長年熟成放置していた【木の棒】の存在を忘れていました。取り出してみると最強武具に成長していたのでとりあえず片っ端から熟成しようと思います。

折々の檻

第1話 熟成しようと思います

「よくぞ頑張られました奥様! 元気な男の子ですわよ!」


「よくやったルーシェ! これで我が一族も後継問題に悩まされることが無くなると言うものだ!」


 耳元で聞こえる興奮気味な男性の声と年増な女性の声。


 ん? 瞼の奥から光は感じるが目が開かない……?

 それに体も思うように動かせない。


「ああ……私の愛しい『クリシェ』その可愛いお顔を見せてちょうだい……」


 その時、俺の体は宙にふわりと浮かぶ。


「ほーら、クリシェ様〜お母さんでちゅよ〜?」


 この時、体の自由が効かない僕はゆらゆらと揺られながら思った。


 これ僕の誕生を祝っているのでは?



 福岡県立北浦高校に通う18歳男性 皐月さつき ひたちはこの日赤ちゃんとなって別世界に出生した。


 これはもしかして異世界転生の王道ラノベパターン……?





「――クリシェ〜! もうご飯出来てるわよー?」


「はーい! 今行きます!」


 音と書いてひたちという特異な名前を捨てた僕は眠い目を擦り、一階から聞こえるいつもの母親の声に答えながら身体を起こし身支度をする。


 鏡に映るこの姿も今となっては見慣れたものだ。

 クルクルの天然パーマだが生まれ持った茶色の色素が良い感じにまとめ上げている髪の毛、それに紅い瞳と綺麗な顔立ちは自分で言うのも何だが海外俳優にも引けを取らないとルックスだと思う。


 黒髪メガネ低身長の地味男だった転生前最後の記憶、それは通学中の電車が速度超過でカーブに差し掛かり転倒事故を起こした事。


 幸い痛みはなかったし恐怖に苛まれる時間もなかったけど、この世界に僕の意識があるということを考えれば僕はあのまま死んだんだろうな。



 そうして身支度を終わらせると『サック』の熟成具合を確認する。


《指定のアイテム【黒鉛】熟成を終了しますか? 成長途中の経験値は失われます》


「うーん。ちょっと勿体無いけど今日で終わらせたいしなぁ」


 熟成しきらなかったことに後ろ髪を引かれながらも成長を止める。


《黒鉛[C]→ダイヤの原石[B−]にレベルアップしました》 

《残り熟成中物品1/5》


「よし! 久しぶりにBクラスだ。これはいつもより高く売れるかも」


 僕は取り出した炭素の塊もとい、1カラット程のダイヤモンドを握りしめながら急いで階段を降りる。


 皐月 音改めクリシェとして名門貴族であるセルジレス家の長男として転生してから早17年が経とうとしていた。


 しかし僕が10歳の頃、国家を守る衛兵聖団の大将であった父親のコルランが急死。

 その後、騎士聖の名を剥奪された僕達一家は唯一絶対の収入源を無くすと、猛スピードで没落への一途を辿っていった。


日に日に路頭に迷っていく僕達の手助けをしてくれる親戚家族は一人として居なかったし、それどころかお父様の葬式にすら急な用事が出来たと言って出席しない始末。


 街中で出くわしても知らん顔されるか、数日洗っていないボロボロの服装を嘲笑するだけ。


 そんな苦しみや悔しさから抜け出す光明が見えたのは11歳の頃突然授かった 【熟成】スキルのおかげだ。


 スキルと言ってもただ自分が選んだアイテムを亜空間に繋がった指定のサックに入れるだけ。


 ただそのまま放置していればいつの間にかアイテムのレベルが上がり思いがけない進化を遂げたりするお手頃スキル。


 この世界のアイテムにはそれぞれD〜Sまでのランク分けがなされており、Dから上がっていくほどに買取価格や価値が高騰していく。


 今回みたいにCランクの黒鉛石の塊を数日放置するだけでB−クラスのダイヤの原石へと変化したように、入れている時間が長ければ長いだけ時間に比例し成長するのだ。




「すみません。遅くなりました」


 テーブルに並べられた香ばしいパンの匂いと甘いポタージュの香りは、寝起きの僕の食欲を刺激する。


「クリシェは今日も朝市に行くのー? ここ最近働き詰めでお母さん心配だわ」


 手を頬に当てながら心配するお母様。


 確かにその気持ちも分からなくもない。

 ここ最近は休みなしに市場へ出かけている息子を心配するのは、どの世界の親にも共通するのだろう。


「大丈夫です。お父様が残された借金の返済ももうすぐで終わりますから」


「うん……でも後継者だからってそんなに気負わなくていいのよ? もし大変そうだったらお母さんも身体を治してまた働きに出るからね?」


「無理はなさらないでください。僕も自分のスキルがセルジレス家のために役立っているだけで十分幸せです」


「そっか! ゴホッ。ゴホッ……じゃあ頑張ってね」


 にっこりと微笑むお母様は咳き込みながら台所へと戻っていった。

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