第49話 ヤバい街に到着したと思います


「出発して数時間でとんでもないトラブルに巻き込まれましたね……」


「ええ……『教王師団』副団長と対峙することになるなんて……。今は呼吸が出来ているだけで幸せを感じています」


 イバンとの別れから数時間。

 泥だらけの運転手はひどくげっそりした様子で手綱を握りしめていた。


「それとすっかり陽が落ちてしまいましたね。あんなイレギュラーが発生していなかったら、もうとっくに着いていたはずなのに」


「はい。【熟成】したアイテムを売った後、アンナさんに頼まれた資材購入に時間を割きたかったのですが」


「それにしてもクリシェさんの【熟成】ってスキル凄すぎませんか……? その名刀をただの【カシ木の棒】から生成したなんて……」


「あはは……ただの袋への入れ忘れから生まれた物ですけど」


「それが凄いんですよ! 平凡なDランクアイテムをSSRランクアイテムにのし上げるなんて……これはまさに商人にとって夢の錬金術と言っても過言じゃありません!」


「それに比べて僕なんてスキルを持たない無能力者……なんとしてもお金が必要なのになぁ」


「で、でも荷台の中に世界各国の骨董品などたくさんあったじゃないですか! あれだけの品を集めることが出来たヨークさんには商才があるってことですよ……!」


「あ、ああ……ま、まぁあれはたまたまと言うか……なんと言うか」


 その時歯切れの悪いヨークさん越しに、遠くに灯る無数の火光が目に写った。


「――! ヨークさんあれってまさか……」


 がっくり首を落とすヨークさんだったが、僕の指差す方に視線を上げた瞬間表情に明るさが戻った。


「四方を囲む天へと聳える高い街壁……! 間違いありません『トールドル商街』です!」


「良かった……なんとか今日中に着けましたね!」


 二人で軽くハイタッチを交わし、高く聳える街門を目指した。






「――凄いこれがトールドル商街……! コルヴァニシュとは全然違った街の雰囲気ですね……!」


 街壁正門からまっすぐ伸びる大きな大きな幹線道路にまず目を見張る。

 道の真ん中には昼間営業していただろう露店達が立ち並び、その沿道には一階部分に立派な商店を抱えた建物がズラリと立ち並んでいた。


 パリのシャンデリゼ通りを彷彿とさせるような大理石建築の街並みは、乱雑かつ派手派手しい印象だった『エンスラエル』などとはかけ離れたものだった。


「ええ……。コクリ村ではそれほど感じられませんでしたが、ここまで大きな都市になるとその国の特色が出ますね。例えばこの街で永住権を持つならば一階部分は全て商売に活用できる建物に住まなければならないと定められているんですよ」


「へぇ。さすが詳しいんですね」


「ま、まぁ……」


 さすが経済特区に任命されるような街。

 法律一つ建築方法一つとってもどれも新鮮で面白いものばかりだな。


 今日通ってきた砂漠もそうだが、毎晩のようにお父様が話してくれた世界各地のお話にあったように僕の知らない世界はこんなにも心を震わせてくれるものなのか……!



 僕はこの時初めて、熟成屋として世界の旅に出て良かったと思えた。



「――お、こんな時間に到着なんて珍しいな。しかも魔獣のだらけの『エル砂漠』の方から来るなんてよぉ」


「コクリ村から参りました……ヨーク……です。こちらは私の……行商仲間のクリシェさん」


「コクリ村かぁー。まぁーた酷い目に遭ってる街から来たもんだなぁー」


「え? あ、ああ……まぁ」


 行商通行書を門番に見せていたヨークさんだったがどうやら様子がおかしい。


「どうしました? ここは行商街なので検問は厳しくないはずでは?」


 僕はこそっと耳打ちをする。


「い、いえ……検問ではなく、少し街の様子がおかしかったのでつい」


「気がついたかいコルヴァニシュの兄ちゃん。以前までは昼間だろうが深夜だろうが行商の馬車や竜車で埋め尽くされていたんだがぁ……ここ最近はめっきりその数も減っちまった」


 確かにヨークさんから聞いていた前情報から想像していた街よりは少し寂しい気もする。


「それは何故ですか?」


「細けぇ政治の話は分かんねーが数週間前から何故か突然、経済特区だったはずのこの街にも行商税が追加されちまったんだ。案の定経済特区の恩恵を目指して来国していた外国の商人達は次々と姿を消したんだ」


「兄ちゃん達も明日から商売したいなら申請と行商税を払わねーとすぐ捕まっちまうから気をつけるんだな」


 ええ……経済特区なんて言うから期待していたのに……!

 それに即逮捕ってのもこれまた物騒な話だ。


「で、この街を牛耳る経商団の連中はその消えちまった外国商人のせいで自分達の食いぶちを潰されたって主張してる。だからアンタらみたいな外国人に恨みを持ってるから気をつけな。特に大国のコルヴァニシュにはヘイトが傾いてるって話だ」


「そ、そんな! 一方的に敵意を持って課税をかけたのはホーンディアの方なのに……!」


 すると門番は人差し指を口前で立てる。


「やめとけ兄ちゃん! ここいらでは政府批判や政策の批判をすれば即逮捕されるぞ……!! そんなまともな考えが出来る奴らはとっくに逮捕されちまって今の経商団には存在しないんだ」


「そ、そんな……なんでそんあ自国経済も揺るがしかねない事を……」


「俺から言えるのは、外国人排斥を訴える経商団の連中がこっそり国のお偉いさんから横金貰ってることぐれぇーだ。表向きじゃ『この街が困窮しているのは、あれだけ密な交流をしておきながら少々の行商税を徴収した途端姿を消した意地汚いコルヴァニシュのせいだ!』なんて最もらしい事を言っているがな」


 これは想像以上に酷い状況かも……。

 アンナさんに頼まれた資材調達が難しいだけじゃなく、ここまでの課税に踏み込み、コルヴァニシュへの敵国心を煽ると言うことは……ある種、ホーンディア教王国自身の決意の表れだ。



「まぁとにもかくにもこの街で商売したいってんなら自分の身を最優先に行動するんだな〜。見知らぬ宿なんか泊まった日にゃ寝込みを襲われて簀巻きにされるからな〜」


 そうゆるーく言葉を言い残し門番のおじさんは駐在所の中に帰って行った。



「く、クリシェさん……これは大変な商売になるかもしれませんね……」


「は、はい。幸先は100点満点で最悪です……」



 さっきまでは輝いて見えていたメインストリートをそそくさと駆け抜けた僕たちは、竜車の荷台で夜を明かしたのだった。

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