第29話 正義心の塊だと思います

 村役場の前には大勢のコルヴァニシュ衛兵聖団と思しき兵隊の姿があったのだ。


 視界に映った光景に僕は反射的に建物の影へと隠れた。


「あれ。なに。おまつり?」


「――あれはコルヴァニシュの衛兵聖団だよ……僕もアリーも見つかったらおしまいだ……」


 なんでこんな小さな村にあんな大勢の衛兵が居る……。ざっと見る感じ300人は居るぞ……!?


 こないだの襲撃事件について嗅ぎつけたのか……?


 いや、それだけであんな聖旅団レベルが動くはずも無い。


「――どーする……逃げる……? いやそれではあの人のアイテムを盗むことになってしまう……あんな高価なアイテムを3000ヴァリアで貰うなんて出来ない……」


 僕は陰からこっそりと衛兵の動きを確認しながら、小さな独り言をぼやく。


「――素晴らしい『』です……やはりあなたはあの名将の子だ……」


「――!?」


 背後から聞こえる優しい小声。


 咄嗟に反応した僕は天桜流刀てんおうるとうに手を掛ける。


「おや少し驚かせてしまいましたかね……黒髪のお嬢さん……」


「――あ、あなたは……」


 振り返るとフルメタル素材の鎧に身を包んだ青年の首元に突き立てられた枯れ木と、その枝と持つアリーの姿があった。


「おきゃく。くりしぇに。なにする」


「無駄の無い良い動きですね。もし彼女が武具を持っていようものなら、今頃僕の大動脈は切断されていたでしょう。彼を守るために敢えて僕の懐に潜り込んでくるとは……!」


 ニンマリと笑いながらアリーの暗殺術を解説する爽やか男。


「アリー。まずは枝を離して」


 僕の指示を聞いたアリーは渋々ながら男の首元から枝を離す。


「い、いやぁー驚きました。僕はあなた方を拘束するつもりなどさらさらありません。むしろあなた方とお話ししたいと思っているほどです」


「その口振りだと……僕達の事を知っているように聞こえますが……?」


「私が知っているのはコルラン大将殿の息子で有るあなただけ。この黒髪のお嬢さんは残念ながら情報にありません」


 すると、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子の衛兵が建物の角を曲がってきた。


 やばい顔を見られる……! と思い顔を下げた瞬間。


 ご機嫌だった一般衛兵は慌ててその場に膝まずいた。


「こ、これは失礼致しました!! ここに居られたのですね……『殿』! だ、団員は補給を終えたのでいつでも『エルスラエル』へ出発できます!」


 旅団準長……!?


 王国に七つしかない最高戦力である『聖旅団』のNo.2がこんな若い青年……!?


「や、やめてくださいよぉー。ぼ、僕みたいな新人にブッカーさんのようなベテランが頭を下げるなんておかしいですってぇー」


「な、なぜ私のような雑兵の名前など……?」


 齢40は超えるであろう熟練兵は懐疑の目でカインズと呼ばれる男を見上げる。


「そりゃあ覚えていますよ! 仮にも第一旅団を任せられている身ですからね。あ、それと先日はお子様のご誕生おめでとうございます!」


「れ、歴代最強と謳われる剣術師であるカインズ様に……そんなことまで覚えていただいているなんて……」


「当然です。では牛獣車をこちらに回しておいていただけますか?」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 中年の部下はカインズの指示を聞くとそのまま村役場の方へ走り去って行った。


「我々はこれからエルスラエルへ参ります。クリシェ様達もよろしければ私の牛獣車に乗っていかれませんか? クリシェ様は何かと狙われる身であると思いますし、私の側に居れば怪しまれることも無いでしょう。それと熟成の結果もそこで伺えますし」


「――そ、それは……」


 たしかにこのままいつ現れるか分からない衛兵団にビクビクするのもなぁ……。

 でもこの人が100%の善人である保証はない。

 それにさっき聞こえた『』っいうのが引っかかる……。


「第一聖旅団準団長のあなたがこんな事をして良いのですか? たしかあそこの旅団長は王権継承権順位1位であらせられるバルバロイ様だったはず。私を狙う張本人だと記憶しておりますが?」


「そうですね。それも含めて車内で話せればと思います……第一聖旅団は少し特殊な権限体系になっているんです。それに本当にアナタを捕まえるならさっき背後を取った時に捕らえていますよ……」


「くりしぇ。どうする?」


 まぁたしかにこの人の言う通りあそこで僕を捕らえないメリットは無い……か。


「分かりました。僕達もエルスラエルに行く予定でしたので同行させていただきます」


 すると隠れている建物の直ぐ側に真っ赤な魔牛車が到着した。


 大きく円を描くように湾曲した立派な牛角に筋肉隆々のどデカい体を持つ魔獣の登場に思わず息を呑む。


「くりしぇくりしぇ。うしさん。でかい。かっこいい」


 平坦なイントネーションだが、この子なりに興奮しているのが伝わってきた。


 魔牛に連結された金箔の箱車に乗り込んだカインズはすぐさま窓にかかるカーテンを締切り、僕達に早く乗れと促す。


「あれー……どこだっけ…。ゴンフィール砂漠で使ったはずだけど……」


 僕達を乗せた後すぐに出発した魔牛車。

 そして座席の下の荷物箱から何かを探しているカインズ。


「あ、あった。二人ともこれを差し上げます。これで衛兵幹部の一員であると認識してもらえると思います」


 手渡されたのは王国紋章が丁寧に縫い付けられた防塵マフラー。


 口、鼻、耳に至るまで全て覆い隠せる上に衛兵幹部証が付いたこのアイテムは非常に助かる。


「ありがとうございます。アリー着け方分かる?」


 ブンブンと横に首を振るアリーに一からマフラーの付け方を教える。


「くりしぇ。これ。ぷれぜんと?」


「そう。カインズ様が下さった僕達へのプレゼントだよ」


「かいんず。アリー。だいじなひと?」


 一瞬何のことを言っているのか理解できない様子だったカインズだが、持ち前の爽やかスマイルで答える。


「そうですね。アリーさんと僕は今日から大事な友達です」


 二人目の友達が出来たことに笑みを隠せないアリーだったが、僕はここから本題に入る。


「カインズ様。まずは以前お願いされていた懐中時計ですが……」


 僕はポケットにしまった例の懐中時計を取り出す。


「結果から言うとレベル維持でした。一部装飾が変わった部分はありましたが、いかんせん高ランクアイテムでしたのでレベルアップまで熟成できませんでした。申し訳ございません」


「いや…………あの王国神紋章が消されている代わりに運命神オトリナスの姿が刻印されていますね……」


 なぜか微笑んだカインズの色違いの瞳には何か違うものが見えているようだった。


「これは報酬の30000ヴァリアです」


「い、いただけませんこんな大金!! 現に時計はレベルアップしていないのですから……」


「いえ。これはほんの気持ちと我らが旅団長の暴挙に対するお詫びです……。それにエルスラエルでは30000ヴァリアなど一瞬で吹き飛びますしねっ!」


「――で、ではご厚意に甘えて……」


 日本人たるもの、もう1ラリーは遠慮の心を見せるべきだったのだろうが、ここ2日間ロクに食事を取っていない僕は、情けないことにそのままお金を受け取ってしまった。


「それと……僕はアナタの逮捕に反対しているのです。いくらバルバロイ様の命令とは言え、己の正義心に叛く命令は受け付けない。これは第一聖旅団で私のみに与えられた命令放棄の権利です」


 さっきの部下への対応といい、僕達へのリスペクトや心遣いはこの燃え盛る正義心から来ているのか……。


「そんなにも正義心を持つアナタが今回はなんでまたエルスラエルへ?」


 すると、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって神妙な面持ちでこちらを見てくる。


「作戦内容は教えられません……ですが私が尊敬したコルラン殿の息子で有るアナタには知っていて欲しい事がある」


「――? なんでしょう」


「コルラン様死後のアナタ……そしてアリーさん。君にも当てはまると思うのですが……おそらくは社会的弱者として歪んだ世間に虐げられてきたタイプの人間でしょう」


 緑と紫に光る瞳には悲しみと哀れさが溢れていた。


「そして僕は今回の王権争いの末に待つ世界に一抹の希望を描いているのです……多少の犠牲は出るものの、誰もが虐げられる事無く安心して人生を送れる世の中を作れるかもしれないと……」


「その手始めが今回の目的地『エルスラエル』だった。僕は己の正義に従って命令を実行するまでです」


 そして、カインズは箱車のカーテンを開ける。

 

 窓に映る景色には煌びやかな建物が乱立する賭博都市がその姿を現していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る