第39話 西の大国に入国できたと思います



「ああ……外国との交易・貿易を避け続け、その領内でしか取れない天然資源を独占している国を斡旋してやろう。値段はお主の言い値で買い取らせてやる」


「――!! な、なんですかそれ……新手の詐欺か何かでしょうか……? しかも資源の独占なんて普通の国では無理なはずですが……」


 それもそのはず、この青年の言うように独自の天然資源を交易・貿易に出さず独占するのはあまりにも勿体無い事なのだ。


 前世界の中東地域を例にするならば、石油の輸出を一切行わず何億バレルもの石油を自国のみで消費しようとしても到底無理な話と同じ。


 それならば日本のような資源劣国に高値で売りつけた方が何倍も経済的で合理的。


 しかし。


 に限ってはこの世界の経済圏と森中に張り巡らされた薄い金網によって遮断された未開の天然資源地帯であり、その希少性は世界中の行商人が飛びつくだけの魅力は十分にあるだろう。


「それに関しては僕が保証します。この方はたまに突飛な事を口走ってしまいますが嘘は付かないお方です」


「な、なんだクリシェ! わ、我はお主の子供では無いぞー!」


「はいはい。どうせ僕は偉大な『ママ』ではないので気にしないでください」


「き、き、貴様!! それは恥ずかしいから他の人間には言うなぁ! 」


 盛大にあたふたしだすノアさんと、それを不思議そうに見上げるアリー。


「ふ、ふん……! まぁ聞け商人の人間。我らをここで荷台に匿い、更にはホーンディア内を駆ける足車として働くと約束するのであれば、この魔石達を装飾した武具をくれてやろう。そして我の望みを叶えれば先ほどの斡旋も保証する。どうだ? 悪くない条件だと思うが……?」


「の、望みというのは?」


「11日後に開催される『竜久祭宴』までにホーンディア首都エジルスに到着する事だ。竜車であれば余裕を持って到着できるだろう。お主らの商売の邪魔にはならんと思うが」


 この人はまた突然とんでもな提案を……仮にも同行する僕達の許可もなく……。


「そ、そうですか……僕も世界中から人々が集まり、活気に湧く『竜久祭宴』に合わせてエジルスを訪れる予定ではありましたが……ど、どうしましょうか……」


 するとノアさんは運転席に座る青年の首元に煌びやかな装飾のナイフを突き立てながらニッコリと笑った。


「あ、あ……あの……よろしくお願いします……」


 餓死寸前のウサギのような弱々しく情けない声で答える青年の目にはまたも潤う。


「よし決まりだな! 我はノア! お主の名は何というのだ?」


 すると襟の無い茶色の麻布服を一応ながらピンと伸ばした青年は軽く咳払いして答える。


「僕は商人を目指すアイラボス・ヨークと申します。仲間……皆んなからはヨークと呼ばれていました」


「僕はクリシェ・セルジレスと申します。こっちの黒髪の女の子はアリー」


「よろしく。よーく。」


 アリーが細い右手を差し出すとヨークの視線は手の甲だけを捉えていた。


「ああ……これはちょっとした焼き印です。この子が望んで付けたわけでも無いのですが、一般の方は驚いてしまいますよね……」


「え、ええ……それはもう……驚きました」


 そうして交渉と自己紹介が終わりかけたとき、後ろに並んだ商人から前進むように催促された。


「おいオメーさんら進まねーなら先行かせてくれや! みてーでよ! オメーさんらまでチンタラされちゃー陽が上っちまう」


 苛立ちを含んだおじさんの声。


「あ、すみません! 今進みますので!」


「ではヨークさん。僕達は荷台にて隠れていますので検閲を通過して人目が無くなったら合図をください」


「は、はい。了解しました」


 そして僕達は、監視員に見つからないようにそそくさと竜車の中へと身を潜める。


「む……! これはまた……様々な異国の商品が有るな……」


 ノアさん言う通り、荷車の中にはコルヴァニシュだけではなくホーンディアの名産品や様々な国々の高級アイテムが所狭しと積み上がっていた。


 これほどのアイテムを一人で集めるなんて……人は見かけによら無いんだなと感心してしまう。


「まぁとりあえずは国境を越えるまで息を潜めておきましょう……ここで見つかれば僕達は当然、ノアさんのお母様にも多大なご迷惑がかかります」


 3人で2つの木箱に腰掛けながら、検問の順番が進んでいくのをお尻の振動で感じる事20分。


 荷台の皮越しに聞こえてくる声に耳を澄ませていると、ようやくヨークさんの番が回ってきた。


「お願いします。行商登録番号28771番のアイラボス・ヨークです……」


「お! 新人の行商人かよ! 待たせてすまねーな!」


 オドオドと話すヨークさんとは対照的にハキハキと話す警備員。


「すまねーが荷台の中身をちょいと拝見させてもらうわ!」


「――!! っな!!」


 僕は思わず漏れる声を瞬時に手で抑える。


 往来する行商人……しかも行商登録証まで持っているのに荷台の中まで調べるのか!?


「ちょ、ちょっと待ってください! どうして荷台まで!?」


「あー。兄ちゃんも知ってるだろうがもうすぐホーンディアでは『竜久祭宴』があるだろ? その為に厳戒を常にせよとお達しがあってよぉー。俺たちも仕事が増えて参ってんだ。ちょちょっと中見るだけだから勘弁してくれい」


 そうか……。

 後ろのおじさんがやけにイライラしていたのはこのせいか。


「どーする。くりしぇ。このまま。だと。みつかる」


「我やお主の力で無理矢理にでも突破するか? 当然ヨークには迷惑をかけるが」


「それはだめです。たとえ突破してもすぐにホーンディアの軍隊か警備兵に見つかってしまう」


 くそっ。こんな時にスカイの『感覚阻害ジャミング』があれば。


「じゃー見させてもらうね」


 荷台の正面から聞こえる警備員の声に、不本意ながらも天桜流刀てんおうるとうに手を伸ばす。


 荷台の皮扉が微かに揺れた瞬間だった。


「あ、あの!!」


 ヨークさんは綺麗に裏返った声で叫んだ。


「こ、この荷台にはがどっさり乗ってるんです! だから中を見るられるのは……は、は、恥ずかしいんです!!」


 外の様子は一ミリも見えない僕であったが、この時ばかりは皮を挟んだ外の世界がどんな空気になっているのか、そして燃えるように赤くなっているであろう彼の表情が容易に想像できた。


「お、おお……それはそれはすまん事をしたな……。ま、まぁ何を売ろうが兄ちゃんの勝手だしな」


 ヨークさんの決死の一撃で、警備員は先程までのハキハキさをどこかに投げ売ったように荷台の側から離れていった。


「では通ってよし!! ホーンディア教王国へようこそ!!」



 後で彼には何か熟成させたレアアイテムをあげよう。


 僕はヨークさんの勇気にそう固く誓い、竜車が駆けていくのを揺れる臀部に感じた。




 竜車に揺られること5分。

 コンコンと合図を貰った僕は流れゆく外の世界をこっそりと覗き込む。


 月が雲に隠れ、一切の明かりが消えた険しい下り道。

 そこには衛兵や警備員の姿はなく、整備がされていない獣道を進んでた。


「ふふふっ! なぁなぁクリシェ! 彼奴中々面白いやつだな!」


 クシャッと意地悪そうにニヤけるノアさん。


 すると僕の服の袖を小さな手がぐいぐいと引っ張ってきた。


「ねぇねぇ。いんま。ってなに。まじゅう?」


「そ、それは……!! あ…………そ、そのアリーまだは知らなくていい事だよ……」


「なんだアリー。淫魔も知らんのか? それならば我が――っぐあ!!」


 急いで白髪を纏った年頃娘の口に封をする。


「んぐ! ぐびじぇ……!! ぐるじい……!」


「はぁ。修行は良いですが、あんまりアリーに変な事教えないでくださいよ……」


 瀕死を伝える数回のタップの後、彼女は肺呼吸を再開させた。


「っっぷはっ! こ、殺す気かぁ……!?」


「ふー。だがアリーは今年で15を数える歳であろうが。それくらいは知ってない方が逆におかしいと思えるが?」


 確かにこの子を過保護に育てすぎるのも如何なものか。

 地味な学生時代と数年に渡る借金苦の影響で、僕は女性とのそういう経験が一切なく、ましてやこの年代の少女が何を欲して何を考えているのかなんて皆目見当がつかないのが率直な意見だ……。


 ありもしない知識をなんとか振り絞っていると、運転席に通じる小窓が小さく開いた。


「み、皆さん! そろそろホーンディアとコルヴァニシュ国境の宿に到着します!」


 その言葉に飛び跳ねるように喜ぶ女の子が二人。


「飯だ!! これで我はやっと生き返ることが出来る!!」


「ごはん。たくさん。たべる。くりしぇ。ごちそう」


「そうだね。今日は色々忙しかったからたくさん食べな。お代わりは6杯までだよ」


 金銭的な制限を掛けられたとは言え爛々に輝くアリーの瞳を見るとどこか僕自身も嬉しくなってくるな。


「アリー! 今日は宴だ宴! ヨークと共に夜を明かそうではないか!」


「おー。」


 やはり出身が同じだからか、それとも太古から組み込まれたDNAがそうさせるのか、木箱に乗って独特のリズムで喜びを表現する彼女達を見ているとまるで姉妹のようにも見えた。


 竜車の歩みが次第に遅くなり止まると、僕達はこの旅で初めてホーンディアの地を踏みしめた。


「ここがホーンディア……? なんだかコルヴァニシュと変わらない気もしますが……」


 一見するとローザ村と何ら変わりない宿町に見える。

 茅葺き屋根に覆われた古民家が数十軒立ち並ぶだけの小さな村であり、時間が遅いせいだろうか、明かりがついている建物は指で数えるほどしか存在しない。


 しかし、ノアさんとアリーは、迅る食欲を抑えながらも仲良く手を繋ぎながら村の中心部へと消えてしまった。


「はは……元気な方々ですね……」

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