第31話 罪人だと思います


「みてみて。どらごん。ひかってる。はくりょく」


「うわ……凄いなこれ……一体いくらするんだろう……」


 金箔に装飾された魔炎竜『クルドラリオス』の巨大金像がシンメトリーに配置されたカジノのロビー。

 あんぐりと口を開ける僕達をよそ目に、最高級スーツで決めた富裕層達は意気揚々と赤い絨毯の上を歩き賭場へと向かっていく。


 気を引き締めて入場した賭場。


 しかし意外なことにそこは、管楽器団の演奏と淡い間接照明がなんともマッチしている大人な空間だった。


「な、なんか……思ってたよりカジノって落ち着いてるな……?


 カードのテーブルでは負けたはずの客と親のディーラーが和やかに話していたり、葡萄酒のグラス片手にカードの行方を目で追う紳士など、僕が想定していたようなカオスな空間とはまるでかけ離れていた。


「僕達も行こうか。とりあえずルーレットを探したいけど……」


 着飾ったおじさん達の後に続いて歩みを進めようとしたその時、黒尽くめの警備員が行手を阻む。


「おっと……ここから先は会員様専用エリアです。申し訳ありませんが、お客様はあちらでお楽しみください……」


 警備員が指差す先に見えるのはロビーの奥に存在する謎の階段。


「あれは……?」


「当店は地下にも遊戯場を設けておりまして、会員様以外のお客様にはそちらでのご遊戯を推奨しております」


 推奨と言えばこちらに選ぶ権利があるように思えるが、これははっきりとした客の選別だな……。


「分かりました。アリー行こう。そこに『占い師』さんが居るかもしれない」


 僕達は仕方なく警備員の誘導通りに地下へと続く階段を降りていく。



「すごい。ひと。いっぱい。おさけ。たばこ。くさい」


 長い長い階段を降りていった先に広がる光景は混沌そのものだった。


 タバコの煙が充満した暗く大きな空間には様々なギャンブルが行われているテーブルが点在し、その周りを酒瓶片手に他人のギャンブル結果に大盛り上がりするオーディエンス達が囲んでいる。


各テーブルに飛び交う罵声や歓喜の雄叫び、そして下着姿に剥かれた無一文が啜り泣く音がどこからともなく聞こえるこの空間は、ミシェエラ先生の言っていた通り『賭けに生き賭けに死にゆく』という言葉がピッタリだろう。


「こ、これは……予想を超えているなぁ……」


 しかし、そんな事は気にしていられない。


「ええと……ルーレットはー……あ、あそこだ」


 赤黒に分けられた1から36までの番号が書かれた巨大なルーレット。

 それを抱える長机とそこ座る1人の男性。


 周りのテーブルでは多くのオーディエンスがギャンブルの行方に盛り上がっている中、このテーブルだけはそんな喧騒から隔絶されたように人気が無い。


「べ、ベット……に、に、に2万ゔぁりあぁぁぁ……!! おい新入りぃ! てめぇ今度こそ黒に入れなかったら承知しねぇーぞぉぉぉ……!!」


 緑のテーブルマットに頭を押し付けながら『黒』をコールする男性。


 顔こそ見えないものの頭の頂上はすっかり禿げ落ち、その周りを申し訳程度に生えた白髪が覆っている。

 そして固く握られたヴァリア紙幣とダルんダルンに伸び切った庶民服からは悲壮感さえも感じる。


「はいはい『占い』でもなんでも使って今度は当ててくださいねー。まったく……あなたのせいで、このテーブルだけ客足が遠のいてるんですから……」


 ――占い……!


 あの二人組が言ってた通りやはりルーレットに居た……?


「はっ! 今度負けたら前みたいに暴れてやる……」


「だめです。今度こそ禁錮刑で連行されたいんですか?」


 男性の言葉を流したディーラーから投げ出された白い玉は、くるくると回りながらルーレットの側面をなぞっていく。


 僕を含めた皆が白い玉の行方に気を取られる中、アリーは突然テーブルに着いた。


「――おじさん。『あか』。いい。くろ。こない」


「――あぁ……!? ――!」


 顔を上げた初老男性の歯はもれなく抜け落ちており、赤く染まった頬からは彼が今日飲んだ酒の強さを表していた。


「……お、おめぇさん……」


 しかしアリーの顔を見た瞬間、男性の表情が何故か険しくなるのが分かった。


「さぁー『モーヴス』さん。変えますかー? あと3周で締め切りますよー?」


「――あ……? あ、ああ……じゃあ『赤』だ…… 」


 声を落とした男性はギャンブルへの興味ごとアリーの顔に乗り移ったかの如く、少女の横顔を凝視したまま動かない。


 そして、ルーレットの丸い側面を周り続ける白い玉は徐々に速度を落としていく。



 カランッ



 アリーの予言通り白い玉が入ったのは32番『赤』だった。


「お、おめでとうございます。色当てなので2万ヴァリアの倍額4万ヴァリアを差し上げます」


「ほら。アリー。ただしい。おじさん。まちがい」


「す、すごいよアリー! まさか本当に当てちゃうなんて……!」


 しかし見事ルーレットに勝利したはずの男性は、差し出された賞金になど一切目もくれずにアリーの顔を見つめている。


そして男性は、震えた小さな声で呟いた。


「――お、お前…………?」


 震えた声で尋ねる男性の顔には畏怖と恐怖が入り混じっており、赤らめていたはずの頬もいつの間にか正常に戻っていた。


「――アリー……? よくいみ。わかんない。でも。くりしぇと。いっしょ」


 コクっと首を傾げるアリーだったが、男性はそのまま凝視したまま動かない。


「い、いきなりどうされたんですか? アリーの顔に何か見覚えでも……?」


「ち、ちげー……と、取り敢えず外で話そうや……」


 先ほどの威勢など見る影もない男性は、賞金の4万ヴァリアを乱暴にポケットへと突っ込むと足早に階段へと歩いていく。


 そのままカジノを出た男性はメインストリートから少し外れた路地でやっと立ち止まる。


「ここらで良いか……」


「聞かせてくれ。おめぇらは何もんだ?」


「ぼ、僕達はこの街に呪い解除に長けた『占い師』の方がいると聞いてやってきた旅人です。実はこの子に掛けられた呪いを解いて欲しいのです」


「はっ! この街の占い師って言えば俺しかいねぇさ……どれ見せてみろ」


 男性は差し出されたアリーの右手甲に視線を移す。


「――これは初級の束縛呪縁だ、俺にかかれば一瞬で解いてやれる。まぁさっきの借りもあるからタダで治してやるさ」


 アリーの右手に重ねられる萎れた掌。


「我……呪の理を断つ者也。御女に宿し縁儒を払い給え」


 重ねた掌がぼんやりと黄色い光を放つと、アリーの手に刻まれた焼刻印から黒々とした液体が溶け出してくる。


「なにこれ。へんなの」


「これはおめぇーさんに掛けられた呪いに宿る『呪魂』だ。大したことねぇがコイツが体内にある限り呪いは半永久的に続くんだよ」


 そうしてアリーの手から完全に溶け出した『呪魂』はドロドロの液体となって側溝へと落ちていった。


「す、すごい……ありがとうございます! こんな簡単に呪いが解けるなんて思ってもみませんでした!」


 この広大な賭博都市で特定の占い師を早々に見つけ出し、呪いの解除に成功した。


 あまりにも出来すぎたシナリオ進行に驚く僕と、盗賊団の呪いから解放された自分の手を不思議そうに眺めるアリー。




「――でだ……嬢ちゃん……」



 神妙な面持ちでアリーの顔を眺める男性は、禿げ上がった頭をトントンと触りながら口を開いた。



「――おめぇさんよぉ。俺の未来透視スキル『先占の明暗せんこうのみつぎ』によればだが……このままだといつの日か『コルヴァニシュ』に……いや……」





「――



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