第16話 雷獣の戦いだと思います



「ノア……ありがとう。これでお父さんを説得して薬医になれる……!」


 キュキュキュ!


「ふふ。『お前からは薬の匂いがしてたまらん。我の天敵である薬医は早くこの森から立ち去れ』だとさ。」


神蛇首様ベルナシア』はスカイさんに向かってミニサイズの毒牙を剥き出す。


「はいはい、アナタがおチビちゃんで良かったわー。じゃなかったら今頃毒牙で殺されてたかも」


 そう言ってスカイさんはオトリナ草と『神蛇首様ベルナシア』に近づき、手を伸ばした。


「――で、でも。あ、ありがとね……」


 キュ!


 プイッとそっぽ向く御神蛇を見て彼女もすかさず舌を出す。

 

「おめでとうございます。これで夢への扉が開きますね」


「何から何までありがとね……! じゃ、帰ろっかクリシェ君……!」


 目的の薬草をポケットにしまった瞬間。


 光の先からイカツイ男達の低い声が聞こえてきた。


「おーーいそこの眼鏡の姉ちゃん、それオトリナ草だろぉ? おじさん達に分けちゃくれねーかねぇ? 最近取り過ぎちやって品薄なのよ」


 暗闇の先から現れたのは総勢8人程度の武装集団。


 コルヴァニシュ製の古ぼけた鉄鎧。

 手には湾曲してしまっているサーベルや手入れの行き届いていない斧など様々。


 そして背負ったリュックから漏れ見えるのは、おそらくこの森で刈り取ったであろう魔獣のドロップアイテムや香木の数々。


 衛兵……?

 いや……あの鉄鎧とサーベルは15年以上前のモデルだし、裂鎌に関しては生産すら終了しているはず……。


「アナタ方が最近この森で違法な密猟や採集を行なっている輩ですか?」


「ああー? この格好を見てそんな口が叩けるのかぁー? 衛兵様である俺たちはお前ら侵襲者を連行出来んだぞ?」


 金髪オールバックがなんともダサいリーダー風の男は自身を衛兵だと言い張っているが、どうにも僕が知っている正規な衛兵とはイメージにズレがある。


「ど、どうするクリシェ君……? 武具を持った男の人があんなに大勢……」


「おそらく没落した衛兵だと思われます。話が通じそうな雰囲気もないですが……」


 どうしようかと悩んでいると、僕達の目の前に白い髪が棚引くのが見えた。


「クリシェ。ここは我等に任せてくれんか……。『冠女英雄シェールヒルデ』の娘としてこの森での悪行を見捨てるわけにはいかんのでな」


「――! 分かりました。相手は武具を持っています、お気を付けて」


 するとノアさんは地面に手をつき、四つん這いの格好になる。


「――うううぅ……」


 白い頭部からはフサフサな犬耳が顔を出し、服の衣は徐々に剥がれ落ちていきながら純白な毛皮が姿を現していく。


「――これがノアの本当の姿なの……?」



『――がぁぁ!!!!』


 ノアさんの気高い雄叫びが『シダレの森』中に響き渡る。


 遠吠えとは違い、唸るような叫び声は没落した武装集団を怖気付かすには十分であった。


 ある者はその場で腰を抜かし、またある者は神話に登場する『三頭魔犬ケルベロス』を見るかのように目を丸くしている。



「行くぞ!! 不遜な人間がぁぁ!!!」


 泥の地面を蹴り飛ばすように突進するノアさん。


 その速さは僕を背中に乗せた時よりも数倍素早く、剥き出した牙が獣とは何たるかを教えてくれる。


「――ひ、ひぃぃ!! あ、あれは噂のアッサムの牙ってやつじゃねーか!?」

「逃げろ! せっかくの大漁日に食い殺されちまうぞ!」


「う、う、うろたえんな! あんな犬っころ武具さえありゃどうって事ねぇ!」


 自らも足を震わせながら、金髪男は怯える仲間をなんとか鼓舞している。


「鶴翼の隊形だ! 誘い込んで殺せ! 『セージス』!」


「――! 鶴翼……。それに『セージス』って……」


 聞き覚えのある掛け声と共に、鶴翼とは左右の人間がせり出し真ん中をあえて凹ませる事で突撃を吸収し、前左右から反撃する隊列。


 しかしその甲斐虚しく、せいぜいC−程度の武具しか持ち合わせていない人間ごときがノアさんの敵であるはずもなかった。


『っがはっ!!』

『うあわぁぁ!』


 急所は外しているものの、次々と武装集団の体を血に染めていくその姿はまるで魔獣そのものだった。


 最後に残った金髪男は汗と涙を盛大に垂れ流しながら、ジリジリと後ろに下がっていく。


「す、すまなかった! これは全部あげるから許してくれ!!」


「『あげる』だと……我らの神森に踏み入っただけでも虫唾が走るというのに。剰え『あげる』だと……?」


 不用意な言葉に更なる怒りが増幅する。


 美しい白い毛並みは一斉に逆立ち、その一本一本が青白い電気を纏い始めた。


 蒼き光を放ちながら帯電していく激電はやがてノアさんを獣身全てを覆い尽くす。


「――死んでも文句は言わさん……!」



獣電じゅうでん――!!!』



 雷装した狼が一歩目を踏み出す瞬間。

 金髪の男の背後から少女の声が聞こえてしまった。


 それもが。



「おねーちゃん? それにおにーちゃんも……?」



 その瞬間、僕は全身から血の気が引いていくのが分かった。



『――!!!』


「――!!?」


 幸い、僕達の叫び声になんとか反応したノアさんは突進を急キャンセルしてくれた。


「な、なんでリリがこんな所に!!?」


「だ、だってね、リリもおねーちゃんの力になりたくて……」


 おさげ髪の女の子は状況を全く理解できない様子で答える。


「――へぇ……お前らの妹か……」


 隙をついた男は背後に立つリリの後ろへ回り込み、幼い少女の首元に剣を突き立てる。


「う、うごくなぁぁぁ!! こいつが殺されたくなけりゃ大人しくしやがれぇ!!」


 急な男の叫び声に驚いたリリは泣き出してしまう。


「ええぇーん!!! おでぇーっじゃーん!! だ、だずけでぇぇーーー!」


「ほ、ほら! こいつの命が欲しかったらその薬草をよこしてどっかに消え失せろぉ!!」


 しまった……。

 おそらく家を出たスカイさんを追いかけてきたリリは、僕が天桜流刀てんおうるとうで開けた穴を見つけて入ってきたんだろう。


「クリシェ! この女子は貴様の妹か?」


「わ、私の妹なの!! どういうわけか私を追いかけて入ってきたみたいなの……」


 そしてスカイさんは俯くともう一度口を開く。


「ねぇ聞いて! このオトリナ草はあなたにあげるからその子だけには手を出さないで! ――お、お願い……よ……もう……家族を失いたくないの……」


 最後の言葉は力無く漏れ出た心の言葉だろう。


 しかし、ノアさんは無惨にもスカイさんの願いを切り捨てる。



「スカイよ。だ」


「――! な、なんで!??」


「考えてもみろ。その薬草が此奴らの手に渡るとするだろう? するとその薬草は汚い金となりて巡り流れゆく……そして行き着く先はまたこの森の乱獲だ。それだけはこの森の支配者としてが許すわけにはいかんのだ」


「の、ノアさん……!! ですがこのまま無垢な女の子を見殺しにするんですか!?」


 すると暗闇で青白く光る白狼はこちらを振り返り、おそらく笑った。


「さっきの言葉を思い出せクリシェ。先ほど我は『我等』に任せろと申したであろう?」


「わ、我等……ってことは……!」



「がぁぁああああぁ!! あ、熱いぃぃ!」


 男は呻き声と共に泥へと倒れ込む。

 そして男の暗い足元に微かに見える真紅の波型。



 キュキューー!!



「ふふ……『暗殺は蛇の嗜み。この森を荒らす者は何人も許さん』と申しておる」


 男の足にしっかりと噛みつく『神蛇首様ベルナシア』はノアさんが暴れているうちにひっそりと男等の背後に忍び回っていたのだった。


 呻きながらうずくまる男の手から解放されたリリは大粒の涙を浮かべながらこちらへ駆け寄ってくる。


「おでぇーじゃん!! ごわかっだぁーー!!」


 スカイさんはそんなリリを叱るわけでもなく、そっと抱きしめる。


「――よかった……よかったよ……」


 そしてリリの涙が収まると、スカイさんはおもむろに男の方へ歩き出す。


「スカイさん?」


「スカイ、何をする気だ? 進化した『神蛇首様ベルナシア』の毒に犯されて死ぬんのだ。復讐はやめてやれ」


 しかし歩みを止めないスカイさんは男の元にゆっくりと立つ。



 バシッッ!


 乾いた張り手の音。

 スカイさんはノアさんの忠告を無視するように男の右頬にビンタを食らわせた。



 そしてポケットに手を突っ込むと何かを取り出した――



「これ……食べて」



「ス、スカイさん……――」



 彼女は意識が朦朧とした男の口元に『オトリナ草』を近づける。



「クリシェ君……私は世界一の薬医になりたいって言ったよね。そんな高尚で途方もない夢を掲げた人間が目の前の患者を見捨てることなんて出来ない……」


「……」


「お父さんなら救える命から逃げたりなんかしない……。だから私も絶対に命から逃げない……!」

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