第30話 賭博都市らしいと思います
小高い丘に三方向を囲まれた窪地を王都と同じく高さ20メートルほどの外壁が覆う都市街『エルスラエル』に入った僕達。
人口はせいぜい1万人とされているが、そのほとんどが公営カジノや酒場、国立ホテルの従業員であり、街ゆく煌びやかな格好の人間はほとんどが外部からの観光客だ。
「――すごい街ですね……なんだか圧倒されます……」
王都の街並みと言えば中世西洋式の煉瓦造りの家々や商店が石畳の街路にならって綺麗に立ち並んでいるイメージ。
一方でこの街はどうだ。
黄、赤、青など色取り取りに組み合わさった石畳が延々と続くメインロードには馬鹿げた建物が所狭しと立ち並んでいた。
バニー姿の女性を模写した大きな看板を誇らしげに構えるカジノや大理石のみで建築された完全会員制のカジノ。その側道には誰の吐瀉物かも分からない塊が散乱している始末。
まさに王都が『朝に起き夜に鎮まる』といった古来からの哺乳類らしく太陽に従った生活を送っているのに対し、この街は全く逆のリズムで日々を刻んでいるようだ。
「クリシェさん達はこの後どうなさるのですか?」
「僕達はとある人物を探しに行きたいと思っています」
「そうですか。あ……それと面倒事に巻き込まれたくなければ、くれぐれも『レミファント』殿の一派には近づかない事をオススメします」
この街を牛耳る最高権力者レミファント……まぁ僕達には関係のない話だろう。
「それでは私たちはこのまま丘に設置されている師団拠点まで進みます。あそこは機密性が高い場所ゆえ、申し訳ありませんがお二人とはここでお別れです」
「ありがとうございます。では僕達はここで」
「かいんず。ぷれぜんと。ありがと。また。あおう」
「――はい。あ、それとローザ村の診療医の方には僕から無事を知らせる手紙を出しておきますね。代金は僕が立て替えておきます」
「――な、何から何まで……本当にすみません……」
情けない薄れ声でペコペコと頭を下げる。
そして、扉を開けた僕達はさっきもらった防塵マフラーを目元ギリギリまで引き上げると、足早に建物の陰へと走った。
「――よし。なんとか怪しまれずに侵入出来た……」
治安が決して良いとは言えない見知らぬ土地、おそらく自分の身は自分で守らねばならない……。
「――『
《指定のアイテム【錆びた果物ナイフ】の熟成を終了しますか? 成長途中の経験値は失われます》
《錆びた果物ナイフ [D +]→アイアンダガー[C−]にレベルアップしました》
《熟成中物品0/5 残り熟成可能枠5》
「よし……はい、これ……」
アリーの小さな手に差し出す銀色のナイフ。
「いいの? アリー。わるいこ。だったのに」
「うん。この街は何があるか分からないしね……でもあくまでこの武具はアリーの命や困っている人を守るために使うんだよ……?」
「――わかった。アリー。いいこ。なる」
しかしこの広いエルスラエルから一人の占い師を見つけ出すなんて出来るのか……。
まず名前を聞いていなかったのが痛すぎる……。
「くりしぇ。おなか。すいた。あそこ。」
僕のシャツをツンツンと指で引っ張るアリーが指差す先には、使い終わった酒樽をテーブル替わりに使用している大衆酒場が見えた。
「そうだね。一応報酬もいただいたし情報集めるためにも行ってみようか」
四人掛けのテーブルが2つある薄暗い店の奥にはカウンターがあり、さらにその奥には様々な酒瓶が美しく並べられている。
そして驚く事に昼前だというのに店内は飲んだくれのおじさんで溢れていた。
『くっっっそ!! なんで昨日俺はあそこでベットしちまったんだーー!! あそこで降りてりゃ20万ヴァリア勝ってたのに!!』
『そんなんでいちいち騒ぐなよ〜。俺なんか昨日ルーレットで96万ヴァリア負けたんだぜ〜?』
聞こえてくる昨晩の戦果発表会はどれも僕みたいな庶民とはかけ離れた価値観で行われていた。
「おさけ。くさい。それに。うるさい」
なんとか店内の奥までたどり着いた僕達は、2席だけ空いていたカウンター席に腰を下ろす。
「すみません。お水2つと……」
その時、ミシェエラさんから授かったお願いを思い出す。
「アリー。好きなもの頼んでいいよ。お腹いっぱいお食べ」
その瞬間、素直に輝きを宿す黒い瞳。
「いいの……?」
「うん。ちょっとずるいけどせっかく貰ったお金だもん。それにアリーがお腹いっぱいになるところを僕も見たいしね」
僕はカウンターに置かれたメニュー表を開くとまず、その値段設定に目を丸くしてしまった。
さすが国内外から富裕層が観光に訪れる街だ……水いっぱいで500ヴァリアも取るなんて……。でもさすがにいまさら……。
アリーはそんな狼狽える僕の方を見てぼーっとしている。
「どうしたの? 好きなもの頼んでいいよ?」
「ううん。アリー。こっちの。文字。よめない」
「そ、そっか……だったらこの店のおすすめでも頼もうか」
僕はカウンターに立つマスターを呼び止め、店のオススメを注文する。
そして運ばれてきたのは海鮮たっぷり熱々グラタンとパンのセットメニュー。
熱々のグラタン皿から立ち上る海鮮と焦げたチーズのいい香りにアリーは夢ではないかと何度も僕に尋ねてきた。
「くりしぇくりしぇ……! アリー。もうたべていい……?」
「いいよ。熱いから気をつけてね」
味気ないパンから解放されたアリーは貪るようにグラタンを平らげると、満面の笑みで言った。
「おいしい……! ごはん。たべれるの。しあわせ」
何気ない言葉だが今までロクな食事が与えられてこなかったこの子が言うと、その言葉の趣旨は大きく変わる。
「そっか……だったらまだまだおかわりしないとね……! じゃ僕はそこのテーブルで占い師のおじさんについて聞いてくるから。ここで待っててね」
「うん……! ありがと。くりしぇ」
そうして僕は席を立ち、賭博結果発表に花を咲かせる男性たちに話しかける。
「あ、あの……この街で有名な占い師の男性を探している者なのですが……何か知っていたりはしませんか……?」
酒の入った男性たちは突然会話に割り込む僕の事を怪訝そうに見つめてきた。
「あー? おめぇーこの街で情報が欲しいなら渡すもんがあんだろー?」
「そ―だぜ。ただで情報得ようなんて虫がいい話が通る街じゃねーんだよぉ!」
さすが賭博都市。
良心の呵責を覚えないのか? と問いただしたくなるほどに自分の欲望にストレートに向かっている。
「おい。このガキ……金になりそうなモン腰にぶら下げてやがるぜ……?」
「ああ。これと引き換えならいくらでも喋ってやんよぉ!」
ふむ。カインズさんには悪いが仕方ない。
僕が巻いていた防塵マフラーに刻印された紋章をわざとらしくチラつかせると、酔っ払っていたはずの男性達の顔から血の気が一気に引いて行く。
「――そ、それは……衛兵が持ってる……」
「さ、さっきのは冗談だぜ兄弟!! う、占いジジイだろ!? ろくすっぽ当たったことねぇが『占い師』を自称するジジイなら向かいのカジノで毎日ルーレットで大負けしてる……!」
衛兵効果に驚きつつもここは冷静な顔で見つめる。
「でも気をつけな……ギャンブル中のあいつはまさにイカれた狂犬だ……こないだだってベットにモタモタしてた客をいきなりぶん殴ったって話だ……」
「ああ。あいつはこの街でも一番嫌われてるイカれジジイだ……衛兵様であれ気をつけるこったな」
イカれた狂犬……!?
ミシェルバ先生……もっと他にいい人居なかったんですか……。
「ご協力ありがとうございます。これはほんの気持ちです……次の賭けの足しにでもしてください」
僕は情報提供のチップとしてテーブルに2000ヴァリア紙幣を置くと、颯爽とカウンターへ戻った。
「――よし。アリー食べ終わったら行こうか」
「うん。もう。たべおわった」
「毎度ありー。合計で……27000ヴァリアですー」
聞き間違いを信じた僕。
しかし、カウンターを見るとさっきまではなかった皿のタワーがそこにはあった。
「――まじ……ですか……」
震える手を必死に押さえながら会計を済ませた僕だったが、満足そうにお腹をさするアリーの表情を見ているとなんだか少しだけ救われた。
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