第14話 謝りたいと思います


 適度なダメージ感が入った白狼毛のダウンジャケットに身を纏った白髪ボブ美少女の正体。

 それは以前の侵入で僕の命を救ってくれた恩人ノアさんだった。


 僕やスカイさんと歳は変わらないだろうが、一回り小さな身長とニョキッと飛び出る八重歯がイタズラ娘のそれを連想させる。


「ちょっ……言い方を考えてくださいよ! それにあの時はノアさんが無理矢理――」


「む、む、無理矢理!!!?」


「ああ……スカイさん少し話を聞いてください……!」


 純粋無垢なリアクションをなんとか抑えてもらった僕は、以前この森の侵入で起きた出来事を全て話した。


「――はぁ。あなたって人は……それでもしあなたが死んでいたら私は一生罪悪感と付き合っていかないといけないじゃないの!」


 ぱちん。


 額にもらったデコピンは痛みはなくむしろ愛情のみが伝わってきた。


「改めて名乗っておこう。我はこの森の守護者『冠女英雄シェールヒルデ』の娘にして次期後継者。ノア! 年齢は17を数えるアッサムの牙だ」


「私はスカイ・バラシア、そしてこちらはクリシェさん。この度はここにいるお人好しさんがご迷惑をかけたわね」


 お母さん視点のような謝罪と共に頭を下げるスカイさん。

 それにつられるように僕も謝意を伝える。


「な、な、な! こ、コルヴァニシュの人間がアッサムの者に頭を下げるなど……!」 


 想像以上のびっくりリアクションを見せたノアさんだったが、しばらくして鋭く尖った八重歯を見せながら大きく笑った。


「あはは! お主ら面白いなぁ! なんでこの森に来たかは知らんが我になんでも聞くがよいぞー!」


 願ってもない申し出にスカイさんはすかさず『運命草』について尋ねる。


「――で、ではオトリナ草という草の生息地、または見つけるコツなど知ってたら教えてくれないかしら?」


「お、と、り、な……?」


「運命を司るとされたオトリナス神から派生した逸話が多く残る薬草で、オトリナの他には運命草などとも呼ばれている希少な薬草なの。いろいろな事情があってその薬草の採取にやって来たってわけよ」


「――ふむ……」


「あとこの森について調べた結果、黄黒の御体に神宝玉を抱えんだ『神蛇首様ベルナシア』と呼ばれる御神蛇がそのオトリナ草を守護しているとも書いてあったわ。オトリナス神の逸話もその光景を描写したんじゃないかって……」


 しばらく頭を傾けたノアさんは突然なにか思い出した。


「そうか。おそらくスカイが言っておるのは『輪廻祖草りんねそう』の事であろう! それならばいい探し方があったのだぁ!」


「え! ほ、本当にそんな方法があるの!?」


 鬱蒼と暗い森に輝くのは見開いた琥珀色の瞳。


「うむ! 今スカイが申した通り、獰猛強靭な『神蛇首様ベルナシア』を探し出すことさえ出来れば『輪廻祖草りんねそう』を見つける事が出来たのだ。アッサムの者ならば皆々が知っておるぞ」


「――? ちょ、ちょっと待ってください……? 『出来た』とは一体どういう事でしょうか……?」


 咄嗟の違和感を抱いた僕は先ほどの文末に付いた語意について質問する。


「ああ。つい先日その目印である『神蛇首様ベルナシア』が消滅したのだ。次回の輪廻転生まで待つしかない」


『――!!』


 御神蛇が消滅した……?


「な、なんで!? 『神蛇首様ベルナシア』が消滅したってどうゆう事!?」


 ズレた丸メガネの位置を直しながらスカイさんはノアさんに問い詰める


「んー。消滅したというよりは『何者かに消滅させられた』という表現が正しいのだが……」


「!! い、いったい誰がそんな不敬な事を……罰当たりにも程があるわ……!」


「そうですよ……御神蛇に危害を加えるなんて酷すぎます」


 僕がそう言った途端、なぜかノアさんは込み上げる笑いを噴き出しながら手を叩く。


「お、お、お主ぃ! そ、そ……それをっ……ほんきで言って……っっははっ! 言っておるのかぁ!?」


「?? 当たり前ですよ。いくら輪廻転生するとはいえ御神蛇に危害を加えるなんて到底許される行為じゃないです……!」


 すると更に笑いのボリュームが上がっていくノアさんは遂に泥の地面をのたうち回るように笑い転げる。


「あははっ! もうっ……っひっ。やっ、やめてくれぇぇ!」


「な、何がそんなに面白いのよ! こっちは命懸けで探しに来ているのよ!?」


 僕もすかさず苛立ちだすスカイさんに乗っかる。


「そ、そうですよ! 御神蛇が消滅させられた事の何がそんなに面白いんですか!」


 僕達の思いが伝わったのか白狼娘の不敬な笑いは徐々に収まり、暗い森の中に静寂が戻った。


 そして、彼女は泥を落としながら呟いた。


「すまんすまん。しかし我がこうも笑うのも致し方あるまい」



「なぜならこの森の御神蛇である『神蛇首様ベルナシア』をその妖刀で木っ端微塵に切り刻んだのは何を隠そう……我らの目の前におるクリシェなのだからな……!」



『――え……?』


 僕達二人の同意異音はピッタリと合わさる。


 時折鳥の囀りが聞こえるだけの森の中。

 しかしこの時僕達は、確実に音の無い世界に迷いこんでいた。


 永遠に感じた6秒間。

 その間、僕の頭の中にはこないだの戦闘シーンが幾度となく再生されていた。


 黄黒の御体に……神宝玉を……抱え込む……蛇……?


 黒鞘に隠れたSSRランクアイテムを無心で眺める僕の脳内には、考えうる最悪の答えが駆け巡った。


「――あ、あ……あれって……御神蛇だったんですか……?」


「うむ! 無数の斬撃で瞬時に消滅させた時は我でも驚いたぞ! コルヴァニシュの精鋭部隊であっても成す術無く玉砕したというのにな!」


 笑い話のように話すノアさんとは対照的にスカイさんは青ざめた表情のまま動かない。

 まるで魂だけを吸い取られたかのように。


「す、す、す、すいませんでしたぁぁぁ!!! お、大きな蛇に襲われたましたがそれが『神蛇首様ベルナシア』だとは夢にも思わず……!」


 しかしスカイさんは動かない。


 憤慨するわけでも悲しむわけでもなくただ立ち尽くすのみ。



「まぁ待て待て愚かな人間共よ……。我は『次回の輪廻転生まで待つしかない』と言ったはず……以前クリシェが拾った宝玉さえあれば復活させることも可能だ」


「――!!! それはいつ!? どのくらいの時間で復活するの!?」


 一気に正気を取り戻したスカイさんは白髪の女の子の肩を乱暴に掴んで揺らす。

 あまりの必死さに呆気に取られたノアさんはオドオドと答えるしかない。


「そ、そ、そうだな……! 魂力の集合までの時間を考えると……約3日ほどであろう!」


「――それじゃ……間に合わない……」


 またも正気を失ったスカイさんは掴んだ肩をゆっくりと離す。



 宝玉……魂力の集合……?


 その時、僕はふと最後の望みを思いつく。



「――『サック』召喚!」


「――? なんなのだ?」


「クリシェ君……何を……?」


 突然亜空間へと連結された『サック』を召喚した僕を不思議そうに見つめる二人。


《熟成が完了したアイテムのみ終了しますか? 熟成が完了していないアイテムを途中で中断すれば成長途中の経験値は失われます》


「これが僕のスキル【熟成】……。そしてこの熟成結果に全てを賭けたいと思います」


 頼む……頼む……たのむ!


《輪廻蛇の欠魂玉クインテッド[A−]→輪廻香炎蛇の満玉クインシー[A +]にレベルアップしました》


《熟成中物品1/5 残り熟成可能枠4》


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