第2話 借金完済したと思います


 その後、急いで朝ごはんを食べ切るといつもの朝市へ向かう。



「はぁはぁ。もう皆来てるかな?」


 駆け足で向かうのは大きな噴水と天高く聳える観星塔が目を引くレンス広場。

 コルヴァニシュ王国最大の多目的広場は本日が国王誕生祭ということもあり、かなりの賑わいを見せている。


「おお……さすが国王誕生祭だなー」


 魚、肉などの食料品はもちろん骨董品、武具、宗教経典までありとあらゆる物までここに来れば揃うと噂のフリーマーケット。

 しかしお客さんも多いが競合他店も多いのも事実。


「おークリシェ! こないだはガキのお守りありがとうな!」

「クリシェ君じゃないかい! 月花祭のときは設営手伝ってくれてありがとねぇ」

「クリシェさん。週末の町委員代わっていただけたりしませんか!? 妻が臨月なもんで……」


 出勤中にまたしても頼み事を引き受けてしまった僕は、昨夜場所取りしておいた地点になんとか辿り着き店の準備を始める。


「今日もたくさん売れると良いなー。もし今日で5800ヴァリア売り上げれば晴れて自由の身だ」


 この日も僕は縦横2メートル程の絨毯を広げ、その上に成長させた商品達を並べていく。


 小さな腰掛け椅子に座っている事2、3分。

 1人のマダムが店先の商品に食いついた。


「あらま! この水晶の塊が180ヴァリア!? お兄さん商売下手くそすぎじゃ無いかしら?」


「あっはは……よく言われます」


 河原でテキトーに拾った石を熟成したら出来上がった副産物だし僕からすれば逆にこんな物でいいんですか? としか正直思えないが、ここは笑って流す。


「若いのに大変だね〜」


 200ヴァリア札をポンと置いたマダムはゴツゴツとした水晶をカバンに入れる。


「まぁ理由はなんであれ買わせてもらうよ。ほれお釣りは要らないよ〜」


「ありがとうございます!」


 やった20ヴァリアも得をしてしまった、これは幸先がいいスタート。


 その後も次々と並べられた商品が売れていく。


「お、この盾イイじゃねーか! メタリック素材の盾がこんな値段で買えちまうなんてよぉ。兄ちゃんこれくれや!」

「うそ! 鉄のお鍋がこの値段なの!? これください!」


 その後もあっという間に時は流れ、夕焼頃には店先に並べた商品は全て完売した。


 やっぱり国王祭がやってるだけあってお客さんの反応もいつもより良いや。もうちょっと熟成数増やしてもよかったかな?


 出店の片付けを終え、手元に残ったお金を数える。


「4600……5000……5500……6000! やった……これで完済出来る!」


 衛兵騎士団の大将であった父親が残した莫大な借金総額3000万ヴァリア。

 義理堅く心情深い父は生活が苦しかったり親族が病気になったりした部下や同僚はたまた先輩に気前よくお金を貸していた。


 しかしどの世界の人間も一定数ずる賢く平気で人の好意を踏み躙る輩も存在する。

 踏み倒された借金を追及する事無く自らが返済していた父は心労が祟って過労死した。


 そこで残された借金を返すために私財全てを投げ売っても足りない分を僕はこの7年で稼いでみせた。


 雨の日も雪の日も休まずコツコツと。


 そして今日! 僕は借金という呪縛から解き放たれたのだ!


 よし、まずはお母様に恩返しに何かプレゼントを買って帰ろう。

 たしかお母様はアップルパイが好きだったっけ?


 微かな記憶を頼りに菓子の出店に直行。この時、借金の呪縛から解放されたからか妙に足が軽いのが分かった。


「すみません! アップルパイを1つ……いえ2つください!」


「はいよ! しっかしお前さんが菓子を買うなんて珍しーこともあるもんだな、何かのお祝いかい?」


「あはは。まぁそんなところですかね」


 さすがに借金完済記念とは口が裂けても言えない。


 熱々のアップルパイを受け取り足早に帰路に着こうとした瞬間、僕の名前を呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。


「クリシェくーん! どこー!!」


 あれ? この声はお隣のパン屋さんの娘さん?

 あんまり関わりないのにどうしたんだ?


「エリナさーん! ここですー!」


 出店から顔を出し彼女に存在を知らせる。

 でも何故だろう? 僕の声に反応した彼女の顔は青白く、そして引き攣っていた。


「ど、どうしたんですか? わざわざエリナさんが僕を探すなんて……」


「はぁはぁはぁ……クリシェ君……落ち着いて聞いてね」


 エリナさんは膝に手をつきながら呼吸を整える。


「――それが……さっきルーシェ様が家で倒れているのが見つかったの……。今はレンドンさんのとこの病院に運ばれたけど私が発見した時はもう……息が……」


「――え……」


 エリナさんから発せられた言葉は確実に鼓膜で捉えた。

 でも脳がその音声データを受け取ろうとしてくれない。


……?」


思わず漏れた疑問文はここ最近言い忘れていた言葉だった。

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