第19話 剣術を学ぼうと思います



「困っている人を……ね。うんっ! その恩人さんはきっとクリシェ君にとってかけがえのない方って事は伝わってきた!」


 そう。

 あの人は自分の人生に何の価値も見出せず、ただ無心に暴行を受けるだけのサンドバックだった僕に居場所を、服を、食べ物を――そして『生きる意味』を教えてくれた。


「万物は諦めず磨き続ければ必ず花開くと信じています。


?」


「あ、い、今のは忘れてください……」


 話しているうちに僕の家の前に着いていた。


「それじゃクリシェ君も頑張ってね! 私は明日にでも東方世界から順に様々な地域の薬学や薬草採集を学ぶつもりだけど……クリシェ君はいつから旅に?」


「ぼ、僕は借金を返したばかりで資産と呼べるのは天桜流刀てんおうるとうくらいなものなので、当分は旅の資金集めと剣技の修練に勤しもうかなと思っています」


 スカイさんいつもの呆れ顔で首を横に振る。


「あのさぁ〜。そんなにお金に困ってるのにあそこまで人助けに尽力するなんて……まぁアナタらしいというか……」


 するとスカイさんは思い出したように僕の屋敷を指差す。


「この屋敷は売却しないの? お母様が亡くなってアナタ一人には広すぎるんじゃない? ましてや世界放浪に出るんだったら尚更……」


「――そ、それは出来ません。あの子のためにも……絶対」


 少し語気が強まった僕の表情から何か察したのか、スカイさんはそれ以上何も聞いてこなかった。


 そっと二人の頬を撫でる優しい夜風。


 思えばこの10日間、スカイさんの事を考えなかった日は一日たりとも存在しなかったな。


 スカイさんやリリと行った様々な採集の記憶を思い出しながら感慨に浸る。


 聖教学校に入って怒られたり、礼拝堂の花壇に忍び込んで怒鳴られたり……。


 まるで童心に帰ったみたいで楽しかったな。


「この10日間……スカイさんのことばかり考えていました。それも今日で最後だと思うと何か寂しいものがありますね」

 

「――!!? なっ! な、ど、どうしたの急にぃ! そ、それに最後ってどういう!?」


「――? そのままの意味ですけど……? 僕はこの10日間スカイさんがオトリナ草を手に入れられるかだけを心配していたので。あとスカイさんは一緒に採集したの楽しくなかったですか?」


 何故かガックリと肩を落とすスカイさんは再度呆れるように首を振る。


「はぁ……これからはこんなアナタの旅が上手くいくか、私が心配する番みたいね……」



 皐月の光明に照らされた僕達は最後に固い握手をした。


「それじゃありがとね……! 『熟成屋』と『薬医』。お互い別々の道を歩む事になるけど、どこかで会ったら次は私がアナタを助けてあげるわ。約束っ!」


「――! は、はい。またどこかで……必ず……



「――nぐ……」



 何を言ったのか聞き取れないほどの声だった。


 そして去りゆくスカイさんの小さな背中を見送る。


 微風に乗った何かだろうか。

 この時僕は、頬の一点が微かに冷えた感触をこそっと感じた。






「――だーかーら!!! ちげーって。そんなんじゃ鉄鎧どころか中身までパックリだろーがぁ!! あとこんなんでへばんじゃねー。聖団だったらぶっ殺されてんぞ!」


 ヒンヤリと冷たい洞窟に響く大柄男性の怒声。


「――はぁはぁはぁ……あっ、あの……これっ。れじゃ……旅の前に……僕が死んじゃいます……」


 その傍らにはなんとか剣を持った青年が汗だくで倒れ込んでいる。


 僕。金子 ひたち改めクリシェ・セルジレス17歳。


 熟成屋として世界放浪する資金を貯めるため朝から夕方中は市場で働き、夜はフィリナさんの地下室で仕事帰りのレンドンとの修行に勤しんでいる。


 僕の熟成屋としての夢を理解してくれた二人。

 そしてお父様の直属の部下だった経験を活かして毎日こうして稽古に付き合ってくれている。


 しかし今、剣道部の立ちかかり稽古以来のキツさに僕の心は折れかかっていた。


「あ、あ、あの……! す、スフィア先輩……お、お茶をお持ちしました……」


「ありがとよフィリナ。あとその名前はいろいろややこしいから止めろって言ってんだろ〜?」


「――! す、すみません! つ、つい聖団の頃の癖で……」


 自分の店なのに何故か申し訳なさそうに茶菓子を持ってきた女性は、今日も今日とて濃蒼色の長い髪に隠れている。


 一方、倒れ込んだ僕の上に座り込む白衣の男性は、灰色の煙を吹かしながら優雅に水分を補給している。


「おいおい。こんな不器用なガキが本当に大将コルランの息子かぁ? あとお前の独特な構えは何だったか……ケンドー? あれどうにか修正できねーのかよ」


「僕なりに頑張ってはみたんですが……6年間の経験って怖いですね」


 しかし6年間と言っても17年のブランクがあったはずなのに……体に染み付いた感覚とは恐ろしい。


「ったくよー。せっかくの仕事終わりだってのに……で? 感覚は掴めてきてんだろーな?」


「そうですね……『剥斬はくり』のコツは徐々に掴めてきています。でもまだ力の加減が……」


 僕が今練習しているのは『剥斬はくり』と命名した剣技。

 低出力の斬撃を相手の鎧、装備品にぶつける事で破壊、裂傷を狙い敵を戦闘不能にさせる技。


 と言うのも、SSRランクアイテム天桜流刀てんおうるとうは超超高火力の攻撃力を持つが故に、こないだの密猟者襲撃時のように対人間戦には非常に不向きなのである。


 別に僕は戦闘を好む訳ではない。

 でも世界放浪中にいつ盗賊やこないだのような目に遭うか分かったものじゃないので、こうして剣のコントロールの練習は不可欠なのだ。


「い、いえ……! こ、こないだの斬撃に比べたら凄い上達ですよ……! だ、だから自信を持ってください……!」


 藍髪に隠れながらわちゃわちゃと早口で話すフィリナさんにレンドンさんは洞窟の奥を指差して冷やかす。


「あれの事か? 地層割って地震起こす馬鹿と比べても意味はねーだろうが」


「――……が、頑張ります……」



 薬医の道を突き詰めるため、スカイがこの王都を旅立ってから早2週間。


 僕は今日も剣を振るう。

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