第20話 嫌われていると思います


 大きな噴水と天高く聳える観星塔が目を引くレンス広場。

 陽が落ち、時刻は19時を回ろうしていたが多くの人々は賑わいを見せている。


「おやまぁ! この【黄艶のブレスレッド】が2800ヴァリアかい? こりゃあお買い得だねぇ! これも一緒に買わせておくれ」


「ありがとうございます。合計で4300ヴァリアです」


 ご陽気なマダムの後ろ姿を見送りながら頭を下げる。


 そして今日だけで15000ヴァリアを売り上げた僕もルンルン気分で露店の片付けを始める。


「――! やばっ。明日はレンドンさん早いから稽古の時間前倒ししたんだった……」





 急いで片付けを終えフィリナさんの武具店へ駆け込んだ僕は、レンドンさんとの実戦剣術の稽古に勤しんでいた。


「――っ!! はっ! ぁ!」


「イテェェェ!! てめぇ俺が加護スキル持ってなかったら身体中傷痕だらけだぞぉ!」


 しかし、鎧を通過してしまった斬撃による傷口は【癒主の加護フィーリス】スキルによりすぐさま自動治癒していく。


「――はぁはぁ……す、すいません! で、でも何か掴めそうなんです!」


 この日も僕は、実際に鉄鎧を身に纏ったレンドンさんを相手に『剥斬はくり』を打ち込見続ける。


 体に染み込んだ構えに抗うな……。

 剣道の竹刀を振り下ろすように……。


 上段で構えた竹刀で相手の衣を……鎧だけを……斬り取るように!


「――っは!!」




 そしてようやくの水分補給タイム。

 僕達3人はフィリナさん特製カヌレに手を伸ばしながら話をしていた。


「す、すごいです……この短期間であそこまで力加減を覚えるなんて……」


「あんまりこのガキを甘やかすなよ〜。俺達が散々振り回されたあのコルランの遺伝子持ったガキだぞ?」


「ふふ……な、懐かしいですね……む、昔もこうしてコルラン様達と稽古をしていましたね……」


 その時、僕は以前レンドンさんにお願いしておいたある事を思い出した。


「――そうだ。こないだ話した『シダレの森』での元衛兵なのですが何か分かりましたか……?」


 煙を蒸すレンドンにそう尋ねると急に苦々しい表情になった。


「ああ……。昔のツテを使って調べてもらったが、あの密猟者はやはり俺達が所属していた元『第六聖旅団』の奴らだそうだ。陣形展開時の『セージス』って掛け声は俺達の第六旅団の物だしな」


 やっぱり……確かお父様本人から陣体について聞いたことがあったはずだ。


「上層部に目を付けられたコルランの収賄冤罪からの急死。そして死後、解散した部下達は皆一様に冷遇されていき没落。そっからならず者の盗賊へ大変身ってな……」


「こ、コルラン様が収賄などありえない話です……こ、この武具店への出資も聖団軍公金を通さずわざわざ個人で出資して下さったのに……」


 レンドンさんはさらに言葉を続ける。


「そんでもって最近の『シダレの森』で起こってる怪しい動き全てはコルヴァニシュは関与しておらず、元コルラン派が復権を狙い、『冠女英雄シェールヒルデ』に近づいていると結論付けたらしい。聖団では遂にあの女がコルヴァニシュへの侵攻を始めるなんて憶測も飛び交ってやがるらしい」


 するとレンドンさんはタバコを根元まで吸い切ると名残惜しそうに煙を天井に向け吐き出した。


「――まぁそれこそが馬鹿なお人好しの運命だったのかもな……人に。民に。部下に愛されてしまった稀代の英傑。そんな怪物の飛躍にお利口さんを続けてくれるほどこの国のたぬきジジイ共も耄碌してないってこったなぁ」


 やはりあれはお父様の部下だった……。


 陣形変更の掛け声から気にはなっていたけどまさか本当に……。


「わ、私のところにも聖団関係者の方が聞き込みに来ました……も、元コルラン派閥の私ならば何か知っているだろうと……」


「俺んとこも似たよーなもんだ。はっ! アイツは死んでも俺に面倒かけさせやがる」


 そしてレンドンさんは声のトーンを少し落とし、僕の方へ体を向ける。


「ま、そんだけお前の親父はこの国では厄介者扱いされてるって事だ」


「し、辛辣ですね……」


 するとフィリナさんは口元を手で覆いながらクスリと微笑む。


「ふふ。で、でもコルラン様の死後、軍部で暴れ回って聖団を辞めさせられたんですけどね……。お、奥様にも怒られて離婚したとか……」


「おーい舐めんなよーそこの根暗女。それに俺は親父が死んだから医者を継いだだけで、辞めさせられたわけじゃねぇ。カミさんに関しては価値観の相違だ」


 そして、吸い殻を専用の携帯灰皿にしまったレンドンさんは立ち上がると剣を構える。


「来い。宝の持ち腐れ……」


「――っいきます!!」






 クタクタになりながら屋敷に帰った頃、時計の短針は頂上を超えていた。


「――腕が……剣道部の夏練くらいキツい……それ以上かも……」


 古びたベッドに腰掛け、筋肉痛が確定している両腕をなんとか動かながら明日の準備を進める。


《熟成が完了したアイテムのみ終了しますか? 熟成が完了していないアイテムを途中で中断すれば成長途中の経験値は失われます》


《緑蒼石の欠片[C+]→緑蒼晶石[B+]にレベルアップしました》

《奏者の羽衣[C−]→生糸の羽衣[C−]になりました》

《モチ木の枝[D−]→このアイテムは腐敗しました》


《残り熟成中物品1/5  残り熟成可能枠4/5》


 僕はこの二日間の熟成結果を見た瞬間ベッドへ倒れ込んだ。


 『これぞ熟成だ!』 と。


 そもそも河川敷で拾った【モチ木の枝】には化ければいいかな? 程度にしか期待してなかったし、【奏者の羽衣】もこれから暑くなる季節だと言うこともあり期待は薄かった。


 しかし、蓋を開けてみればこの熟成結果。


 目利きの鉱石商と相談しながら奮発した【緑蒼石の欠片】がB+ランクの【緑蒼晶石】に大化けするとは……!


 これなら400ヴァリアで買った【奏者の羽衣】の代金と差し引いても5000ヴァリアくらいはお釣りが来るだろう。





 次の日の朝、いつもの出店場所に着いた僕はそそくさと開店準備を進める。


 するとガシャガシャと音を立てながら中世騎士風の鎧に身を包んだ衛兵二人が近づいてくるのが見えた。


 そして僕の露店の前に仁王立ちした二人は強い口調で話しかけてくる。


「――貴様。クリシェ・セルジレス本人か?」


「――は、はい……そうですが……」


「任意ではあるが我々と同行するように命令が下った。今から我々と来てもらおうか」

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