第27話 引き取ろうと思います


「――っぐ……!!」


 ああ……まずい。

 今の斬撃で腹部の傷が……。


 包帯に滲む赤い染みはどんどんと広がっていき、僕はその場にうずくまってしまった。


「――っあぁ……」


 裸の男は突然うずくまった僕の背中に汚い足を乗せ勝ち誇る。


「――は……は、ははは!! お、脅かしやがってぇ!! てめーらこのガキぶっ殺しちまえ!!」


 ぽってりとだらしなく肥えた裸体を晒した男は、ここぞとばかりに部下連中へ僕抹殺の指示を出した。


 僕に全てベクトルが向いた武具達。


 その時、木の床にペタッと着地する小さく白い足が見えた。


「――や、やめて……おねがい」


 顔を上げると、震えたアリーが僕を庇うように両手を上げていた。


「どーゆーつもりだぁ? いつから俺達飼い主に命令できる立場になったんだコラぁ……?」


 それでもアリーは手を上げ続けて言葉を続ける。


「アリー。もどる。なかまのため。おかね。かせぐ……だか――」


 乾いた張り手の音。


「黙れ犬風情が。お前が金を稼ぐのは当たり前なんだよぉ……てめぇ帰ったらまたボコボコにしてやるから覚悟しとけ」


 はたかれよろけたアリーと目が合った。


 それは馬車で会った時と同じく黒く澱んだ悲しい瞳だった。


「お、おねがい……!! アリー……いいこ。するから……!!」


「くどい!! おめーら殺せぇぇ!」


 アリーの細い体は裸男の腕力で壁へと押し出され、短剣を持った一人のバンダナ男は僕の後頭部に向けその凶器を振り下ろす。


 うずくまるしか出来ない僕は咄嗟に目を瞑る。


 結局誰も守れなかった。

 スカイやレンドンさん、フィリナさんに大見得切ったくせに……。

 熟成屋も世界放浪の旅も何もできないまま……。


 そして、最後に頭を過ったのは園長先生の顔だった。


「――ごめん……なさい……」



 しかし、いくら待っても死を覚悟した僕には一切の変化がない。


 そして次々と聞こえる床と『何かの』衝突音達。


 すぐさま目を開けると奴らが持っていた武具達は床に寝そべり、更には赤いバンダナ連中の手足をがキツく縛り上げていた。


「な……なん……だ……この煙……! か、硬ぇ……!」


「――はぁ……アーシは人様のいざこざに巻き込まれるのは趣味じゃないんだけどねぇー。それでもここで死人が出たとなりゃ掃除するのはアーシだろ〜? それこそ趣味じゃないねぇ〜」


 ベッド際の壁に寄りかかりながら怠そうにタバコを蒸すミシェエラさん。


「――ババア……てめぇの仕業かぁ……」


「あーあ。レディーにまたババアって言ったな……?」


 声色を二つほど落としたミシェエラ先生は、かけていた赤縁のメガネをそっと外しながら裸の男に迫る。


ぶら下げてるブサ男……あたしは現役バリバリの29だ……。この際教えてやるわぁ……」 


「あぎゃっ!! あぎゃぎぁぎゃ!!」


 煙の鞭は更に強度を増しながら男の体を縛り上げていく。


「さて問題。悪徳な医者が収入に困ったらすることってなぁ〜んだ?♡」


「は、はぁ……?」


 男は突然のクエッションに眉を顰める。


「せ〜かいわ〜。『』でした〜」


 次の瞬間。

 縛り上げられた男達の深いところから鈍い音が響いてきた。


『ベキっ』でも無く『ぱきっ』なんて軽い音でもない鈍く深い音が。


『がががぁぁ!!! あ、足がぁぁぁ!!』

『っ腕がぁぁ!!』


「あーうるさいねぇ〜。たかが手足の一本や二本折ったくらいで叫ばないでよ〜。ご近所トラブルの町医者なんてゴメンよ?」


「すごい……みしぇえら。つよい……」


 ミシェエラ先生は壁際で倒れ込むアリーをヒョイっと起き上がらせると、アリーの肩に優しく羽衣を掛けてこう言った。


「アリーちゃんさぁ。コイツらの『なかま』じゃなくなったら何がしたい?」


「――えっとね。うんとね……」


 羽衣とサラサラの髪をモジモジするアリー。


「――おなか。いっぱい。ごはん。たべて。みたい……」


 何の変哲のない願い。

 むしろ可哀想にも思える願いを聞いたミシェエラ先生はアリーの頭を数回撫でると、こちらを向いて言った。


「聞いたか少年〜。『お腹いっぱいにご飯を食べる』この子が選んだ初めての人生だ〜。必ず応えてやんなー」


 はい!! と答えたい気持ちは山々だったが、腹部の痛みで上手く呼吸すらできない僕はなんとか身振り手振りでイエスの意思を伝える。


「あ、そうか少年の怪我も手当てしないとじゃん」


「ねーオッサン……アーシは奴隷商に真っ向から反対するほど聖人でもないし、盗賊って職業も自分に危害がなかったら基本容認してんのよぉー……でも。さっきのお話を聞いた身としては、ここでただアンタらを返すのも『芸がない』そうは思わないかしら〜?」


「――なっ……! や、やめて……くれ……」


「人には206もの骨があるのー。アーシは今から『煙々空間グレーゾーン』を使って、アンタがこの子を完全に解放するって言うまで骨をポキポキしていくからよろしく〜」


 煙の密度が上がったせいだろうか。

 さっきよりも濃く太い鞭が男の体を縛っていく。


「――に〜……」


「あああぎゃゃ!!」


「さーん……」


 大腿骨、上腕から聞こえる鈍い音と裸男の叫び声に僕は思わず同情の念すら抱いてしまっていた。


「はーい。よーん――」


「あああ!!! わ、分かった!! このガキには……! 一生近づかないし……! か、か、関わらないからぁぁ!」


「おっ。それは約束出来る〜? もし違えたら今度は真っ先に頸髄を狙っちゃうからねぇ〜?」


 計五本の骨を砕かれた盗賊の長は大粒の涙を流しながら首を縦に振り、今後一切の自由を約束した。




 程なくして男達は、村人からの騒音の通報を受けた保安官によって拘束されていった。


「――ふぁぁーあ……よーし。これで安静にしてれば治るわ〜」


 ミシェエラ先生は大きなあくびをしながら僕への施術を終える。


「それにしても凄いスキルですね……煙を操るなんて……」


「でしょー? でもアーシがこのスキルを認識したのは22歳を超えてからだったのよ〜」


「それは……少し遅いですね……」


「そ〜なの〜。だから学校では無才能だと皆から馬鹿にされて、アーシは勉強に逃げたの。でも成人していざ医者になった時にね〜。ストレスから次はタバコに逃げた。そしたら自分には操作系スキル『煙々空間グレーゾーン』があるって気がついた」


 この時ばかりは、気だるそうと言うよりも少し悲しげな声に聞こえた。


「未成年でタバコ吸うほどグレてたら別の道もあったんじゃないか〜? なんて考えることもあったけど今はこの生活に満足してる。でもだからこそ若いアリーちゃんやアンタには後悔ないように生きてほしいわー。これは人生の先輩であるお姉さんからのお願いね♡」


 そう言って彼女は白衣からタバコを取り出す。


「でー? アンタはこの子どうすんのー? ここなら部屋はあるから働いてくれさえすれば置いてあげられるけど。王国の施設にでも連れていくのー?」


 それはだめだ。

 多分バンダナの盗賊団の逮捕によって奴らが犯した犯罪履歴は今一度見直されるはずだ……そしてどんな理由であれ、その実行犯として暗躍したアリーは処刑されるだろう。


 でもそんな僕もコルヴァニシュの衛兵に狙われている身だ……。


「アリーはどうしたい? ここに残る? それとも――」


「くりしぇ。いっしょに。いたい」


 月の白い光が反射した瞳はさっきまでとは違い、イキイキと輝いていた。


「そっか! それじゃ決まりだね、改めてよろしく。アリー」


「まぁーそれが一番自然だわねー。腹一杯ご飯食べさせてあげなぁ〜」


 握手のために差し出した僕の手を不思議そうに眺めた後、首を傾げたアリー。


「こう?」


 突然、腰に巻き付いたアリーの小さな両手。


「っっいったぁ!!」


 当然感じるすさまじい激痛に顔を歪める僕。


「あ。ごめん。くりしぇ」


「あっはは〜。アリーちゃーんそれは『ハグ』だよ〜。大事な人にしかしちゃいけない愛情表現ってやつ」


「だいじょうぶ。くりしぇ。だいじ。ぷれぜんと。くれた」


 素直すぎる愛情表現は時に反応に困るものだ。


 僕は照れる心を隠すようにオーバーに痛がって見せた。



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