第28話 オッドアイだと思います


「あ、あとこの手の甲に刻印されてるチンケな呪いはに解いてもらうといいよ〜。アイツらは捕まったけどいつまでも居る場所が知られるなんて気持ち悪いでしょうしね〜」


「――隣街?」


「そー。欲望渦巻くギャンブル街、賭けに生き賭けに死にゆく賭博都市『エンスラエル』って街ね〜」



『エンスラエル』は王国が認める公認賭博都市。


 ラスベガスのように煌びやかで豪華絢爛なギャンブル場が所狭しと立ち並び、欲と金が飛び交う夜の街には他の国からも観光として訪れる人が多く存在する……らしい(本でしか見たことない)


 毎年、数十億ヴァリアを納税するこの都市は王国にとっても最重要観光都市でもあり『レミファント』と呼ばれる首長はコルヴァニシュ国王の次に発言権が強いとも言われているほど。


「ま、今日は遅いしもう寝な。それにあんたの怪我はまだ治んないから一先ずこの部屋を貸してやるわー。あ、金は取るから」


「は、はい……」



 そして僕達は腹部の怪我がある程度治るまでするまでの間、ここローザ村に滞在することにした。


 馬車のおじさんの怪我を考慮し、これから先は徒歩で移動することにした僕達は旅に必要な物を買い足さなければならなかったので、まずは熟成屋としてお金を貯めるところから始めた。



 しかし、待っていた現実はそうそう甘い物じゃなかった……。


 昼下がりの村役場前。


 ちらほらと人が行き交う村のメインストリートに露店を構えた僕たちはちんまりと座っていた。


「くりしぇ。おきゃく。こない」


「――そうだね……」


『あなたの持っているアイテム育てます! 完全成功報酬制! もし失敗すれば全額返金で安心!』


 インターネットの海でよく見かけたいかがわしい文章のようになってしまったこの看板が悪いのか……。


「ごめんねアリー。こないだの約束はもう少し待っててね」


「うん。でも。このぱんも。おいしい」


 朝昼を兼用したコッペパンが一つ。


 それを大事そうにモグモグしている姿を見ていると、労働への意欲が不思議と湧いてきた。


 だがその意欲をぶつける客が来ないことには始まらない……。


「――はぁ……どうしようか」


「なかなか面白い商売ですね……。人や魔獣を育てるというのは耳にした事がありますが、『アイテムを育てる』とはどういう事ですか?」


 意欲と落胆の狭間を彷徨いながら座っていると、一人の男性騎士が話しかけてきた。


 ――し、しまったコルヴァニシュの衛兵……!? 

 でも話し方的に気がついていない気もする……ここは怪しまれないように……。


「――は、はい。看板の通り、お客さまの持つアイテムを数日程度預かることでそのアイテムをレベルアップさせるサービスです。もしレベルが上がらなかったり、失敗した場合は全額こちらが負担させていただきます」


 Aランクは下らない強々しいフルメタルの甲冑、そして腰に差した真紅のレイピアがメタリックな鎧に淡く反射している。


 しかし、歴戦の覇者のような装いとは裏腹に20歳前後であろう男性の顔立ちは爽やかそのものだった。


 オッドアイ……だろうか? 緑と紫に彩られた眼と、スッと通った鼻筋に伸びたボディーフォルムはまるでアイドルのようだ。



「へー面白いですね! それではこれを明後日の朝までにお願いできますか? それ以降はちょっと野暮用があって取りに来られないのですが……」


 すると爽やか好青年は、金と銀をあしらったアンティークな懐中時計を取り出すとこちらへ差し出してくる。


「そ、それとお恥ずかしいことに現在手持ちがあまり無くてですね……失敗の担保となる現金が3000ヴァリア程しかございません……。ですのでその程度のアイテムしか受け付けられません……」


 ぱっと見た感じB+以上の高ランクアイテム。


 生き物でない分失敗のリスクは少ないが、もし失敗でもすれば借金道まっしぐら。

 最悪投獄もありえる……


 アリーを引き取った以上、危険な橋は極力避けたい。


「いいんです。新しい物に買い替えたいと思っていたのですが、元々の貧乏性からか中々踏ん切りがつかない状態だったのです! 成功すればそれを使い、失敗しても新しい物を買い替える後押しになりますから」


 貧乏性って……この歳でこんな大層な装備を着けている時点で貧乏では無いだろうに。


 でもまぁ僕としては願っても無い初依頼、失敗のリスクが確定した以上引き受けない手は無い。


「わ、分かりました……お預かりいたします。それでは担保としての3000ヴァリアです。お時間はいかがいたしましょう?」


 銀の下地に金で王国神紋章をあしらった懐中時計と僅か3枚のペラペラなヴァリア紙幣を交換する事に多少気後れする。


「そうですねー。たしかここを発つ時間は明後日の9時ごろだったので、それまでにはお伺いしますね」


「かしこまりました。ではその時間にお待ちしております」


「まいど。おきゃく。またね」


「こ、こらアリー! お客様になんて口の聞き方を……!」


「あはは! いいんですよ。どんな客だって対等な人間……客が神なんて偉ぶるのはゲスの極みです」


「そう……人間社会は平等であるべきなんです」


 その時、青年の目に少し力が入った気がした。


「ではこれで失礼します」


 青年はニコッと微笑み、颯爽とその場から立ち去っていった。


「やったね。くりしぇ。おめでと」


「うん……! とりあえずは熟成屋初のお客さんだ」



 それから一人の客も無いまま日が暮れた僕達がミシェエラさんの診療所に帰ると、手のひらを上にした先生が近づいてくる。


「お仕事どうだった〜? 初出勤ってのも考慮してあげて今日の宿代は特別に2000ヴァリアでいいよ〜?」


「そ、それがですね……僕の仕事は成果が遅れてやってくるといいますか……受注から報酬までタイムラグが有ると言いますか……」


 呆れた様子のミシェエラ先生はタバコを指で挟み僕の左腰を指す。


「だったらそいつを売っておいで〜1億は下らないんだろ〜?」


「こ、これは……売れません……絶対に……」


「はぁわがままだね〜。アリーちゃんも大変な奴に拾われたねぇ〜」


「ううん。くりしぇと。みせばん。たのしい」


 アリーの素朴な言葉にフッと笑う先生。


「そーかい……んじゃアーシは夜の診察あるからまたねー」




 病室に戻るとアリーはそのままベッドにダイブし、数秒後には薄い寝息が聞こえてきた。


「すごいな……これは一種の才能だ……」


 カーテンで仕切られた窓側のベッドに寝転がる僕は、あの青年から託された懐中時計を眺めながら物思いに耽る。


「――王国神紋章付きの懐中時計……お父様も似たような物を付与されていたっけ……。絶対高ランクアイテムだよな……熟成が間に合うか心配になってきたなぁ」


 しかし月に輝く懐中時計を眺めていると、何者かに嵌められたお父様の事を思い出してくる。


 そしてご丁寧にあしらわれた王国神紋章は徐々に僕をイラつかせる。


 あのお父様が収賄などやるはず無いのに……。


「――『サック』召喚……! 熟成登録開始」


 行き場のない微量な怒りからか、僕はいつもより乱暴にアイテムを亜空間へと投げ入れる。


《アイテム登録完了 直ちに熟成を始めます》


【登録アイテム】

 ・金銀の聖針時計   [A+]


《熟成中物品2/5 残り熟成可能枠3》



「――マジですか……」



 閑古鳥が鳴きすぎた翌日は、一つの依頼もないままに過ぎ去っていった。



 そして約束の朝を迎えた僕達は、時間通り露店の場所へと向かう。


「――なんかざわざわした声が聞こえるな……お祭りでもやるのかな?」


「まつり。いきたい。たのしそう」


 そう言いながら村役場への道を曲がった瞬間。

 

 目の前の光景に僕の体温は2度下がった。

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