第41話 恐ろしい四文字だと思います


 タオルが二つ置かれたデスクに古い木のベッドが二つ並んだ質素な二人部屋。


 僕はベッドに腰掛けると、先ほどのヨークさんの話が気になった。


「ヨークさん。さっきの話って……続きを聞いても良いですか?」


「え? あ、ああはい。続きはまだでしたね」


 そうして彼は華奢な体をベッドに座らせる。


「ええっと……クリシェさんは現在コルヴァニシュ王国の国王で在らせられるドラグリア様の容態が悪化しているのは知っていましたよね? そして次期後継人がバルバロイ様であるのもことも」


「はい」


「しかし、現在王宮の裏ではバルバロイ様ではなく、王位継承権第二位で在らせられます『ティシリア様』を推薦する者が多数存在すると言われているのです」


「!? が!? な、なんで……あんな戦闘しか脳が無い嫌われ者ナルシストが!?」


 不意に聞いた知り合いの名前に僕は驚きが隠せなかった。


 しかしそれよりもヨークさんは王位継承権第二位の王族を呼び捨てした挙句、不敬罪と取られても言い逃れ出来ないほどの悪態をついた僕に驚いている様子。


「あ、えっと。ティシリア……様がなんでまたここに来て王権争いに参加を? あのお方は戦こそが己を100%表現できる生き場所とし、政治事や権力をむしろ嫌悪している節がありましたが……?」


 あの超絶ナルシストは自らが王族でありながら最前線での戦を好む変態であり、軍事のエキスパート。

 戦略軍略は勿論の事、個々の戦闘能力も聖団内でも群を抜いている事で有名なのだ。


 一方で王族のしがらみやコソコソとした裏工作が嫌いで政治、王宮内での立場などには微塵も興味がないはずだったのだが……。


「ティシリア様がどうお考えかまでは分かりません……しかし、王宮内にバルバロイ様の王位継承に反対する者が存在するのはおそらく事実です」


「それはなぜでしょうか? バルバロイ様はこの度のエルスラエルの汚職事件を摘発し名声が上がっているようにも思えるのですが……?」


「お、おそらくですが……それが逆効果だったようです……」


「逆効果……ですか?」


「はい。新聞では汚職事件の首謀者であるレミファントの幹部全てを公開処刑したと報じられましたが、あれはフェイクである可能性が非常に高いのです」


 フェイク……!!?


 確かに第一聖旅団の準団長であるカインズが出向いたとて、そう安安とレミファントが壊滅するのか? と言う疑問はあったが……。


「僕の掴んだ情報では、汚職を突っ込まれたレミファントは国家予算にも匹敵する膨大な金銭をバルバロイ様側に渡し、変換スキルで顔を似せた囚人達を民衆の前で殺害したと……」


「まさか……あそこまで大々的に報じられた事件で替え玉を……!? 新聞やマスコミまで全てグルになってバルバロイ様を担ぎ上げている……そう言うことでしょうか?」


「そこまでは分かりませんが、国家・王宮としては依然バルバロイ様を推す声が多いようです」


「ま、待ってください」


「なんで駆け出しの商人であるヨークさんがそこまで王宮内部の事情に精通しているのですか……? 新聞などでは報じられないシークレットな情報だと思うのですが……」


「――そ、それはですね……す、すみません秘密でお願いします……」


 その時半分に割れた月は雲に隠れ、明かりの無い僕らの部屋から光が無くなった。


 しかし僕はそんな事はもはや意に関することもなく、ヨークさんから伝えられる新鮮な情報の虜になってしまっていた。


「話を戻しましょう。いくら国民を騙したとてそれだけではバルバロイ様の王位継承権が揺らぐまでとは思えないのですが……? ティシリア様には政治に対する意志が無いのですから」


 そして次の瞬間、暗く闇に沈んだ部屋に信じられない言葉が優しい波長で響いた。



「そ、それなのですが……今後近い内にコルヴァニシュとホーンディアがを起こす可能性が示唆されている。これこそがティシリア様推薦の最大の要因なのです」



 闇の中で言い放たれた世にも恐ろしい4つの文字。



「――せ、戦争…………?」 


 月を覆った漆黒の積乱雲からはポツポツと雨が降り始め、燻んだガラス窓に小さな音を立てながらぶつかる。


 しかし、この時僕の鼓膜は一切の外音を排除していた。


「は、はい……ぼ、僕も聞いた時は驚きましたが王宮内では第一聖旅団の活躍の大多数はカインズ準団長の手柄だと主張する者が一定数存在し、もし全面戦争となれば遠征に参加しないバルバロイ様よりもティシリア様の戦争手腕を期待する者が多いようです……」


「最近のホーンディアによるコルヴァニシュ以外の外国勢力を取り込みが佳境に入った事、コルヴァニシュの偵察部隊とホーンディアの偵察部隊が度々国境沿いで静かな小競り合いをしている事を加味しても無視出来ない可能性だと僕は睨んでいます」


 その恐ろしい4文字はおそらくコルヴァニシュ・ホーンディアに関わる国民全ての思考を容易に停止させることが出来、例に漏れずクリシェ・セルジレスは勿論『皐月 音』の脳までも完全に停止させたのだった。



「な………………? ……。そんなんしたら両国共……」



 心の深層から漏れた困惑と驚愕を多分に含んだ僕の言葉遣いに苦々しいハテナ顔を浮かべるヨークさん。


 でもこの時僕の心はこの時それほどまでに大きく畝るように揺らいでいたのだった。


 そしてあの予言がどうしても頭を支配しようとしてくる。


「あ、あくまでも推測の域を出ない物です! ぼ、僕もこの平和な世の中で大国同士が全面的な戦争を仕掛けるわけがないと思っていますし……す、すみません! こんな憶測の話をしてしまって」


「ですが……国王の体調不良とその後に勃発する王権争いに乗じて大事を起こすというのは浅き人間の歴史が物語っている……」



 

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