第45話 獣化の記憶だと思います
「ううぅぅ……。吐きそう……。それに汗で体が気持ち悪い」
見知らぬベッドで目を覚ました僕は、鉛のように重くなった頭をなんとか支えながら風呂場を目指した。
内装や置いてあった必要最低限の化粧品からおそらくは一階から一番近いアンナさんの部屋に担ぎ込まれたのだろう。
「あれ、使用中か」
老けた夜だが風呂場は中から鍵がかけられていた。
「仕方ない、一階で待たせてもらうか」
一階の店部分の賑わいは姿を消しており、片付け終わったアンナさんは黄昏れるようにカウンターに座っていた。
「あらクリシェ君……! ふふふ。あんなに強い君がここまで下戸だとは思わなかったよ」
「はぁ……村の皆さんはもう帰られたのですか? それにアリー達も」
「ああ、明日も復興で大忙しだからってさっき皆帰ったよ。あの子達は『修行』がどうたらって言って出て行ったさね」
あ、あんだけ飲んでそのまま修行に行ったのか……。
さすが『
持っていた葡萄酒を傾けたアンナさんは、くるっとこちらを向き直すと僕の瞳をじっと見つめる。
「改めて。ありがとうクリシェ君」
「いえ……困っている人が居れば助けるのは当然のことです」
「ははっ。その『当たり前』が出来る人間が果たしてどれだけ居るかな。『当たり前』を当たり前にこなせる君は凄く立派だと思う」
「それと助けてもらって早々心苦しいんだけど、君達に一つお願いがあるんだ」
「お願い……ですか? 僕なんかがお力に成れるのであれば」
するとアンナさんはポケットから封筒のような物を取り出すと、その中から大量のホーンディア紙幣を手に取り僕に差し出してきた。
「こ、この大金は?」
「ざっと30万リーブ。コルヴァニシュのヴァリアで計算すると50万ヴァリアくらいだね」
50万ヴァリア……!
こんな大金一度に見るのは初めてだ……。
「これは父さんが村のいざってときに貯めておいた貯金でね。これを持って隣街の『トールドル商街』で、このメモに書いた復興資材のお使いを頼まれて欲しいんだよ」
「ここいらは昼間でも魔獣がウヨウヨしているからね。かと言って本国から護衛を雇うのも時間がかかり過ぎるだろう? それに余ったお金はそのまま懐に入れてくれていいさ」
「――それは……申し訳ないですが引き受けられません」
鮮やかなまでにピシャッと断った僕の言葉に、アンナさんは苦笑いを浮かべる。
「そ、そうだよね。村を救ってくれた恩人にお使いさせるなんて……ごめんアタシが非常識すぎたね」
そしてうつむく彼女は何かを振り払うようにまた葡萄酒を舐めた。
「違います」
「……え?」
「アンナさん。アナタは十分村のために尽くしました。だからそのお金はどうか自分のために使ってください……それがおそらくこの村に住む皆さんの総意だと思います」
顔を上げた彼女は驚いた様子で固まった。
「お金稼ぎなら僕達商人の出番のはずです。ここで稼げないようではホーンディアを旅しながら商いをする目標も無になります。それにもし私意なお金の使い方が気が引けるのであれば、そのお金で本国に村の防衛を依頼してください」
あのチビ役人の言いようからして、まだこの村への執着をやめたわけでは無いだろうしな。
僕達が滞在できる期間は良いとして、その期間外に来られては厄介だ。
だが、本国の護衛が定期的にでも見回りに来ていれば今日のような蛮行は行ないはずだし。
「それは……」
「――ですが一つ条件があります」
「条件……?」
思いついた名案を話すと、アンナさんは目を丸くしていた。
「そ、そんなんで良いのかい……? 一応村の皆には言ってみるけどさ……」
「任せてください。『
――翌朝
「
《熟成が完了したアイテムのみ終了しますか? 熟成が完了していないアイテムを途中で中断すれば成長途中の経験値は失われます》
《鉄屑の鍬 [C +]→鋼鉄の鎖鍬[B−]にレベルアップしました》
《コクリ牛の前脚肉 [C−]→このアイテムは腐敗しました》
《熟成中物品2/5 残り熟成可能枠3》
やはりまだ時間が足りなかったか……。
「す、凄いですクリシェさん! なんですかこのお宝袋は!?」
目を爛々とさせたヨークさんは今まで一のリアクションをくれる。
「僕のスキル『熟成』です。あらゆるアイテムを寝かせれば寝かせるだけレベルアップするものですが……ご覧のように失敗も多々有る気まぐれ者でして……」
「もしかしてクリシェさんの剣もその『熟成』というスキルから生み出されたのですか!?」
「そ、そうですね……木の棒を入れていることをすっかり忘れていまして……気がついたら【SSR】ランクになっていました」
「!!!? っっ。!!?」
驚きで言葉が出ないヨークさんは置いといて、熟成を続ける。
「凄いねこりゃ。こんな袋の先に亜空間ってのが有るんだねぇー。ほら頼まれてたアイテム達だよ」
両手で抱えきれないほど大量のアイテムが詰まった布袋を荷台に詰め込むアンナさん。
「ありがとうございます。では早速……」
《アイテム登録完了 直ちに熟成を始めます》
【登録アイテム】
・深苑緑のクリスタル郡 [A−]
・紫紺の霊首飾り [A−]
・最高級コクリ葡萄醸造酒 [B+]
《熟成中物品5/5 残り熟成可能枠0》
「えっ!? なんでこんな高級アイテムばっかりが……!?」
「ああ。村の皆に頼んだら家一のアイテムを必死で探し回ってくれたよ」
「ええそんな……別にアイテムだったらなんでも良かったのですが……」
「ま、皆君たちの力になりたいってことさね。昨日の護衛の件も話したしね」
「はぁ……」
これは益々責任重大だ……。
「ふぅ。これでよしと」
全ての荷物を竜車に詰め込んこんだ時、眠い目を擦ったアリー達が見送りに来てくれた。
「――ではノアさん、コクリ村の復興と護衛は任せました。それとアリーの事も諸々よろしくお願いします。アリーもノアさんやアンナさんのいうことを聞いて留守番するんだよ?」
「……くりしぇ。けち」
分かりやすく拗ねてるなぁ……。
「さっきも言ったけど、僕達はアリーや皆の為にお金を稼いでくる。でも復興も大事だし、何より今この村を守れるのはアリーとノアさんしか居ないんだ……。だから我慢してね」
「ははは! 案ずるなアリー、此奴らが帰ってくるまでアンナが毎日美味い飯を作ってくれるそうだしな!」
「……うん」
なんとか首を縦に振ってくれたアリーに一安心した僕は、ヨークさんの竜車に早速乗り込む。
すると最後にノアさんが近づいてきて僕の耳元で囁いた。
「獣化修行の件だがな……アリーの過去に潜む闇は思っていたよりもずっと深く暗い。砂浜でも告げた通り深い傷ほど膨大なエネルギーを秘めている……しかしアリー自身がその過去と対峙するのを怖がっているのも確かだ。今は修行の記憶すらないようだがな」
「――! ではこれ以上の修行は止めていた方が……?」
「早るな。いつこないだの港町のような暴走が起きてもおかしく無い現状がある以上、このまま放置するのはあまりに危険だ。我の
「――それに」
ノアさんの表情が曇る。
「それに?」
「獣化時、両親の事を叫びながらアリーはハッキリ口にしたのだ。『エルムスフィア』とな」
『エルムスフィア』……。
馬車で初めて獣化した時にもそんな単語を口にしていたような。
「『エルムスフィア』とは我が母……
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