第25話 返り討ちにしたいと思います


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 ドンッッ!!!


 鈍く大きな音がした数秒後、コントロールを完全に失った一台の車は轟音と共にガードレールに衝突した。


「だ、誰かぁ!! ひ、人がぁぁ!!」

「救急車を呼べ!! は、早く!!」


「祇園駅前の交差点で男性が子供を庇って乗用車と衝突しました!! 早く来てください! は……20分はかかる!?」


 金色で表される連休最終日、そしてアイドルグループのコンサートの最終日も相まって博多駅からマリンメッセにかけての大博通りは渋滞を極めていた。


 恐怖の叫びに騒然とする博多の街並み。


 止まれを灯す歩行者信号機のランプ。

 横断ラインの白線に飛び散った赤い血と頭から失血している男性。


 傍には泣く事さえ出来ずにただ呆然とその光景を眺める男の子。


 久々の園外での休日。


 徐々に心をとり戻りかけていた少年は、12歳の誕生日プレゼントにと買ってもらった飛行機のラジコンを持ち不用意に、愚かしく走っていた。


 その後の数秒間は覚えていない。


 気がつくと、血の海に溺れる恩人の姿がそこにあった。


 横たわる恩人は僕の安全を確認すると安心したように微笑んだ。


「――ひ……たちぃぃ……ぷ、プレ……ゼン……トォ……無事やぁ……?」


 衝撃から声が出せない。


 その分首を大きく縦に振った。


「――そ……う……かぁ……帰ったら……いっぱい……遊ばな……いけんねぇ……」


「――! !!!!   !!!!!!!」


 どうしても声にならない何かを発し続ける男の子に、男性は最後の言葉を吐き出す。


「しゃんと……胸ば張っ……て……生きる……とぞ……お前は……強いとやけん……」


「――ぃ……やだ……やだやだ……やだやだぁぁ!! やだやだやだやだぁぁ!!!」


 目の光が消えかける先生にしがみつきながら泣き叫んだ。


 どうしようもなく悪い自分を棚に上げて泣き叫んだ。


「あああああああぁ!!!!!! せんせい! せんせい!!!!」



「き、きみ!! 怪我人を揺らしたらダメだ!! ほ、ほらAEDするから離れて!!」



 そして、あの暗闇から自分を救い出してくれた恩人が絶命する瞬間をその子供はハッキリと視認してしまった。


「――園長……先生……」


 ぎゅっと抱いたプレゼントはその後、一度も遊ぶ事なく園の遊戯箱に入れられた。


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 瞼に差し込む夕日がほんのり眩しい。



「――? あ……れ……?」



「――あ。くりしぇ。おきた」


 アリーの淡白で平坦な声が聞こえる。


「おお!! 兄ちゃん大丈夫か!!? 処置してもらってたら、裸にカーディガン羽織ったこの子が血まみれの兄ちゃん担いできて、こちとらパニックだったんだぞ!?」


 目を開けると小さな診療所のベッドで僕は横になっていた。


 カーテンで仕切られた木造二人部屋、開いた窓から差し込む木漏れの夕日がなんとも気持ちよかった。


「――えっと……」


 横を見ると、右手を腕を包帯で吊り上げたおじさんと、ブカブカのシャツとスカートに身を包んだアリーの姿があった。


「あがっ!!」


 起きあがろうとしたその時、腹部からの激痛に思わず叫ぶ。


「だめ。くりしぇ。あんせー」


「そうだぞー。全く……今回の商いは運がねーぜ……ま、大丈夫そうだから俺はひとまず宿に戻らせてもらうぜー」


 そういって御者のおじさんは病室から出て行った。


「あ、アリーは大丈夫?」


「うん。きがついたら。ぷれぜんと。にぎってた」


 この言い方だと狼化の記憶がないのか……?


「アリー。君は自分の出身が分かる?」


「わからない。おかあさん。おとうさん。ころされるまえ。きおくない」



「そーなのよねー。アーシもこの子に質問したんだけど何も返ってこないから困ってんのよー」



 声のする方を見ると、病室の扉に寄りかかりながらブカブカな白衣をだらしなく着こなす女性の姿。


 赤縁の眼鏡と縛った茶髪にふかした咥えタバコ、そして気だるそうな垂れ目が印象的なアラサーらしき女性。


 煙を蒸せながら女性はツカツカと近寄ってくる。


「でー? 何がどうなって裸の女の子が血だらけの少年を担ぎ込んでくるなんてシチュエーションになるんだい? そーゆープレイにしちゃ度が過ぎると思うけどー?」


「ち、ちがいますよ! これはおおかみに――」


「い、いや……盗賊に襲われて……」


 おそらくは御者のおじさんから盗賊の話は通っているはずだし、信憑性はある……はずだ。


「ひぇーおっかない。で? その女の子はアンタの彼女かなんかかい?」


 不恰好な服装に気を取られていたが、ギシギシだった黒い髪の毛はサラサラなストレートヘアに変貌を遂げ、薄らと口紅まで塗られていた。


「いやー素材がいい女子はアガるねぇー。風呂後のブラッシングしてあげたら乗ってきちゃってねぇー」


 長い黒髪を後ろで束ねたお陰で、この時初めてアリーの顔をハッキリと見た。


 ノアさんの例に漏れず、アッサムの血を引いているアリーの顔立ちは恐ろしいほどに美しく整っていた。


「くりしぇ。どうした。ありーのかお。なにか。ついてる」


 夕日に輝く彼女から咄嗟に目を逸らす。


「はぁー。青春だねー。あとほら、これ大事なもんなんだろー? 人間の血抜きなら得意だけどシルクは専門外だっての」


「ありがと。みしぇえら。ぷれぜんと。たいせつ」


 女医のポケットから手渡された【生糸の羽衣】


 あの時、なぜか咄嗟に手にした羽衣。


 これのお陰でアリーの意識が戻ったとまでは言わないが、僕がこうして生きているという事はあれ以上の攻撃が加えられなかった事を意味する。


「プレゼント喜んでくれた?」


「うん。ぷれぜんと。うれしい」


「そんで……これはアンタのだろ? 鞘に収めるまでトンデモないオーラを放ってたけど……相当の代物だねぇ。そりゃ盗賊に狙われるって話だね」


 壁に寄りかかった天桜流刀を指差す女医は、このSSRランクアイテムの真価に気づいている様子だった。


「アーシはこの診療所を経営するミシェエラねー。今日は特別にこの部屋使わしてやるけど明日からは金とっから〜。んじゃねー」


 飄々とした掴みどころのない医者だったな……。


 レンドンさんとは違った怖さがある……。


 洗濯された羽衣を大事そうに抱えるアリーに再度質問する。


「アリー。それであの盗賊たちは何者なのかな?」


 するとアリーは右手甲の焼刻印を見せる。


「にしのくに。ほーんでぃあ。とうぞく。おかね。くれた」


 ホーンディア……?

 あそこは『シダレの森』やアッサムを支援し続ける友好国なはず……盗賊ならばそんな事お構いなしなのか、それともアリーの正体を知らないのか……。


「きゃくのふり。なかまがきたら。うんてんしゅ。ころすはず。だったの」


 ただの子供のふりをして馬車に乗り込み、現れた盗賊と共に御者のおじさんを挟み撃ちする計画だったのか……。

 こんな子供にそんな残虐な事をさせるなんて……。


「それじゃあアイツらは今頃アリーや僕たちを探しているのかな?」


 アリーはこくんと首を振る。


「これ。なかまに。そんざい。しらせる」


 アリーは右手甲の刻印を指差す。


「だから。これで。おわかれ。くりしぇ。おじさん。みしぇえら。きけん」


 綺麗に飾り付けてもらったはずの彼女の瞳には潤んだ何かが見える。


「アリー。ねらって。ぜったい。しゅーげき。してくる」


「そっか……だったら僕がアイツらを全員倒したら、アリーは自由ってことだね」


「……くりしぇ……?」


 壁際に置かれた天桜流刀てんおうるとうを鞘から抜き出し、開いた窓に向けて構える。


 腹部の痛みを我慢しながら軽く振り下げると、窓の外の葉樹の枝をスパッと切り裂いた。


「――これが僕の武具【天桜流刀てんおうるとう】だよ。多少の敵なら負ける事はないし、必ずアリーを守ってみせる。だからアイツらとは縁を切るんだ……!」


 見たこともない空気圧の斬撃に言葉を失うアリーは瞬きを二、三度した後、ゆっくり口を開く。


「ほんとに……ありー。じゆうに。なれる……?」


「うん! 絶対なれる! この剣に誓って僕が約束する」


 そしてアリーはこの時初めて笑ってくれた。


「それとアリー、君はもう人を傷つけたらダメだ。だから持ってるナイフを僕に渡してくれないかな?」


 アリーの顔は少し曇りながらも、そっと錆びれたナイフを手渡してくれた。


 このナイフは多くの人の血を吸ってしまった。


 だから今度は人を、この子を守るナイフに……。



「――『サック』召喚」


《アイテム登録完了 直ちに熟成を始めます》


【登録アイテム】

 ・錆びた果物ナイフ   [D−]


《熟成中物品2/5 残り熟成可能枠3》

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