第23話 『なかま』じゃないと思います
歳は15歳くらいだろうか……?
白い肌にはところどころ青紫の痣が浮かび上がっており、骨が透過するほどに皮下脂肪は消え去っている。
見た感じだと到底育ち盛りの女の子に必要な栄養素は欠如しているだろう。
「よ、よろしく……5月初めなのに今日は冷えるね……」
返答は無く、荷物が入った木箱に座ったまま僕の顔を見てくる。
「――はいよっー!」
商人のおじさんの掛け声と共に嘶く二頭の馬の声。そしてゆっくりと馬車は進みだす。
西門を出るまでは大人しく息を潜めるように荷物の影に隠れていた僕だったが、馬車の窓から覗く青々とした草原を見た時にホッと胸を撫で下ろした。
木造の荷台に取り付けられた1つの小窓と御者のおじさんと話すための小さな子枠が一つ。
そして僕は、年甲斐もなく小さな窓の世界に惹きつけられた。
というのも僕自身、一人で王都以外へ赴くのはこれが初めてだった。
お父様の戦果を祝う祝宴会の付き添いや家族旅行などで数回あるものの、お父様の死後はそんな精神的余裕も経済的余裕もなかったし……。
草原を抜けると延々と畑の絨毯が続いており、小さな集落がいくつか点在していた。
王都の都市構成とは全く違った生活体系があるのだと思ったら、この世界の広さと多様さにワクワクして来た。
「――すごい……牛の魔獣? が畑仕事を手伝ってたり、畑に差さっているかかしもおそらく樹木魔獣の類だ……」
「――みえない。いじわる。アリー。きらい。このひと」
背後から聞こえたボソボソ声に咄嗟に体を反らす。
「あ……ごめんごめん。王都以外の世界を見るのが久しぶりでテンション上がっちゃってたよ……ほらおいで。ここに膝立ちすればよく見えるよ?」
すると案外普通にトコトコ寄って来た女の子は細い腕でなんとか木箱によじ登ってくる。
「――みえない。うそつき。アリー。きらい。このひと」
「あれ? ちょ、ちょっと待っててね……」
そこらへんに積まれていた荷物で勝手に嵩上げしてみると、彼女の目線にピッタリと窓が入り込む。
「――! きれい。かんしゃ。アリー。このひと。すき」
思春期の少女の感情なんてこんなものなのだろう、移り変わりやすく熱しやすく冷めやすい。
その時、兄上大好きっ子だったはずのクリフィアから未だ手紙の返信がない事を思い出した僕は、慌てて首を振る。
目の前に座る黒髪の女の子。
ぬいぐるみを抱きながら、時速30キロで流れゆく風景をひたすら目で追う姿は少女そのものだった。
うーん。
多分感情の表現が苦手なだけで心にはしっかりと思いがあるんだろうか……?
「――ねぇ。さっきから言ってる『アリー』と言うのは君の名前?」
外に夢中な彼女だったが、この時は口を開けてくれた。
「――わたし。アリー。なかまが。つけて。くれた」
「なかま? お父さんとかお母さんじゃなくて?」
すると黒い目の少女はこちらへ向き直し、無感情にこう言った。
「しんだよ。おとうさん。おかあさん。なかまに。ころされた」
簡潔に言い放たれた23個の文字。
しかし、その恐ろしい文字列は荷台の中から簡単に音を奪い去った。
「――え……? な、仲間なのに殺したって言うの……?」
「うん。でも。なかま。ごはん。くれる」
「――そっか……。嫌な事聞いちゃってごめんね……」
そう言うと彼女はまた外の世界に戻っていった。
変わることの無い表情と抑揚のない言葉たちに僕は覚えがある。
園長先生が来てくれるまでの地獄の日々を思い出してみる、環境こそは多少違えどおそらくあの頃の僕はこの子のような人型人形だっただろう。
「あ、あのさ。これ着てみない? さっきも言ったけど今朝は寒いからさ!」
僕は市場にならべるはずだった衣装アイテムを荷物から取り出すと、彼女の前に差し出す。
「これは。なに」
羽衣とは呼称しているものの、見た目は完全に真っ白なシルクで編み込まれたカーディガン。
手触りも最高で市場に出せば、アイテムランク以上の値がつくこともしばしば。
「これは【生糸の羽衣】っていうアイテムで、夏は涼しくて冬は温かい優れものだよ。もし嫌じゃなければこれを着みない?」
「――? なんで。これ。アリーの。じゃない。おかね。もってない」
「と、当然プレゼントだよ……! 君のような子供からお金を取ったりしないから安心して」
「ぷれ……ぜんと。なかまに。おしえてもらったこと。ない」
プレゼントの概念が無くここまで生きて来たのか……。
あの虐待親でさえ、パチンコに競馬に勝って機嫌が良い日には回転寿司に連れていってくれたし、ささやかなサンタの真似もしていたというのに……
「そうだな……これは一生アリーの物ってこと。対価を求めるんじゃ無くて、その人に喜んで欲しいから物をあげるんだよ」
「――これ。アリーの……もの……?」
不思議そうに僕を見上げていたアリーだったが、ようやくプレゼントという単語の意味を理解したのか、そっと【生糸の羽衣】を肩にかける。
「――あったかい……。おかあさんの。おとうさんの。うでのなか。みたい……」
目を瞑り羽衣ごと自分を抱きしめるアリーを見ていると、この子の両親は愛のある素敵な方々だと実感し、嬉しくもあり、なぜか少し悲しくなった。
一分ほど羽衣を抱いていた少女は僕に質問を投げてくる。
「くりしぇは。アリーたちの。なかま?」
この子の言う仲間とは、ご両親を殺しながらもご飯を与えるだけの悪党……だと推測できる。
「ううん違うよ。僕はアリー達の仲間じゃない……僕はただのアリーの友達だよ」
するとアリーは黒い目を見開きながら、小さく呟いた。
「――いやだ。くりしぇ。おりて」
「い、いまなんて――?」
アリーの細い声が聞こえて来た時には、外から御者のおじさんの唸り声と馬達の叫び声が混じった音が聞こえた。
「ああああががぁぁ!!! だ、だれだお前達ぃ!!」
操縦席に通じる小枠を開け外の状況を確認すると、御者のおじさんの右腕には鋭利な矢が貫通していた。
操縦が不安定になった馬車の前方に見えるのは、いかにもな赤いバンダナを頭に巻きつけ手には弓を持っている男達の姿が。
おそらくおじさんはコイツら盗賊の奇襲によって腕を射抜かれたのだろう。
「おじさん!! 大丈夫ですか!!?」
「だ、大丈夫だ……。こんぐらいでへこたれてっとカミさんにドヤされちまう……」
なんとか左手一本で操縦するおじさんと前方立ち塞がる武具を持った盗賊達……。
「――おじさん。このまま突っ切ってください……奴らは十中八九この馬車が止まると油断してます」
「な、なんでい…。なんで兄ちゃんがそんなこと分かるってんだか……。まぁやるしかねーなぁっ!!」
血だらけの右腕から渾身の鞭を入れられた馬達はたちまち加速し、土埃を激しく舞いあげながら男達に突っ込んでいく。
「――は? う、うゔゔぁぁぁ!!! な、なんでだ!!?」
「あ、あの野郎は何してやがる!! ヘマこきやがったのか」
なんとか側道へダイビングするように馬車を避けた男達は、颯爽と過ぎ去った僕達の後ろで何やら叫んでいた。
「ふぅ。よかった……手当もありますのでどこか寄宿地点に馬車を止めましょう」
小枠から話す僕におじさんはなんとか頷きで返答する。
「よし……アリー。少しお話ししないか?」
小枠を覗く僕は背中に突き立てられた鋭利な感触を感じながらも、冷静に言葉を投げかける。
「あれが……仲間かい?」
「そう。でも。クリシェは。なかまじゃ。ないんでしょ」
「君の言う『なかま』じゃないね……僕は駆け出しの『熟成屋』だ……」
「なかま。こわい。だから。ころす」
この時、黒の纏いから解放された
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