第40話 圧政の国だと思います


 静まり返った村の悪路を歩いて行く。


 ローザ村と同じようにも感じたが、正直なところローザ村の方が活気があったし街の整備がなされていた印象だ。


「こ、これは……また凄い臭いですね……」

「うぐぐ……これは鼻の効く我らには厳しいものが……」

「くさい」


 全員不自然な高い声になるまで鼻を摘む。


 そう。

 道のあらゆる場所に乱暴にまとめられたゴミが散乱し、腐敗臭や生ごみが混じり合ったであろう独特の生臭さが鼻の奥にくる。


 しかし、村の中心まで歩いていると小さな食堂が明かりを灯しながら美味しそうな匂いを街路に吐き出していた。


「クリシェ! ヨーク! あそこだ! あそこから途轍もない良い匂いがするぞ!」


「はいはい。ではあそこにしましょう」


 悪臭の道を抜け、角に立つこじんまりとした木造二階建ての建物のドアを開けると、食欲を唆る良い香りが空っぽの胃袋を直接刺激する。


「店主! まだやっておるかー!?」


 勢いよく店内に飛び込むノアさんを何とか抑え、先頭を代わってもらう。


「遅くにすみません。今から四人入れますか?」


「あら見ない顔だね。まぁいらっしゃーい。どうぞ好きな席にかけてねー」


 厨房で小鍋の湯気と睨めっこしていた若い女将さんは僕らの入店音で振り返ると笑顔で迎えてくれた。


「ではここにしましょう」


 僕達は店内奥にある四人掛けのテーブルに腰掛け、壁に貼られたメニューを眺める。


 しかしこんなにも食欲を掻き立ててくれる店内だが、いくら見渡せど人っこ一人も見当たらない。


 僕達は各々がテキトーに料理を注文すると、女将さんは笑顔で返事してくれた。


「なんだか……国境沿いのはずなのにコルヴァニシュとはだいぶ違った雰囲気ですね……」


「やはりあの噂は本当だったみたいですね……」


 神妙な面持ちで顎を捻るヨークさん。


「噂とは?」


「はい……皆さんはコルヴァニシュ現国王ドラグリア様の容態についてはご存じですか?」


「ええ……今朝の新聞では建国聖夜祭に御参加されていなかった為、国王の体調を不安視する記事が掲載されていましたが」


 ヨークさんは僕の言葉を頷きながら聞くと、今度は前屈みになりながら僕達の耳を寄越すように小声になった。


「実は……国王様のお命はもう虫の息であり、そして更にはもうすでに次期王権争いが王宮内で繰り広げられているらしいのです……」


「――! まさか……でも正当に行けば次期コルヴァニシュ王権はバルバロイ様が継がれるのが妥当なのでは……?」


 今朝見た新聞でもデカデカと威風堂々とした写真付きで賭博都市壊滅及び、『レミファント』の一斉検挙、関わった不成者の掃討が大きく評価されていた。


 次期王権は決まったも同然思えるが……。


「その通りです。今まで通り、数々の小国を蹂躙し従国させた『東方戦争』後の平和な世界ならばバルバロイ様が王権を継承されるでしょう」


 これでもかと前屈みになった彼は、ブロンドの前髪をちょちょんと直すと更に小さな声になった。


「実は現在コルヴァニシュ王都ではドラグリア様が亡くなる前に、ホーンディアが――」


 しかしヨークさんの話のオチを待たずして、美味しそうな香りが近づいてくるのが分かった。


「はーい。おまちー」


「おお!! これは凄いな人間!! 美味そーな匂いだ!」


 大きなお盆に乗った色とりどりの料理。


 大きな丸鶏のグリルや緑黄野菜のポタージュなど、空腹と相まって輝く宝石にも思えた。


「まぁ気になる話はまた後にして、温かいうちにいただきましょう」


「うん。おなか。へって。げんかい」


 ガツガツと食べ進めるアッサムの民二人と、常識の範囲内のスピードで食べる男性二人。


「おいしい……! くりしぇ。おかわり」


「はいはい。じゃああと3杯だよ?」


 そしてすかさず便乗する白い髪。


「我もおかわり!」


「はぁ……これで最後でお願いします……」


 追加注文の料理がどんどんとテーブルを埋め尽くしていき、僕は心もとない財布の中を確認してがっくりと肩を落とす。


「はぁー! 食った食った!」


「なつかしい。ごはん。おいしい。うれしい。くりしぇ。ごちそう。さん」


 懐かしい……。

 そうかアリーはホーンディアの盗賊に囚われていたから第二の故郷の味なのか。


 でもまぁ。


「……明日からまた熟成頑張らないとな……」


 満足げに膨らんだお腹を摩る白黒の女子達とそれを信じられないと言った顔で見つめるヨークさん。


「でー? なんだかコソコソと話していたようだけどアタシも混ぜてくれないかーい?」


 少々図々しくもカウンターの椅子を持ってきて僕らのテーブルに入ってきた女店主の右手には安い葡萄酒が握られていた。


「あ、はい。ですが店は良いんですか?」


「いいのさいいのさー。ご覧の通りどーせアンタらみたいな旅人以外来やしないよ」

 

 28歳かそこらだとは思うが彼女の目の下には大きく黒いクマがくっきりと見えており、相当な気苦労を感じる。


「でもどのお料理も美味しかったですし、遅くまで空いている食堂は重宝されると思うのですが……?」


「そーだね。つい二ヶ月前まではこの時間は満席御礼で村中の馬鹿どもが飲んで食って大騒ぎしてたもんさね。でも今は状況が状況でね」


「――状況……ですか」


 安酒をグイッと逆さに傾けた彼女の表情は先ほどの笑顔とは程遠い哀顔だった。


「そうさ……。『エジルス』の鹿でアタシらみたいなひっそりと暮らしている村人は家計が火の車さね。表向きでは「『竜久祭宴』の開催の為が――」なんて抜かしちゃいるけど、今までそんな事なかった身とすれば到底受け入れられないよ」


「村に入ってくる時、ゴミが散乱していたのもこの村自体が収める自治体費まで増税されちまって国営の回収屋が来ないからさ。国営の公共事業は軒並みストップして警備兵までも姿を消した。ここまで国民の生活を脅かしておきながら鎮竜を祝う儀式なんて笑わせてくれるよねー」


「そうですか……だからあのような衛生環境に……」


「そうさ。この国の国王は私たち下民の命や生活なんて気にも止めずに私腹を肥やす悪魔さね。この国に住んでるみーんなが不満でどうにかなりそうさ」


 確かに『竜久祭宴』は毎年この世界最大規模の祭宴として有名だが、それによって増税するなんて聞いたことがない。


 国民の生活基盤を崩壊させてまで今年の『竜久祭宴』に力を入れる狙いは……?


「困ったもんだよ……父ちゃんから受け継いだこの店もそろそろ畳まなきゃ行けないかもねぇ……」


「だめ。ここ。ごはん。おいしい」


「――! あっはは、ありがとね黒髪の嬢ちゃん。そうだねーもう少し頑張ってみるよ」


 そして女将さんは壁にぶら下がった時計に目を向ける。


「そうだ。アタシは二階で宿も経営してんのよ。男女で二部屋あるから泊まっていくといいさね。こんだけ食べてくれたんだお代は料理分だけで勘弁してあげるよ」


「あ、ありがたい提案ですが先ほどのお話を聞いてしまってはそうゆうわけにも……」


「いーのいーの! 哀れられるより皆んなで楽しくってのがアタシの信条さね。あ、でも朝ごはん代はもらうからねー」


「は、はぁ……ではお言葉に甘えてされていただきます」




 そして互いの自己紹介やら僕らがコルヴァニシュからの商人だと話しながら美味しいご飯を食べ進めてた僕たちは、食べ終えた食器の片付けを手伝う。


「あんな。これで。らすと。」


「はーいありがとよアリーちゃん。そうだ……ここ曲がったとこに風呂があるから二階の部屋からタオル取って入ってきなー」


「おお風呂とな! ここまで水浴びだけで過ごした我が飯の次に欲した物だ!」


 狼でもお風呂は好きなんだなと心の中で思いながらボサボサの白い髪を眺めていると、すかさず蒼い瞳がこちらを睨んできた。


「な、なんだ……? も、もしかして臭うとでも言うまいな……」


「ん? あ、ああ……ただノアさん(狼)でもお風呂に入るんだなって思っただけです」


「――は、はわわ!! き、貴様と言う奴はぁぁぁ!! そ、そんなに我は臭くなぁーーい!!」


 そう言いながら白い膨れ面を真っ赤に染めたノアさんは、全力で古い階段を駆け上がっていってしまった。


「くりしぇ。さいてー。ばか」


「さ、さすがに今のは……」


 何故か3人の冷ややかな目線が一気に集まった僕にアンナさんは冷酷にもこう告げた。


「ここまで鈍感な馬鹿男には宿代プラスさね」


「――は、はい……」


 そうしてなけなしのコルヴァニシュ紙幣を両替しながら、正規の値段でアンナさんの宿に泊まることになった。

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