第17話 森の支配者だと思います
スカイさんは泥の地面に正座の形で座ると、金髪男の頭部を優しく膝へと乗せる。
太陽が傾き出したのか、先ほどまでピンスポットのように差し込んでいた日差しは横長に広がる。
「さぁ……食べて。少しずつで良いから……」
黄色い光に照らされながら膝に乗せた男の介抱をしている姿はまるで宗教絵画に描かれるマリアのようだった。
喉から手が出るほどに渇望した幻の薬草。
しかし彼女はなんの躊躇もなく男の口にオトリナ草を運ぶ。
意識朦朧の中、小さい咀嚼を繰り返していた男の顔に生気が戻った。
「これでよし。それでノア、コイツ等はどうするの?」
治療を終えたスカイさんはそっと立ち上がり、パンパンと泥をはたき落とす。
「コイツ等は我らがアッサムの村へ連行し捕虜とする。最近頻発する『シダレの森』への干渉行為と含めてコルヴァニシュに抗議文を送りつけるつもりだ」
「あ〜ら〜♡ 可愛い子じゃないか〜い。まだまだ未熟で新鮮なお肌がスベスベねぇ〜」
突然スカイさんの頬をツーッと摩る細い指。
「――! な、なに!!?」
回り込まれた気配を一切感じなかったスカイさんは飛び跳ねるように後ろを振り返る。
「あらま〜。振り向いたお顔もすっっごく可愛らしいのねぇ〜? ぜひ私の従女にならないかしら……?」
振り返った先に立つ一人の色魔な女性。
差し込む陽に反射した白銀の前髪は左目を覆い隠しており、残りの髪は全て綺麗なお団子として首上で縛り上げられている。
胸元が盛大に解放されている黒いドレスと手に持った白羽根の扇子、細い糸目から覗く蒼色の瞳からは圧倒的な威圧感と威厳をビシビシと感じる。
「ママ!」
「――ま、まま……?」
思わずそう溢してしまうほどに彼女は美しかった。
確かに美しい白髪はノアさんそっくりだけど歳はせいぜい30歳手前程度だと思う……。
しかし、ノアさんの母親ということはこのセクシーな女性がアッサムの長であり王である「
「こんな所でなにしてるの? ――っおほん……しておるのだ?」
「ふふふ〜な〜に〜? ノアたんいつもはそんな話し方絶対しないくせに〜……あ、可愛いお友達の前でカッコつけてるのかなぁ〜♡?」
「わわわぁぁー! ま、ママ何言ってんのぉー! い、いつもこんな感じだからぁぁ!!」
あたふたと赤面するノアさんの頭には当然ながら犬耳が飛び出しており、彼女の心の揺れ具合が一目で分かった。
「ママはホーンヴィアの使者が見舞いに来てくれたから外門までお見送りしただけよ〜? そして愛する娘のオーラを感じたから来たみればこんな事になっててびっくり♡」
女性の雰囲気から侵入者である僕達への敵意は感じなかった。
「さ、西国のホーンディアですか……? それに見舞いって……」
僕が疑問を口にした瞬間、色魔なお母さんは藍色の目をこれでもかと見開いて固まった。
「あ、申し遅れました。私はクリシェ・セルジレスと申しま――」
「不遜なコルヴァニシュの雄が喋るな!! この神聖な森が穢れるであろうが!!」
シダレの英雄からの突然過ぎる怒号に僕は成す術無く体を硬直させる。
そんな情けない僕にノアさんはすかさずフォローを入れてくれた。
「すまんな。母上はコルヴァニシュの男と離婚した過去があってなぁ……。コルヴァニシュの男と見るやすぐに威嚇するのだ」
「――! 『
「――人間だ。臭いの趣味が合わずに別れたそうだ」
な、なんとも馬鹿らしい。
まぁ鼻の効く狼には耐え難い臭いってのもあるのだろうか。
「――時に雄の人間よ……今『セルジレス』と申したな……もしかして『大将コルラン』の生き形見か?」
「――! 父をご存知なのですね」
「ふ。あの化け物じみた強さにどれだけ我々が苦酸を舐めたことか……それに貴様が持つ剣……なるほど。凄まじい業物だな」
糸目から覗く冷えた視線は僕の体全体を舐めまわす。
「そ、それじゃ私達は帰りますね……? 本物の衛兵に見つかってもまずいのでぇ……」
話のどさくさに紛れてバックハグの状態からなんとか抜け出したスカイさん。
「ええ〜? アナタみたいなカワイー女の子だったらいつまでも居ていいのにぃぃ〜♡ あ、そこの小さな女の子もかなり見込みがありそうねっ!」
「は、母上、いい加減にしてください……! それに長時間の外出はお体に触ります。もう屋敷に帰りましょう」
うむ……。
見舞いといい、今の言葉といい何か引っかかる……。
「だってこんな可愛い外界の女子を拝める事なんて当分なかったんだもん〜。ノアたんのケチンボ」
子供のように頬を膨らませている
まぁ男の僕には冷たいけど……。
「ではクリシェ、スカイよ『
キュキュ!!
「ノアさん……色々とありがとうございました。それでは密猟者の事は頼みます」
「うん……本当にありがと。またね」
そうしてシダレの英雄とその娘は暗闇の中へと消えていった。
「僕達も帰りましょうか」
「――うん……そうだね」
気丈に振る舞ってはいるものの、ノアさん達を見送ったスカイさんの目には薄らと輝く物が浮かんでいた。
「――おねーちゃん……」
衛兵に見つからないようにウネウネと回り道をしながら『シダレの森』を抜け出した頃にはすっかり陽は落ちていた。
疲れて寝てしまったリリをおぶる僕。
色違いになるよう舗装されたレンガ道をボーっと眺めながら歩くスカイさん。
昇り出すはずの月は雲に隠れている空模様。
やり切れない静寂にカツカツと二つの足音だけが響き続ける。
そして一切の会話もないままようやくスカイさんの家に到着。
「リリ。着いたよ」
寝ているリリを起こすと、あの子なりに何かを察したのか無言で家へと入っていった。
「それじゃクリシェ君……今までありがとう。
夢に敗れ、ボソボソと話す彼女の表情が僕の心をこれでもかと抉る。
「ぼ、僕からお父さんに伝えますよ……。確かにスカイさんはオトリナ草を手に入れたって……!」
しかし彼女は力無く首を振る。
「約束は『運命の薬草』であるオトリナ草を持ち帰る事……ダメだった理由は多少誇れるにしても、私が期日内までに持ち帰られなかったのは紛れもない事実。そう……お父さんの言う通り薬学の神に愛されなかっただけのことよ……」
「そんな……」
その時、割れた雲間から差し込む優しい月光が彼女の横顔を照らしだした。
「――うっっ……っうぅ……」
大粒の涙が溢れ落ちる頬。
琥珀の瞳を滲ませる涙は美しく輝きながらレンガへと流れ落ちる。
しかしこの時、あまりに無力な僕は彼女が泣き止むまでただ側で立ち尽くすことしか出来なかった。
家に帰ってもその無力感は抜けることなく、疲れきったはずの体にしつこく纏わりつく。
「結果何も出来なかったと同じだ。僕は彼女のおかげでやっとやりたい事を見つけたのに……」
荒れた庭のベンチに座る僕は桜色に輝く愛刀をジッと眺める。
「熟成で人を助けるなんて考えておきながらこのザマ……。このスキルで得た物なんて『
しかし、桜のオーラを纏う刀身を眺めていると頭に掠める微かな記憶が蘇る。
『
それから数分後、僕はスカイさんの家へ駆けていた。
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