。
「よ、よろしくおねがいします! 同席させていただくクリシェと申します!」
「…………。だれ。きみ。アリー。しらない。このひと……」
生気を失った黒々とした瞳、ボサボサに伸びきった黒い長髪はだらしなく荷台の床に垂れ下がっており、ところどころ穴が空いた半袖半ズボンの麻服を着用している裸足の少女。
そして、ズタボロで黒く燻んだ謎のぬいぐるみに話しかけている。
僕は差別の意思など全く持ち合わせていない事を前置きした上で言わせてほしいのだが、その姿は世界史の教科書で見た古代エジプトの奴隷工そのものだった。
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