第46話 教王師団の男の子だと思います
「正直、母上の本名を知る者は指の数も居ないはずなのだ。シダレの上層部しか知らないはずなのだしな……。奴隷になる前の記憶がいつのものかは分からないが、そもそも我がアリーという名前を知らんというのもおかしな話なのだ」
「確かに……歳は僕達の三つ下ですし、アッサムを知り尽くすノアさんがアリーの事を一切知らなかったのは辻褄が合わない気も……」
「まぁ母上ならば何か知っておるかもしれん。この書簡を届けた暁には功労として聞き出して見せよう」
それもアリーが獣化をコントロールできるようになれば色々と聞き出せるのだろうか?
何故、シダレの森に居たはずの家族が盗賊に殺され、奴隷としてこの歳まで生き延びてきたのか。
そして。
あの予言について『
「そうですね。では『ママ』に聞いてみてください」
「うん。ママなら多分知ってると思うよ…………ってこらぁぁ!! ママって言うなぁ!! というより言わせるなぁぁぁ!!!」
顔を真っ赤にしながらバタバタプンスカするノアさん。
すると、白い頭からピョコッと犬耳が生え出した。
「!! の、ノアさん犬耳早くしまってください!!」
僕は咄嗟にダウンジャケットのフードでアッサムの印を隠す。
「昨日一昨日で獣化し過ぎたからな。感情の動反で狼化してしまうんだ」
「へぇ……獣化と感情は深く関わり合っているんですね」
シダレの森でスカイといた時もそんなことあった気がする。
「――クリシェさーん。もうそろそろ出ないと到着が日暮れになってしまいますよー?」
竜車の前方から聞こえるヨークさんの声。
「! ではまた帰ってきた時に色々と話を聞かせてください。くれぐれもアリーの事をお願いします」
「任された。あ、それとこれを持っていけ。お主だけには役立つはずだ」
ノアさんが投げたのは、麻袋に入れられた掌サイズの……ボール? 玉? だった。
それをとりあえず懐にしまった僕と商品を乗せた竜車は皆に見送られながらコクリ村を後にした。
「くりしぇ……ばいばい」
鳥と馬を合わせたような竜が引っ張る車は轟々と土煙を上げて東へと疾走する。
「凄い……」
村に来たときは夜だったため気がつかなかったが、コクリ村を一歩出ると延々と砂漠の海が広がっていた。
まるでテキサス映画のセットのような風景に思わず息を呑む。
「それでトールドル商街とは一体どんな所なんですか?」
運転席に座るヨークさんは手綱を適度に絞りながら答える。
「トールドル商街とは税率が格段に下げられた商業特区の事です。毎日1万人を超える商い人が訪れるメインストリートの景色は壮観ですよ」
「……」
「それはそうと、ノアさんは何故あのような超超希少鉱石達をあんなにも所持しているのですか……? あの鉱石達は原産地が記載されない事で有名な幻の鉱石ですよ」
そうか。
コルヴァニシュとしては『あれはシダレの森が原産です』なんて記載は出来ないはずだよな。
「そんなに価値があるものなんですか?」
「ええ勿論! 特に最近ではホーンディアでアダスタリア魔鉱石、クルジウム練魔石を圧縮・魔力膨張させる技術が開発された為これらの価値が急高騰しているそうです」
天然資源が世界経済に大きな影響をもたらす。
これは前の世界とも同じだな。
「――!! クリシェさん右前方に!!」
「!? あれは……?」
目線を右に動かすと、砂漠の海を泳ぎながらピョンピョンと飛び跳ねる魚群が姿を現した。
「あ、あれは
進行方向と竜車の速度からしてちょうど数秒後にぶつかる……か。
「分かりました。僕が対処するので速度を落としてください」
「は、はい!」
何の障害物もなく一面に続く砂の海。
これは願っても無いシチュエーションだ。
フィリアさんの店で地層を切断して以来初めての『フルパワー』が試せる……!!
「ヨークさん……僕が合図したら目を閉じてください」
「――? は、はい……」
僕は運転席から荷台の屋根へとよじ登り、黒鞘から淡く光る剣を抜き取る。
砂埃を立ち上げながら進む砂魚はやっとこちらの存在に気がついたのか、進行方向をこちらにくるっと変更し竜巻を発生させた。
「ううううああぁぁ!!! だ、だ、大丈夫なんですかあれぇ!! こ、こっち来てますよ!」
平坦な砂漠に巻き起こる竜巻は凄まじい音を立てながら向かってくる。
「クリシェさーーん! ぶ、ぶつかりますよぉぉ!!」
ヨークさんの涙交じりの叫び声が聞こえたその瞬間。
「――目を閉じてください!」
あの日以来の上段構え。
技名とかは…………特にない。
「これが…………今の僕の『フルパワー』だ……!!」
力づくで振り下ろされた天桜流刀の斬撃は爆音と共に目の前の砂々を天高く巻き上げた。
砂魚が巻き起こした微風など物ともしない豪風。
地平線の彼方まで続くのは砂海を斬った大筋の斬跡。
もし衛星写真がこの世界にあればナスカの地上絵のようにくっきり見えることだろう。
「うわ……これは思った以上だ……。速すぎて斬撃が見えなかった」
そして巻き上がった膨大な砂達は砂の雨となって地上に降り注ぐ。
「く、クリシェさん!! 次は左です!! そ、それに右後ろからも来てます!!」
あ、今の爆音のせいで周りの魔獣達を集めちゃったのか……。
立派な牙を携えた『流砂ネズミ』や5本の角を生やした『五角サイ』など砂漠中の魔獣達がこの竜車目がけて襲い掛かってくる。
「このまま進んでください!」
「――っはあぁぁ!!」
「――ああぁ!!!
「――やぁぁぁ!!!!」
一心不乱に全方位への斬撃を打ち続ける。
「――楽しい……! 剣を振るのがこんなに楽しいのはいつぶりだろう……!」
今までは周りの民家や人々のことを考えてセーブしていた天桜流刀。
しかし砂しかないこの世界はそんなちっぽけなリミッターを吹き飛ばし、SSRランクアイテムのポテンシャルを余すとこなく思う存分ふるわせてくれた。。
「はぁはぁはぁ……。ちょっと打ちすぎたかな……」
何十発、いや何百発打ち終わった頃やっと周囲から魔獣の気配がなくなった。
「連続のフルパワーで流石に疲れたな……」
そしてそのまま荷台の屋根に座り込んだ僕だが、ふと前方に目をやると巻き上がる砂埃の先に何かが見えた。
「――あれは人影……?」
前方に見えるのは、おそらく立っているであろう二人の人間の姿。
一人は長身の細身、もう一人は……子供?
だが一向に動きの無い影に一抹の不安が過ぎる。
「も、もしかして……あの斬撃に巻き込まれた……!?」
調子に乗ってハメを外した自分を悔やんだが、今となってはもう遅い。
「ヨークさん! 前方に人影があります。僕の斬撃に巻き込まれたかもしれませんので一旦止まってください!」
「――! わ、分かりました!」
速度を落とした竜車は砂埃に浮かぶ二つの影の前に到着し、僕はすかさず荷台から飛び降りた。
「あの大丈夫ですか!? も、もし怪我とかされたなら――」
しかし声をかけた瞬間、大きい方の影が倒れた。
「!!? だ、大丈夫ですか!?」
「あ、大丈夫。このオッサンが虚弱体質の雑魚なだけだからさ」
砂埃の奥から聞こえるのは、幼げが残る男の子の声。
その数秒後、砂埃が明けた。
白衣を着た長身の男性は地面に倒れ込み、そしてそれを気だるそうに見つめる金髪の男の子の姿があった。
「い、いや、この人倒れちゃってますし……それに虚弱体質なら尚更……」
「あははは優しいねぇー。まぁどこの誰だか分かんないけど、今の僕達に嫌悪感を向けないでいてくれるのは素直に嬉しいよ」
「――それはどういう……」
すると男の子は右肩に付けられた勲受バッチを指差す。
「僕は『教王師団』の人間だ。まぁ今この国で最も嫌われちゃってる組織の一員ってことだね」
教王師団……!?
あの下衆なチビ男と同じ奴らか……。
「まぁそんなことよりさ、さっきの派手な斬撃は君のかい?」
「う、うん。僕のだけど……」
その瞬間金髪の男の子はニヤッと笑った。
「いきなりこんな事をお願いして悪いんだけど…………僕にもその斬撃を打ってくれないかい? あ、勿論本気でね」
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