第13話 正々堂々侵入しようと思います


「また娘を怒らせてしまったよ……。そうだクリシェ君、ここで会ったのも何かの縁だ。情けない私の話を聞いてはくれないかい?」


「ええ……僕でよろしければ」


 僕たちは一本の白熱電灯に照らされた静かなベンチに腰掛ける。


「君はスカイから夢についてどこまで聞いているんだい?」


「それほど詳しくは。お父様が薬医になりたいという夢を否定しているという事は聞いていますが」


「否定か……。まぁいい、君はスカイが夢を語るにふさわしいと見込んだ友人だ、包み隠さず話すよ」


 アルコールの匂いを纏う男性はこけた頬を数回摩りながら目を閉じる。


「実はね……のだよ。むしろ薬学の道に興味を示してくれて喜んでさえいるんだ」


「――! だったら――」


「自分で言うのもなんだが、私は数年前まで腕利きの薬医だった。『東方戦争』終結までは妻や娘達と共に世界を放浪しながら薬を調合し生計を立てていた」


「だがある日妻の体を不治の病が襲った。散々薬医としての腕を自慢していた私だったが、蓋を開けてみれば痛み止めすらまともに調合できずに妻を看取ったんだよ」


「それは……お悔やみ申し上げます……」


 だからさっきスカイさんはあんなことを……。


「妻を看取った時、あまりにも無力な自分が情けなくそして醜く感じてしまってね……私は薬学の道を絶ったんだ……」


「そうだったんですね……」


「しかしスカイは憧れの薬医とやらに執着しているらしく、あの聖姫旅団エルランへの推薦を蹴ってまで薬医の道を志している」


「愛する娘が私のように無力感や後悔心に一生苛まれる可能性を排除したい。これは親として間違っているだろうか……? 薬医というのは常に『死』と隣り合わせの職業だとスカイ自身が理解しているのか怖いんだ……」


「――確かにおっしゃる事も分かります。しかしスカイさんの人生はスカイさん自身に掴ませてあげてはどうでしょうか?」


 するとラックさんは静かに頷きながら夜空を仰ぐ。


「だからこそ今回の約束にしたんだよ。小癪なまでにずる賢い私は、不意に咲く『運命草』に全てを委ねた。10日以内に見つけられなければそれだけの『運命』だ。反対に見つける事が出来ればスカイは薬学の神に愛されている証明になる」


 だからオトリナ草を課題に……。


「亡き妻から託されたあの子達には、私のように酒に溺れ自分を卑下し続けような人生を歩んで欲しくない……ただそれだけなんだよ……」


 その時、電灯の光を乱反射する一滴の涙が頬を伝った。


「――お、おやいけない……。さ、リリのやつが腹を空かせて風呂から出てくる時間だ。それじゃクリシェくん話を聞いてくれてありがとう。少し頭の整理がついたよ……」


 お酒のせいかはたまた弱った筋力のせいかは分からないが、ふらふらとした足取りで家へと帰っていく。



「――。もう出てきて良いですよ」


「――! な、なんで……ばれてた?」


「はい。曲がり角から綺麗な赤い髪が出ていたのですぐ気がつきました」


「――き……!? く、クリシェ君さ、そうゆう事を簡単に言ってはダメだと思うよ……!」


 ベレー帽を大袈裟に直しながらベンチに座るスカイさん。


「――で……?」


「??」


「お父さんと何を話してたの……?」


「どうせ全部聞いていたんでしょう?」


 図星を突かれるとはこのことだろう。

 背筋をピンと伸ばしたスカイさんは明後日の方向に首を曲げながら呟く。


「わ、私だってお父さんは好き……尊敬する薬医もお父さん……。でもそんな尊敬するお父さんに諦めろって言われたからついカッとなって酷い事を……」


 プイッとそっぽ向いていた彼女はこちらに向き返すと素直な心を吐き出した。


「――それじゃあ尚更『オトリナ草』を見つけてお父さんを驚かせないといけませんね」


 スカイさんは一瞬ポカンと口を開けたが、そのまま口角をにっこりと上げた。


「ふふっ……そうだね! 絶対見つけてお父さんみたいな薬医になってやる!」



 次の日から僕、リリそしてスカイさんの3人でオトリナ草を探す日々が始まった。

 王都周辺の林や河川敷、学校菜園まで全てを回り尽くした。


 しかし意気込んで捜索したはずの僕達だったが、オトリナ草どころか何の手がかりも掴めないまま6日間という時間が経過したのだった。


 陽の落ちかけた河川敷で僕達は最終日に向けて作戦会議を始める。


「どうしよう……明日の夜がタイムリミットなのに……」


 さすが運命神の名前をもじっただけの事はあるオトリナ草。一筋縄ではいかないと思っていたがここまでだとは……。


 あまり行きたくないが最後の望みはあそこしかない……。


「――『シダレの森』に行きませんか……? 実は先日潜入しましたが、手付かずの植物が大量に生息していました……」


「――! 『シダレの森』!? 危険区域に指定されてるあそこに忍び込んだの!? わ、私なんかのために!?」


「ええまぁ……。衛兵に見つかりそうになったので不十分な捜索になりましたが、あそこならば希望が持てるかと」


 スカイさんは驚きと呆れの混じった表情で肩を落とす。


「はぁ……良い人なのは分かるけどなんでそんなに無茶しちゃうのよぉ……。でも分かった、確かにあの森なら可能性は十分あると思う」


「――リリもいく!」


「だーめ。リリが嫌いな蛇さんもいるんだよー? 明日はお兄ちゃんとお姉ちゃんだけで行くからお留守番をお願いね」


「ではスカイさん。明日の朝9時『シダレの森』前に集合しましょう」 


 ぷっくりと頬を膨らませたリリはスカイさんに抱き抱えられながら帰っていった。




 次の日の朝。


 腰に最強の愛刀をぶら下げた僕はスカイさんの姿を探していた。

 

「遅刻かな……それとも道が分からなかった……?」


 すると前方から走りながら手を振るスカイさんの姿が。


「ごめんごめん! 今朝になってリリが駄々こねちゃって……!」


「あの子なりにスカイさんの力になりたいんでしょうね……では行きましょう」


 そうして以前作った穴へ向かおうと踏み出す。


「あ、待って正門から入りましょう!」


「――え……?」


 スカイさんは僕の腕を引っ張っるとそのまま歩き出し、あろうことか正門の前に茂みで足を止めた。


「ま、まずいですって……! 門番に殺されますよ!?」


「いいから私のスキルを信じてついてきて……絶対声出さないでね」


「――【感覚誤認ジャミング】……」


 詠唱後、堂々と茂みから歩いていく彼女に嫌々ながらついていく。


 正門の前に立つのは大きな斧武具を持った二人の常駐門番。


 だが僕達は一歩一歩と門へ近づく。


「めっちゃこっち見てますよ……」

「しっ!! 黙っててって言ったでしょ……?」


そして遂に二人の門番の前に到着した。




「門を開けーー!」



「さ、どうぞお入りください。殿


 スカイさんは額の前で敬礼すると何食わぬ顔で森へと入っていく。

 理解が追いつかない僕はただ引かれる手に従って森へ進んだ。



「ふぅー侵入成功ね! もう声出していいわよ」


「な、なんですか今の!? 死ぬかと思いましたよ……」


「あれは私の【感覚誤認ジャミング】スキルの一つである視覚操作。一定時間、指定人物の視界を操る事が出来るの」


 さすが諜報組織にスカウトされるだけあって便利なスキルだなぁ。


 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。



「来たな人間! 遂に『解放の罪人エル・ヴァーサス』の自覚が芽生え、我に会いにきたのかぁ!?」


 突如大声を発しながら木の上から落ちてきた白髪の美少女。


 そしてこの言葉遣いと声に聞き覚えがある……。


「だ、誰だっけ……?」


「こ、このノア様を忘れたとは言わさんぞ人間! い、以前お主にであろう!?」



「………………っぇぇぇえええええええ!!? ま、またがったぁぁ!!? く、く、クリシェ君の変態!!」


 

 い、いや言い方……。

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