第15話 やっと見つかったと思います


 透き通った紅色が美しい鉱石玉。

 それはまるでピジョンルビーのような高貴な輝きを放っており、中には小さな幼蛇が渦巻き状に封印されていた。


「よかった、成功してる……?」


「綺麗な深赤色……これが「神蛇首様ベルナシア」の神宝玉なの?」


「く、クリシェ……お、お、お主この宝玉に何をした!? わ、我が知る宝玉は白色なはずだし、魂力が充填されているのはなぜなのだぁぁ!!?」


「これが僕のスキル【熟成】です。一定期間『サック』に入れ放置したアイテムは自動的に熟成成長を遂げる……まぁ失敗も多々ありますが」


 ノアさんは驚愕を体いっぱいで表現すると、そのまま宝玉を食い入るように眺めだす。


「ふむふむ……なんと! 貴様も何故こうなったか分かっていないのかぁ!」


「――? 誰に話しているんですか……?」


「決まっておろう、この中に存在する『神蛇首様ベルナシア』本体だ。我はこの森全ての生物とこうして脳内でコミュニケーションを取る事が出来るのだ! すごいであろうー?」


 腰に手を当てながら豊満な胸を張るノアさん。

 その魅惑的な姿に反射的に目線を外した僕はたまらず下を向く。


「お、おおい! こ、こないだからちょいちょい我を無視するなぁ! 恥ずかしいではないかぁ!!」


 いや今のはこないだの意図的な無視ではないのですが……。


「っふふ! ノア、あなたそうやって慌てているとすごい可愛いわねっ」


「――っっ!! に、人間如きが我を可愛いなどと言うでないぃ!」 


 感情が昂ったからだろうか、気がつくとノアさんの頭には白い犬耳がピコピコと左右に揺れていた。


以前、無視し続けた僕に対してひたすら謝ってくる姿勢や今みたいにイジられてあたふたする姿。


これこそがノアさんの本性なんだろうなぁ。


後継者としての威厳を見せるための口調や態度を硬派にしている臆病な乙女って感じ……?


「とにかく、これで輪廻転生は行えるんでしょうか?」


「あ、ああ……だが我が知る『神蛇首様ベルナシア』の宝玉ではない故どうなるかは召喚してみないことには分からん。奴自身も己の変化に動揺していたしな」


「でもスカイさんの願いを叶えるためにはやるしかありません」


「クリシェ君……」


「ふっふっふっ。いい返事だ」


 白髪の美少女は宝玉を掴むと数歩後ろに下がり目を瞑った。


『剰に轟く厄災の神よ。森羅を護りし安寧の神よ。輪廻の渦潮に堕ちし盟主の蛇よ……此処に再び還来せよ!』


 暗黒だった森に突如、全てを照らす眩くも温かい閃光が駆け巡った。


「――な!」

「キャ!!」


 思わず目を隠した僕達。


 そして眩い光が数秒の輝きを放った後、目を開けるとそこには――


「――え? ちっちゃい……」

「か、可愛い……」



 キューキュー。



 僕の命を奪おうと突進してきたはずの巨大蛇。

 しかし目の前に召喚されたのは真紅の表皮に身を包み、手のひらサイズとなった蛇の赤ちゃん。


「何を驚く? 輪廻転生なのだから赤子から生命が始まるに決まっておろうが。まぁ何事なく召喚できてよかったではないか」


 まぁたしかに転生経験者からすれば納得の意見。


「こ、こんな赤ちゃんにオトリナ草を見つけられるの……?」


 キュー! キュキュ!


「ふむふむ。『人間の雌は黙ってろ、俺はこの森でコソコソと密猟や密採集を犯す人間を殺すだけだ』と申しておる」


「なんですって!? このチビ蛇のくせにぃ!」


 こ、怖い……さすがはこの森の御神蛇と言ったところだろうか。


 キュキュ! キュー!


「なになに?『最近は輪廻祖草りんねそうの数が激減しているのも奴らのせいだ。この俺でも見つける事が至難なほどに乱獲が起きている』だとも申しておる」


「乱獲……コルヴァニシュの人間でしょうか?」


「おそらく。我がここまで出向いておるのも、最近現れる乱獲者の排除が目的だったのだ。だからこそ密猟対象である角ウサギを助けたクリシェに興味が湧いたのかもしれんな」


「クリシェ君……まーた何か助けたの……?」 


「あはは……たまたま熟成した薬草があったので……」


 キュー! キュー!


「クリシェ。だが此奴を倒したお主の命令ならばすぐに探し出してやると言っておるぞー?」


「はぁ……それでは探してもらえるように頼んでください」


 キュッ! キュキュキュッッー!!


 真紅の幼蛇は僕の言葉を理解しているのか、そのまま小さな体を畝らせながら暗い森へと去っていった。


「しかしあの人間嫌いな『神蛇首様ベルナシア』が人間なんぞの願いを聞くなどあるのだなー。それほどにお主が腰に携える妖刀が怖いのだろうか」


「さっきから妖刀妖刀ってなんの事?」


「あ、それは僕の武具のことです。うっかり【カシ木の棒】を熟成したまま放置していたら出来ちゃってて……」


 黒鞘から抜き出され、桜色に淡く光り輝く刀身。

 それを眺める二人からは感嘆の息が漏れる。


「こ、これ分かんないけど凄い高級アイテムなんじゃない……!? こんなオーラ学校や戦闘演習でも見たことないわ……」


「はい。い、一応ですが……SSRランクアイテムらしいので……」


「え、え、SSRランク!? なんでそんなもの――」



「――! ……クリシェ。お主の力見せてやれ」

「へ?」


 ふと目線を上げる。

 すると巨大な鍵爪を持つ怪鳥が翼を大きく羽ばたかせながら、猛スピードで突っ込んでくる。


「わわぁっ!」


 咄嗟に剣を上段に持ち替えた僕は思いきり地面に向かって振り下ろした。


 怪鳥まで距離は約20メートル。

 しかし、斬撃により圧縮射出された空気は突撃飛行してくる怪鳥の鮮血を撒き散らしながら切り捨てた。



「――ふぅ、びっくりしました……。それとノアさんすみません。仲間である魔獣を倒してしまって……」


「よいのだよいのだ。彼奴もお主らを殺しに突撃してきた。己の死も覚悟しておったであろう」


「――いやいや……SSRランクアイテムの武具なんか聞いた事ないわよ!? クリシェ君あなた本当に何者なの!?」


 ベレー帽がずり落ちたことなど気に求めていないスカイさんは動揺と驚きの目でこちらを見つめる。


「長期間熟成してただけなんですが……そこそこ便利なスキルみたいです……」


「はぁ、そんなスキルを持ってたら人助けする余裕があるのも頷けるわねー」


「このスキルが……? 人の助けに……?」


 僕の?とした表情にまた?マークを浮かべるスカイさんだったが、少し首を傾げながら笑って答えた。


「ええ……! だって現に私はあなたのスキルで御神蛇を復活させてもらって、角ウサギも熟成した薬草で助けたんでしょ? ほら。あなたのスキルは皆を救って幸せにしているんじゃないかな……?」



 ――音君……困っている人が居れば何がなんでも助ける。これこそがカッコいい男の生き様ってものだよ――



ふと、あの日の園長先生の言葉を思い出す。


このスキルを使って人助け……。


「……スカイさん。ありがとうございます……! 母の死後、もやもやしていた今後の人生でしたが今の言葉ではっきりした気がします……!」


「そう……? クリシェ君にはお世話になってばっかりだけど少しはお返し出来たかな?」


 優しく微笑むスカイさんの笑顔につられて僕も笑みが溢れた。



「おーーい。我を置いてイチャイチャしておるところ悪いのだが『神蛇首様ベルナシア』が例の草を見つけたそうだぞー」


「お、オトリナ草が見つかったの!?」


「ああ……さっき申した密猟者の気配もするので急げと申しておる。それに見つけられた『輪廻祖草りんねそう』もこれだけだったともな」


「一個さえあれば十分よ! さぁ密猟者共に遅れないように急ぎましょう!」


 そうしてノアさんの案内でオトリナ草がある場所まで向かった。



 キュー! キュキュ


 上空を木々のカーテンに覆われた薄暗い森林。

 鬱蒼とした草木が生い茂る獣道をなんとか抜けると、そこには太陽の光がピンスポットのように差していた。


 陽日に輝く小さく紅い御神蛇。


「――こ、これが……『運命を司る薬草』……」


 赤い茎に紫紺の葉を数枚だけ蓄えた『オトリナ草』は御神蛇の傍で光り輝いていた。

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