第44話 人殺しにはなりたくないと思います


「な、なんなのアンタ達ィィ!!」


「うごかないで。くび。きれちゃう」


「ひっっ!!」


 動揺が隠せないフェルトの額からは油ぎった汗が滲みでる。


「そうだぞおチビちゃん。貴様の命は薄氷の上だというのを忘れるな。それに我はそこのお人好しと違って敵に情けは掛けたりせんぞー?」


 すると男は両手を高く上げ降参の意思を示した。


「わ、分かったワァ! 今日のところは帰るからそれでいいでショ!?」


「ふっ……『いいでしょ』だと? 貴様まだ状況が理解出来ていないのか……。をメチャクチャにしたのは貴様であろう……?」


 語気が冷たくなったノアさんはナイフをさらに深くに突き立てる。


「あっぁぁ……」


 喉仏から微かに流れ出てくる血液とジリジリと抉る宝飾されたナイフ。


「ふ、ふん……このまま僕ちん達を相手にしているとそこのイケメン君が『人殺し』になっちゃうかもヨォ〜? ぼ、僕ちんを今すぐ解放すればそこに転がっている兵士に救護班の手当てを受けさせるけドォ〜?」


「貴様……! どこまでも腐っておるな」


 それにしてもこの後に及んで部下の命で交渉を持ちかけるとは……。


「くりしぇ。どうする」


「勿論やめましょう……さっきノアさんが言った通りトラブルは避けたいですし、あの兵士にもおそらく家族や想う人が居ます。無益な殺生ほど愚かな選択はないはずです」


「そ、そ、そうでショー!? だから早くナイフを仕舞いなさいこの田舎もんガァ!」


「っくそ……」


 そうして、交差したナイフ達はフェルトの首から離れた。


 その後、足の腱を負傷したホーンディア兵は別兵士に介抱されながら消えていった。


「村長さぁぁん? こんな事をして我ら教王師団が黙っているとお思いデェ……?」


「ふん。たかが旅人に打ちのめされるアンタらの脅しなんかもう怖くないね!」


「――!! このクソアマがぁ……」


 僕は唇を震えさせながら歩き出すフェルトを呼び止める。


「フェルトさん。次この村にちょっかいを掛けたらどうなるか……仮にも軍を率いるアナタならば理解出来ていますよね?」


 そして、黒鞘に収めた天桜流刀をそっと掲げる。


「ガキのくせに生意気ネェ……顔が良いからってあんまり調子に乗っていると痛い目をみるわヨォ……?」


 そう捨て吐きながら理不尽に村を襲ったフェルト達は姿を消した。



「でー? アンタ達一体何者なんだい……?」


「あははぁ……。ただの『熟成屋』です……」


 なんとか笑顔でごまかしたものの入国早々ホーンディア軍とトラブルを起こしてしまった事がどれだけ重大な事かジワジワと感じ始める。


「まぁまぁアンナよ。それよりも村の修繕が先だろう。あの爺さんの容態も心配だ」


 そして、村の皆が笑顔で僕達を取り囲むと、歓喜の声と拍手が湧き上がった。


『ありがとう旅の御人! あの教王師団をギャフンと言わせてくれるなんて……夢のようだよ!』

『ありがとうねぇ。私達みたいな無力な村人は暴虐に耐えることしか出来ずにアンナちゃんに負担を掛けてしまっていたからねぇ……』


「皆……」


 村人の輪は自然とアンナさんの周りを取り囲み、各々が涙を流していた。


「の、ノアさん……怒るかもしれませんが一つお願いしてもいいですか?」


「ふっ、お前のことだ。復興の支援がしたいとでも言うのだろう?」


「あははぁ……さすがですね」


「まぁ幸い『竜久祭宴』までは日程的猶予があるし、アリーの修行もある事だしな。それにヨークの竜車を飛ばせば4日間はここに留まれるはずだ」


 しれっとヨークさんの日程までコントロールしているアッサム族。

 まぁあのヨークさんなら二つ返事でYESと言うだろうし……というよりもノアさんが言わせそうだ。


「やっぱり。くりしぇ。ひとだすけ。にあう」


 そうして僕達はコクリ村の復興のため数日間この村に留まる事にした。




『――カンパーイ!!』


 朝からの土木仕事でヘトヘトになった体に響く乾杯の大音量。


 本日3回目の乾杯は1、2回目より大きなものだった。


 ガラガラだった昨日の乾杯とは打って変わって、満席となったアンナさんの店は大いに盛り上がりを見せ、まるで別の店に来たかのような感覚になるほどだった。


「ほらほらクリシェ君も食って飲んでくれよ〜? アンタらがいなかったら今頃俺達は一文なしどころか飢えてそこらへんに転がってたんだからよ!」


「そーだよー! 今日はアタシらの奢りだからたくさん食べてねぇー!」


 厨房の奥から聞こえる気前の良いアンナさんの声。


 そして頭に包帯を巻いたロヴァさんは朝の怪我の事などとうに忘れている様子。


「ぼ、ぼくまだ未成年なのでお酒はちょっと……」


「くりしぇ。のあ。おないどし。だからもう。のめるはず」


 あ、そうか。

 なんとなく地球の感覚で答えていたけどこの世界において僕は立派な成人だった。


 借金の返済で高級品のお酒を飲むなんて発想すらなかったな……。


「そうだぞクリシェ。私を見習って胃袋に流し込め」


 そう言ってジョッキを逆さにしたノアさん。

 かれこれ葡萄酒を20杯は飲んでるはずなんだけど一ミリも表情が変わっていない。


「お! ノアちゃんは良い飲みっぷりだねぇ! ほらもういっぱい」


 さすがは獣人の民アッサムと言ったところだろう……身体能力だけでなく臓器の処理機能まで人類の比ではないのか……?


 よ、よし。

 僕だって……。


「で、ではお言葉に甘えて……」


 ノアさんに渡された葡萄酒。


 ツンと来る大人な香りを感じながら、恐る恐るそれを舐めてみた。


「――あ…………れ……?」


 高鳴る高揚感、ハツラツと拍動する心臓、天地がひっくり返った歪んだ視界。


 な、なんだこれ……。

 なんだか暑い。


 それに自分の手足が遠く感じる……?



 なんだか…………ぼーっとしてきた………………。


 

 

 ポワポワ………………しゅ………………る……。



「――あひゃっっ」


『あひゃ?』


 バンッッ!!


 床と『何か』との衝撃音が店内に響いた。


「クリシェーー!! アンナ水だ! クリシェがー!!」

「えええ!? クリシェ君!?」


「こりゃ驚いたわい。真っ赤かでねーか」


「くりしぇ。まさか」



 椅子の背もたれごとそのまま後ろに倒れた僕は情けない言葉を最後に向こう5時間の記憶一切を失った。


 そう。

 僕は人類稀に見るほどに究極の『下戸』だったらしい。

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