第26話 下衆は懲らしめたいと思います
夜が老けた頃、カーテン越しでスヤスヤと眠るアリーの小さな寝息だけが聞こえてくる。
「全く……この状況で熟睡出来るとは……肝が据わっていると言うか何と言うか……」
アリー曰く、ベッドなる物で寝たことが人生で一度もなかったらしく、床に就いてから数秒ほどで寝息が聞こえてきた時は思わず耳を疑った。
腹部の痛みに耐えながら体を起こす。
「っ! さて……どこまで無理できるかな……このまま今日は諦めてくれたりしないかねぇ」
窓の外から流れる花水木の香り。
そして優しい月明かりを眺めながらぼやく。
しかしその瞬間、耳を澄ますと部屋の外から何者かの足音が聞こえてきた。
みし みし と踏み締めるような一つの足音……。
まさか盗賊団の奴らが近づいてるのか……?
僕は腹部の痛みをどうにか堪えながら、立ち上がると壁に立てかけていた
一歩一歩近づいてくる足音。
眠るアリーの横に立ち、固唾を飲んで部屋のドアに集中する僕は、いつでも抜刀出来る構えでその時を待つ。
そして謎の足音は僕たちの病室の前でピタッと止まり、ドアノブはゆっくりゆっくり反時計回りに回転していく。
きた……。
ドアが開いた瞬間、
頭でこないだの練習をイメージしながら、抜いた桜色の愛刀を構える。
ガチャッ
とした音と同時に部屋へと入ってくる謎の人影。
しかし、最終標準を合わせたその時気だるそうな女性声が聞こえてきた。
「おーいガキども寝てっかー。イチャラブしてたらアーシも混ぜてー……って――何してんのあんた」
咥えタバコの煙が花水木の繊細な香りを消し去っていくのが分かった。
「――み、ミシェエラ先生……」
「え、なに。こわいんだけど」
腹部を包帯で巻いた男が自分に向けて刀を構えている。
「あ、もしかしてアーシが盗賊だと思ってその子庇ったんだー。素敵なお話じゃないのぉー」
夜の病院じゃ無くても十分怪談として成立するレベルの出来事にもあっけらかんと対応してくれるミシェエラ先生。
「はい……アリーは必ず奴らが自分を狙ってくると心配していたので警戒していました……先生で良かったです」
アリーを起こさないようにそっと近づくミシェエラ先生は、羽衣を大事そうに抱えてぐっすり眠る彼女のおでこを優しく摩る。
「ふーん。の割にはぐーすかと寝てるじゃないのよー。アンタが信用されてるって証拠だねぇー」
「そうだな。この雑巾娘が我々から逃げ切れると本当に思って寝ておるのならば大した物だ」
ドアの外から聞こえる男の低い声。
「――!!」
「あららー。こりゃまた早いもんだねぇー」
僕は再度、
「まぁ待てクソガキ。そこの雑巾くせー女がヘマしたしただけだ……大人しく俺達に引き渡せば今回は特別に見逃してやる」
手には各々武具を持ち昼間に見た赤いバンダナを巻いた男たちは、にやつきながらゾロゾロと病室へと入ってきた。
そして前歯が欠け落ちたリーダーと思しき男はポケットから何かを取り出す。
「ほらよぉー。今回は特別にぃ……なんと10ヴァリアもあげちゃうからよぉ……!」
乱暴に投げ捨てられたヴァリア紙幣はヒラヒラと舞い落ちながら僕達の足元へ転がってきた。
「――アリーがそんなに必要なんですか……?」
おちつけ。
「ああ……必要だね。そいつは殺しに何の躊躇いが無くなるよう、俺様直々に調教してやった雑巾だからなぁ……そしたら百発百中の殺し屋に成長したってわけだぁ」
「……それでは今回の失敗で百一発百中になってしまいましたね……それでもこの子に拘りますか?」
すると男は、ニヤッと笑いながら言った。
「そうだな……何をしたか知らんがこいつに失敗の烙印を押したテメェらだ。だから今回は見逃してやるって言ってんだよぉ」
「にしても……こいつを殺戮マシーンにするためには苦労したんだぜー? 親子奴隷で買い付けた後、この雑巾女の前で親を殺してやったんだぁ……あれは楽しかったなぁ……泣き叫んでまま気絶したこいつはそこから俺達の従順なしもべだ」
落ち着け落ち着け落ち着け。
震える剣を必死に抑える。
怖さなどではない。ただの怒りでもない。
このままだとこの建物ごと奴らを吹き飛ばしてしまうと思ったからだ。
地層を切ったあの時よりも巨大な斬撃をこいつの顔面に喰らわしてやりたいとさえ思ったが、それではアリーとの約束を自ら破ることになる……。
「そっから言葉を失ったこいつはあろう事か俺たちを『なかま』だなんて呼ぶようになったぁ……。でもまぁ実の親を目の前で殺されていながら、飯を与えりゃすぐ懐く犬女だと思っていたが、良くみりゃいい女じゃねーか……こりゃまた別の稼ぎ方を教えてやんねーと」
おち……つけ……。
「――アリーの……御両親を殺したのは、ただこの子を犯罪者の道へ引き摺り込むためだったんですか……?」
「そうとも。売られた奴隷にてめぇーの意志で人生を決定する権利なんて未来永劫存在しねぇ。コイツは感情のない殺し屋として俺たちに貢ぐしか残された人生はねぇんだよぉ……!!」
男を囲む下衆達も呼応するようににやついている。
「こりゃまたとんだ奴らに捕まったねぇ……で? どうするんだい? 大人しく渡す?」
「ほらそこのババアの言う通り金でも拾ってそのガキ寄越しやがれ」
そう言いながらアリーのベッドに近づいてくる歯抜けの男とその手下達。
おち…つけ。
「おら!! いつまで寝てんだゴミ女ぁ!!」
ガンッ!!
と大きな音を立てて蹴り上げられたベッド。
体を伝う衝撃音に咄嗟に目を覚ましたアリーは、視界に写る盗賊の姿を認識した瞬間、またもや目から光を失う。
「な、なかま……。くりしぇ……」
「おら。いくぞ……テメェには休んでる暇なんかねぇ……」
乱暴に掴み上げられたサラサラの黒い髪が月明かりに揺れる。
「――離せ」
「――あ?」
「もうその子は自分の人生を自分で決めることが出来る。だから離せ」
どうしよう。
震えが止まらない。
「おらおらいきがったガキぃ。ぶるぶるに震えちまってんじゃねぇかぁ……相手は選んで喧嘩しねぇーと痛い目見んぞぉ?」
男が吐き捨てた泡々しい唾がアリーの綺麗な髪へ着地した瞬間だった。
「っあああ!!!」
溢れ出る怒りを最大限まで抑え込んだ斬撃一発。
圧縮鋭利に変化した空気圧では無く、
万物烈斬の刃は一瞬にして歯抜け男の外装。すなわち黒く燻んだ衣服はもちろん趣味の悪いピアスから手に持った短剣に至るまで全てを木っ端微塵に切り刻み、ゼロ距離の
『――あぁぁぁ……』
突然の出来事に周りのモブ達はただ口を開いたままだ。
「くりしぇ……すごい……」
「やぁ漢だねぇ。かっちょいー」
皆皆が呆然とする中、ミシェエラ先生だけはケタケタと笑いながらこのカオスな状況を楽しそうに眺めていた。
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