第3話 最強武具を手に入れたと思います


「アナタのお母様が自宅で倒れたのよ……それも意識不明の状態でね」


 気がついた時にはアップルパイが入った紙袋をレンガの地面に放り投げ、一心不乱に走っていた。


 息を切らし病院に到着した頃にはすっかり陽は落ちており、病院内の受付も終了していたが大声で関係者を探す。


「すみません誰かいませんか!! セルジレス家の者です!」


 すると受付の奥から一人の看護師さんが出てきた。 

 それも酷く神妙な面持ちで。


「クリシェさん……ですか?」


「はい、母がここに担ぎ込まれたと聞きまして。それで!? 母の容態は!?」


 僕の質問は院内中に響いていただろう。


 しかし、看護師さんはうつむいたまま中々口を開いてくれない。


「セリちゃん。ここは俺が話すから戻ってて良いよー」


 その時、後ろから白衣を着た大柄でワイルドな男性が近づいてきた。


「レンドン先生……」


 この人は母の掛かり付け医であり、父親の古くからの親友でもあったレンドンさん。

 僕たちが本当困ったときはお金を貸してくれたり、病弱な母の診察を無料で行ってくれた数少ない恩人。


。ついさっき眠るように」


 その瞬間足から頭まで全ての力が抜け、崩れるように床にひざまづく。


「そんな……なんでいきなり……」


 すると肩下から手を入れ、物凄い力で僕を持ち上げる先生。


「顔くらい見てやれ。あの美しい顔を拝めるのは今しかねぇー。泣くのは後からいくらでもすればいい」


 起き上がった僕はふらつく足をなんとか抑えながら、暗い病棟の廊下を歩き母の居る病室に入る。


 横たわる母の顔に薄く掛けられた白い布をそっと剥がすと、そこにはまるでただ眠っているだけのような母の姿が。


 あまりにも寝ているだけに見えたからか、不思議と涙は出てこない。


「ルーシェの事だ、お前にも詳しい病状は教えていなかったんだろう」


「そう……ですね」


「正直ルーシェの命はこれでも持った方だ。コイツはお人好しで馬鹿な旦那が残した借金を返済し終わるまで死ぬ事は出来ないって毎回言っていた」


「お前に苦労をかけまいと、病弱なくせに昼夜問わず働き詰めた心労が祟った。まるで旦那と同じように誰かのために働いちまった。人間自分のためなら限界を感じるが、愛する人間のためならその限界ってやつに果敢にも挑戦しちまうのさ」


 レンドン先生はそっとタバコに火をつけながら椅子に腰掛ける。


 お医者さんが病室で喫煙をするなんて現代日本ならあり得ない行為だが、鼻腔を駆け抜ける苦々しい煙はどこか安心感を与えてくれる。


「クルシェ、今はまだ現実に向き合えないかもしれねぇ。でもこれだけは渡しておく」


「――なんですか……?」


「コイツはご丁寧に死ぬ前に遺書を俺に寄越してくれやがったんだ。家に隠しとくと勘のいいお前が見つけるかもしれねぇーってな」


 レンドン先生から手渡された封筒の表には達筆な文字でこう書かれていた。


『私が世界一愛する息子 クリシェ様へ』


 封筒の中には意外にも便箋一枚だけが封入されていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 愛するクリシェへ。


 お元気ですか?


 この手紙がレンちゃんから渡されたって事はお母さんはもう天国に行っている事でしょう。


 お人好しなお父さんが作った借金のために、体が弱く情けないお母さんのために働いてくれているアナタは誇りでもあり、同時に私たち夫婦の二の舞のように体を壊してしまわないか心配でした。


 私達ダメな親が残した借金を必死に返してくれているアナタにこんな事を言うのは本当に心苦しいですが、ダメな母親の最後の頼みだと思って心の片隅にでも置いてくれたら嬉しいです。


 自分の思うように生きなさい。

 自分が描いた未来へ突き進みなさい。

 自分を愛する人間を愛しなさい。


 セルジレス家の運命や柵など一切考えないでいいのです。


 アナタはアナタの心が突き動かすまま自由に生きてください。


 お母さんとお父さんはアナタがアナタらしく生きてくれている姿を空の果てからひっそりと眺めていたいと思います。


 そうそう昔お父さんが東方遠征に行った際、目を輝かせて遠方の地のお話を聞いていた姿を今でも鮮明に覚えています。


 あの頃のように目を輝かせてながら生きてくれる事をお母さんは願っています。



 最後に。


 こんな頼りないお母さんでごめんね。


 それでも私が愛したかけがえのない息子はアナタしかいません。


 それではどうか。どうかお元気で。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 震えた筆跡で1文字1文字丁寧に綴られた文章が視界に入った瞬間、否応無しに涙が溢れてきた。


「――っう……ひっ……おっ母……様……」


 封筒を胸に押し当て抱きしめながら大声で泣いた。


 先生は煙を残しいつの間にか姿を消しており、僕は愛する母の隣で永遠にも感じる時間を涙で濡らした。




 ――数日後、お母様の葬儀や借金返済などの諸々手続きを終えた僕はソファーに腰掛けボロボロになった天井をひたすら眺めていた。


「はぁ……これからどうしようか」


 あれ? 

 そう言えば最近『サック』の確認をしていなかったな。


 たしか買取キャンセルされた商品をテキトーに突っ込んでいた気がするが全く何を入れたのか覚えていない……毎回残り熟成中物品1/5と表示される事に慣れきっていたな……。


 むやみやたらに取り出してせっかくの成長を止めたくなかったとは言え、何を入れたか皆目見当が付かないのは問題だ……。


「とりあえず出してみるか。葬儀や借金返済でお金もすっからかんだし」


《指定アイテム【カシ木の棒】の熟成を終了しますか? このアイテムは成長率が限界値を超えているためいつでも取り出す事が可能です》


 成長率のカンスト!? 

 こんなの6年間スキルを扱ってきて見たことがない……。


 しかし、驚きと同時に何年間か入っていた秘蔵のアイテムがカシ木の棒だったことにがっかりしている。


 武具の中でも最弱なカシ木の棒のカンストアイテムなんて正直当てにならないからだ。


「はぁ……何かの間違いで鉱物とかの熟成だったらよかったのに……これじゃ売ろうにも売れるはずない」


 深いため息をついたあと、とりあえず袋から取り出してみる。


《指定アイテム【カシ木の棒】の熟成を終了しますか? このアイテムは成長率が限界値を超えているためいつでも取り出す事が可能です》


《カシ木の棒[D]→天桜流刀てんおうるとう[SSR]にレベルアップしました》

《残り熟成中物品0/5》


「――はい?」


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