第50話 彼は教王民だと思います



 寝床とは到底呼べない硬い木の床で一夜を明かした僕たちは、抜け切らぬ疲れを感じながらも朝から行商権の申請に向かった。



 ――安いよ安いよぉぉ!! これさえあればどんな食材でも思うままに切れちまう業物だよー!


 ――採れたて新鮮の野菜だよー!! ホーンディア一の目利きが仕入れた超一級品だぁ!


 昨日の静けさとは一変、カラフルな石畳で覆われた広いメインストリートには多くの荷馬車や獣車が行き交っていた。

 そして車が走る道路と道路の間には数多くの商人達が露店を構えており、多くの人で埋まっている。


「昨日の光景で少し心配していましたが、どうやら街の活気は問題なさそうですね」


 メインストリートを駆ける竜車から流れる街並みを見る限り、国王祭を開催している際のレンス広場よりも数多くの民衆が押し寄せていた。

 見た感じ、昨日忠告されたような『外国人絶対排斥!』と言った殺伐とした雰囲気も感じられない。


「ぱっと見た感じはそうですね……でもなぜか少し違和感もあるような気もします……」


「? ヨークさん?」


「あ、そろそろ着きます」



 竜車が止まった先には三階建ての大きな建物が聳えており、看板には達筆な文字で『トールドル商工役所』と書かれていた。


「では入りましょう」


 中はいわゆる日本の市役所や区役所とほぼ変わらないような感じ。


 大理石の絨毯が続く立派な正面玄関を抜け、『行商権発行所』と書かれたテーブルに着くと受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませっ。本日は行商権の発行でよろしかったでしょうか?」


「はい」


「かしこまりましたっ。ではいくつか質問させていただきますねっ」

「今回はどのような商売を行う予定ですかっ?」


 やたら語尾が上がる元気なお姉さんに『熟成屋』としての商売形態並びに、露店での売買について説明する。


「なるほど〜。【熟成】というスキルでお客様のアイテムを育てる……っと。変わったお仕事ですがトールドルにはユニークな商売をなさる方も多くいらっしゃるので安心してくださいねっ」


「では次にっ、商売される期間はどのくらいを予定されていますでしょうかっ?」


「3日程度です」


「現在、10日以上を超える商売活動には3万リーブっ、それ以外の方々は1万リーブを納税をしていただく必要がありますのでご了承くださいっ」


 お、思っているより高い……。

 でもコクリ村のためだし断る選択はない。


「はい……」


「それでは最後に、お二人はどちらで商売をされてきた方々でしょうか?」



「あ、僕達はから――」



 コルヴァニシュという単語を聞いた瞬間、今まで元気でハツラツな対応をしてくれたお姉さんの瞳から光が消えたのが分かった。


「はぁっ。コルヴァニシュのお客様ですか……それじゃああの列に並んでください」


 気怠さを含んだ声とぶっきらぼうに指差す態度に驚きながらも、指さされた先に目線を移す。


『――なんで俺だけ6万リーブも払わなきゃならねーんだ!! 他の国の奴らは3万リーブだったろ!!』


 並ぶ列の中で声を荒げる商人。

 持っている袋に描いてある模様を見る限り王国神紋章……ということはおそらくコルヴァニシュの人間だろう。


『それにたかが行商証の発行で10日以上かかるってなんて差別だ! 他の外国連中でも次の日には発行してたじゃねーか!』


「貴様等こそ差別主義の人間だろうが! 東方戦争で小国を蹂躙しただけでは飽き足らず貴様等には当然の報いだ!」 


 すかさず警備兵が乱暴に彼を抑え込むと問答無用でどこかに連行して行った。



 そりゃコルヴァニシュの人間ってだけで倍の行商税を取られた挙句10日間もほったらかしにされたら誰だって怒るだろ……。


 それにしても今のはアッサムやシダレの森の事か?

 ホーンディアの人間でもそこまでの知識があるのは少し驚きだ。


「――え? ちょっと待てよ…………?」


 発行まで10日ってことは確実に『竜久宴祭』に間に合わない……!?


 これは非常にまずい……。

 でも今更コクリ村までトンボ帰りした挙句『やっぱりアンナさんが貯めたお金で復興資材を買ってください』なんて口が裂けても言えないし、絶対言いたくないぞ……。


「ずっと差別主義者の監視下に置かれただけじゃなく超合金の金網や集魔燈に囲まれるなんて本当に可哀想な先住民よねぇ。あ、アナタも行商権が欲しかったらあっちの列に並び直してくださいねー」


 差別主義者は今のアンタ等だろと言ってやりたいが、事実ベンフィーリス港で出会ったポールスさんのようにシダレの森を蔑む人間も居た事を考えると強く否定できない。


 そしてお姉さんに促されるまま席を立とうとしたその時、謎の力に右肩をグッと抑えられた。


……! しっかり説明しないとダメだよ! このお姉さんは多分僕達が商売してきた場所じゃなくて出身地を聞いているんだ!」 


 お、兄……ちゃん……?

 10年前屋敷を出て行ったクリフィアに呼ばれた以来の単語に脳が固まってしまったが、ヨークさんはそのまま謎の行動を続ける。


「ほらお兄ちゃんも『教王民証』出さないと! あ、でもお兄ちゃんこないだ落としたって言ってたっけ?」」


「え……ああ……う、ん」


 『教王民証』なんて聞いたこともないがとりあえず頷く。


「すみませんですが『僕の教王民証』で今回は勘弁してもらえませんか? しっかり納税はさせていただきますので!」


 そう言いながらヨークさんは胸元から古ぼけた手帳型の証書を取り出すと、人が変わったはずのお姉さんに差し出した。



「――なーんだっ! なんだったら早く言ってくださいよっ! コルヴァニシュの人間なんかと同じにしちゃってごめんなさいっ」


 ヨークさんが手渡した証書を見た瞬間、最初の明るい元気な性格に早変わりしたお姉さんに内心引いた。


「へー、コーザース地方出身の方でしたかっ。では今回はヨークさんを申請人として手続きしちゃいますねっ。お兄さんは付き添いとしての参加という体でお願いしますっ」


 お姉さんはヨークさんから支払われた1万リーブを受け取ると、手続きのため後方の事務所へと歩いて行った。


「な、なんですか今の……! というよりなんでホーンディアの身分証なんか持ってるんですか……?」


「すみません咄嗟のことだったので驚かせてしまって……あ、あとできちんとお話ししますので、どうか今はお兄ちゃんとして演じてください」


「おっまたせしましたー。お兄さん達は教国民なので露店の場所はご自分で好きなところをお使いくださいっ。あ、あと執行官の見回りが定期的にありますのでぜひご協力をお願いしますっ」


 お姉さんはカードのような行商証をヨークさんに手渡すと、笑顔で手を振ってくれた。


 は、早すぎる……。

 コルヴァニシュの人間は10日も待たせる作業が1分も経たず出来上がってしまった。


「ありがとうございます。じゃ行こっかお兄ちゃん」


「う、うん……行こっか」


 そうして僕達はなんとかトールドル商街での行商権を手に入れたのだった。




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