第48話 ギコギコはしないと思います
「まぁ言っておくけど残念なのは君の腕前の話であって、その刀剣はまさに『魔剣』『神剣』と評されても遜色ないだろう」
「ぼくレベルじゃない雑魚相手ならその圧縮された空気圧に成す術なく塵になるだろうけど……正直言って君の腕前は持ち主に相応しくない」
「――!!」
軽く言い放たれた言葉は僕の心の底をズンと押し込んだ。
「今の斬撃にしたって無闇に振り下ろしたせいで斬撃の軌跡がブレブレだ。まぁそれが友人の命がかかった状態から来るアドレナリンの影響か、全力を出すことにまだ慣れていないかは置いといても、あの軌跡は実に美しくない」
「まぁ圧縮した空気圧を利用しているのもブレの原因のようだが……」
すると自称科学者はパンっと手を叩いた。
「さーてここで問題です。君の剣の最大の特徴はなんだと思う? 魔力核も打ち込まれていない無属性のくせにそれ程までのオーラを放ち続けるその剣のね」
「今の君ではその刀剣の正確なデータは取れないだろうし……僕の質問に答え切れたらそこのお兄さんを解放すると約束しよう」
「――! 良いんですか……?」
「ああ、今の君を宿主として算出したところでその剣の性能が測れるわけもない。かと言ってぼく一人で君とやりあって奪うのも分が悪い……ぼくはあくまで『科学者』だからね」
助かった。と言いたいところだが少し複雑だ。
しかしこいつ……斬撃を数回見ただけで天桜流刀の本質に気がついたのか……。
「で? 君の答えは?」
「切れ味……ですか?」
「ピンポーン。それでは二問目……『切れ味が良い』とは一体なんでしょう」
「そ、それは…………切断面に凹凸が少ないとかですか?」
その瞬間金髪の男は舌を突き出し、なんとも憎たらしい顔をした。
「まぁそれもあるけど本質的解答とは呼べない。ぼくは科学者だよー? 物理における問題でそんな表面的解答を期待するわけがないだろう?」
そして意地悪な科学者はぺろっと唇を舐めた。
「――早くしないと……ね」
「く、クリシェさん……も、も、も、うだめかもですぅぅ……」
ヨークさんに迫る粘土は胸の大部分まで侵食していた。
さっきまでの大きな声も出せないほどに肺を押し潰されている。
考えろ……地球にいた頃を……。
高校での文理選択のチョイスをこんな異世界で悔やむことになるとは……。
切れ味ってなんなんだ。
漠然と考えていたがいざ解答として定義するのがこんなに難しいなんて。
「く、クリシェ……さ……ん。息が……苦しく…………」
「ヨークさん! も、もう少しだけ耐えてください!」
くそっ……! 切れ味なんて夜中の通販番組でしか聞いたことない……!!
こんな時に通販のことなんて考えてどうする……!
ん?
通販…………切れ味……?
「あーあ、こりゃ死んじゃうね。科学の生贄とは言い難い醜い死に方だ」
冷めた目線で沈みゆくヨークさんを眺める小さな男に、僕は恐る恐る口を開いた。
それもなんとも馬鹿馬鹿しい答えを……。
「…………答えは『ギコギコはしない』……です」
「え……ぼくの聞き間違い……? 今物凄く語彙力に乏しい陳腐な答えが聞こえたんだけど……」
さすがのマッドサイエンティストも若干引き気味だ。
それもそのはず。
僕の居た世界でも嘲笑的な通販シーンとしてネット界で擦られたネタだし……。
「木やパンを切る時は腕を動かします。『ギコギコはしない』と言うのはすなわち腕の運動面積が少ないのに対象の物体を切断できるという事。【切れ味】とは……より少ない力で物体を切断できる事を指すのではないですか?」
微かな記憶を無理やり繋げた理論だったが、目の前の男はそんな解答を気に入ったらしく紫に輝くステッキを下ろした。
「ふふ。まぁ美しくないけど及第点はあげるとしよう…………だがぼくら科学者から言わせるとまだまだだ――」
その瞬間、ヨークさんの周りを覆っていた粘土の活動は止んだ。
「ヨークさん! 腕を出せますか?」
今にも泥の底に沈みそうなヨークさんの元に駆け寄り救出を試みる。
「は、はい……なんとか」
「行きますよ――いっせーのーがっ!!」
そして必死の思いで泥の中からヨークさんを引き摺り出すことに成功した。
「じゃ、ぼく帰るね。これ以上は実験データも取れないし、暑いし、何より汗でベタベタなのが実に不愉快だ」
金髪男子はそのまま振り返ると例のステッキを地面に突き刺した。
「――最後に。【切れ味】とは原子・分子の接続を断ち切ることだよ」
「! どうゆう意味ですか……?」
「さっきも言ったが君の斬撃は空気を利用する分断面がブレる。よってダイヤモンドの数百倍の分子接続強度を誇る『アダスタリティア鉱物』を切断することは出来ない。まぁそれを踏まえて次会う時には実験データとして相応しい宿主になっておいてくれ」
次に会うって言われましても……。
僕としてはもう今後一切会わないことを願うのですが……。
こんなイカれた科学者と再会の約束なんて死んでもしたくない。
「――会うさ。君がこの国の人間でない事など関係ない。その剣を持つ以上君とぼくらは必ずどこかで再開する」
「し、知ってたんですか。ホーンディアの人間じゃないことも全て……」
「そんな事さほど重要じゃないさ。ぼくはデータさえ取れれば悪魔とだってダンスを踊れる自信がある」
「それに…………『いずれ世界は一つになる』んだからね」
「今なんて言いましたか……?」
「――ぼくの名前は『イバン』教王師団副団長兼特別軍事研究所研究局長という長ったらしい肩書きの持ち主であり『あのお方』のお考えに心酔する人間だ」
「発見No.68 『
イバンが詠唱を終えた次の瞬間、突き刺されたステッキが今度は黄色く輝き出した。
すると突然ステッキを突き刺された地面が隆起を始め、みるみるうちに砂の大津波が発生した。
「またねクリシェ。次回君から取れるデータを心から期待しているよ」
イバンは何食わぬ顔で砂の津波に飛び乗ると一瞬で何処かに消えてしまった。
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