第42話 腐った役人だと思います


 するとドアが乱暴に2回ノックされた。


「上がったぞ」


 やけに不貞腐れた様子でドアを開けるノアさんと、その後ろにひょっこりとしているアリー。


 濡れた髪だからだろうか?

 子供っぽい二人がどこか大人びて見える。


「ふん! さっさと入る事だな! アンナも片付けが終わったら入ると言っていたからな」


「あ、はい……ではお言葉に甘えて……。よ、ヨークさん行きましょう」


「あ……いえ僕は。竜車の手入れもありますし……」


 ヨークさんは歯切れ悪く答える。


「そうか? だがアンナの番もあるから長湯は出来んぞ?」


「了解しました」


 何故か険しい表情のヨークさん。

 まぁ僕たちが無理やり乗った分荷物を動かしたりしちゃったからなぁ。


「では僕だけ先にいただきます」


 そうして僕はタオルを持って部屋を出る。




「あ……さっきはデリカシーのない事を言ってしまいすみませんでした……」


「ふん! どうだ、我は臭くないであろう?」


 顎を上げてドヤ顔を披露する彼女。


「はい……」


「でだ。我とアリーはこれより例のに行ってくる」


「――! そうですか……では僕も同行します」


 万一制御が効かなくなったアリーの暴走も考えられるし。


「それはいい。それ我等が居ない事でにヨークが怪しまれても後々厄介だ。ヨークはいい奴ではあるが今はまだ我の計画を知られるわけにはいかん。我と『森』の関係についてもな」


「それになるべくトラブルは避けた方が良いだろう。コルヴァニシュの人間がトラブルを起こしたとなると面倒な事になりそうだしな」


「分かりました……ではお気をつけて」

「アリーも。ノアさんの言うことをしっかり聞くんだよ?」


 アリーのホカホカになった黒い髪を撫でながら忠告する。


「うん。よあそび。わくわく。する」


 遊びって……。

 でもまぁ最初の修行だ。


 気負いすぎるよりはマシか……。


 そして僕は二人と別れ風呂場に向かった。




「ううぁぅぅーー! はぁ……やっぱり温泉大国に生まれただけあって身体中に染み渡るなぁ……」


 日本に勝るとも劣らない檜風呂に感銘を受ける。


 久方ぶりの温泉だが頭を埋め尽くす謎の処理でそれどころではない。


「それにしても……ホーンディアと全面戦争って……話が飛躍しすぎて何が何やら……」


 こんな辺鄙な街にまで押し寄せる増税と必要最低限の公共事業の停止。


 表向きには災竜を沈めた祝日祭だが、その裏では招待された各国首脳による世界最大規模の政治的会合『竜久祭宴』が今月末に実施される。


 そして、このタイミングで自治組織でしかない『シダレの森』から重要書簡をホーンディアに送るのもタイミングが出来過ぎている……と思う。


 極め付けがコルヴァニシュ国王ドラグリアの瀕死状態と揺れる王宮。


 これら踏まえるとあの大国ホーンディアが本腰を入れて戦争準備に取り掛かっていても何らおかしくはないのかもしれないな。


それに対して我が国の後継者争いは保守派とメディアに担ぎ上げられた長男と政治に興味がなく戦と自分に酔いしれる馬鹿息子……。


「大丈夫なのかコルヴァニシュの将来は……」


 僕みたいな一小市民が考え込んだところで変えようのない事は分かっている。


 でももしお父様だったら……。


「そうだ……僕に今できる事はノアさんを安全にエジルスまで送り届ける事」


 ようやく頭の整理がついた僕は、檜風呂を堪能し尽くした後部屋へと戻り旅の疲れと共に眠りに落ちた。




 ――ドーーーン!!


 腹の底に響く超重低音。


「――お、起きてください! 大変です、アンナさんの店に!」


 寝癖モリモリのヨークさんに起こされた僕はまどろみの意識の中、だけを手に取ってヨークさんの後に続く。


 一階に着いてみると、【B】ランク程の高級アイテムで完全武装したホーンディア軍兵士が数十人ほど整列していた。

 そしてその先頭には立派なクルリン髭と黒いスーツに身を包んだずんぐり体型の男性? が立っている。


 ? がついた理由は至極簡単だった。

 絵に描いたような紳士的佇まいとは裏腹に身長が140センチほどしかないため『男の子』と呼称しようか迷っている。



「今月の税は諸々支払ったはずだけど?」


「うふん。なぁーにそんな事は分かってるわヨォー?」


 舌足らずなオカマ口調の男。

 声からして多分『オジサン』だ。


「で? 朝っぱらからこんなしけた村に何のようだい? 飲みたいってんなら夕方まで待っておくれよ」


「お〜やおや。そんなに目くじらを立てないでもよろしいではないですカァ〜。僕チンはただ昨夜通報を受けた野犬の騒音調査と村の修繕に出向いたまでですヨォ〜」



「あっそ。それにしてはちょいと人数が派手すぎやしないかい? 騒音はともかくアタシが申請した村役場の屋根修繕如きにこの人数はやりすぎだと思うがねぇ?」


「んんんーー? や・ね? 僕ちんが承ったのは『』だったはずだけドォ〜〜?」


その時また再度、腹に響く重低音と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。


「――!! き、貴様……もしかしてさっきの音って……!」


 その瞬間、アンナさんは小さなオカマ紳士など目もくれず厨房から飛び出ていった。


「あ、アンナさん!」


 そして彼女はドアを開けた瞬間、その場に力なく座りこんだ。


「――あ……あんたら……狂ってる……」


 僕とヨークさんもアンナさんに続いてドアの外を覗く。


「これは……!」

「ひ、ひどい……さっきの音ってまさか」


 目の前に写ったのは、外壁がボコボコに打ちつけられ窓ガラスなどが粉々に破られた建物だった。


 何とかぶら下がった木の看板には『コクリ村役場』と書かれており、その傍には大木槌を持った兵士が立っており、更にその下には一人の老人が頭から血を流して倒れていた。


 目線を村の奥に向けると、武装したホーンディア軍達が村の住家や商店を大木槌で破壊していた。


「ロヴァ爺!!」


「す……まんのぉ……アンナ……また奴らのや……りたい放題させてもうたわい……」


 枯れそうな声を絞り出す老人とそれを見て涙を浮かべるアンナさん。


「――っ! ううん……アタシがもっとしっかりしていればこんな事には……」


「あーーららららららラァ〜? これワァ〜屋根だけじゃなくて役場……いーや、村ぜーーんぶの修理しないといけないですネェ〜?」


 店から出てきた小男はわざとらしい棒読みで挑発する。


「ま、村長たるもの村人の生活を思いやれば村の修繕が必要な事くらい分かるとは思いますけドォ〜? でもまぁ〜? 公共事業とはいえそれなりの修繕費は必要ですがネェ〜?」


「――っく! フェルトあんたって奴は……どこまでも腐った役人だね。それが国民にする仕打ちかい? これ以上税金巻き上げて何がしたいってんだい」


「そうネェ〜。なんだかここ最近いきなり国への上納金が増えちゃって僕チンも困ってるノォ〜。で、たまたま僕チン達『教王師軍団』の修繕が必要そうな村を発見したから寄ってみただけだヨォォォォ〜〜?」


!? 

なぜホーンディア教国の正規軍がこんな仕打ちを……?


「ふん……それにしてはアンタ含めご立派なお召し物で着飾ってるじゃないかい……このクソ野郎」


「あらあラァァァァ〜? レディーがそんな言葉使いしちゃ……だ・め・で・しょ♡?」

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