第37話 火吹く矢をぶった斬ろうと思います


「あの山脈を超えたところに国境があるはずです。日没までにホーンディアへの入国は済ませたいですね」


「そうだな。コルヴァニシュの衛兵どもがこちらに到着する前には入国の手続きを済ませておきたいものだ」


 白い砂浜を踏み締めるように歩みを進める。

 現在の時刻はおそらく3時を回ったところだろう。


 そして、目的の国境まではおよそ13キロほどの距離が離れている。


「くりしぇ。のあ。ともだち?」


 前を歩く僕と最後尾のノアさんに挟まれながら歩くアリーが質問する。


「うん。この人は偉い人の娘さんであって、僕ともうもう一人の友達のことを助けてくれた恩人なんだ」


「もうひとり?」


「断固とした夢を持った立派な女性だよ。僕はその人の手伝いをしている時にノアさんに出会ったんだ。アリーもいつか会えるかもしれないね」


「うん。アリーも。そのひと。あいたい」


 今頃スカイは何をしているんだろうか……。


 薬医になって世界を放浪しているのか。

 それともどこかの街か都市で研修医として働いているのかな。


「この向こうに……」


 僕はどこまでも続く輝く海を眺めながら、この世界のどこかで人を救うため頑張っている彼女の顔を思い浮かべる。


 海岸に沿って歩き続けること1時間が経過した頃、国境に続く山の麓にようやく辿り着いた。


「はぁーー。やはり獣化での全力疾走した後の運動は体に堪えるな……この我であっても体力が……」


 木の影に腰を下ろし登山前の休憩を挟む僕達だったが、魔獣化し僕ら二人を背に乗せて全力疾走したノアさんは勿論のこと、魔獣化に慣れていないアリーも体が重そうだ。


「少しずつ休憩を挟みながら進みましょう。日暮れまでおよそ3時間もあるので休みながらでも時間内に国境へとたどり着けるはずです」


 重い体をなんとか持ち上げてくれた二人の後ろをついていく。


 登山と言ってもシダレの森のような鬱蒼と草木が生え乱れているような山道ではなく、しっかりと整備された街道と、それを覆うように生える青い陽樹が山のテッペンまで続いていた。


 そした僕達は息を切らしながらも黙々と頂上を目指して登っていく。


「くりしぇ。おなか。すいた」


「わ、我もぉ……。コロッケとやらだけでは腹に貯まるはずもないぞぉー……」


「そ、それは僕も同じですが……おそらくはホーンディアに入るまでは食料が買える場所はないと思いますよ」


「そ、そんなぁぁーー……」


 という事はここから3時間以上は、何も飲まず食わずで歩いていくしかないという事。


 そしてその事実を渋々受け止めた二人は、更に重々しそうに体を前へと押し進めていく。


 しかし、黙々と先頭で登っていたはずのノアさんはいきなり歩みを止めると、右手を横にあげながら僕達へストップの意志を見せる。


「ノアさん? どうかしましたか?」


「しーー。気をつけろ……何かおかしい……」


 ノアさんの警告を聞いたアリーはナイフを、そして最後尾の僕は腰に携えた天桜流刀てんおうるとうに手を伸ばし辺りを見回す。


「たしかに。


「匂い? アリーも感じるの?」


「うん。それと。あしおと。ふたつ」


 さすがはアッサムの血を受け継いだアリー、ノアさん同様何者かの気配に気がついているのか?


 常人である僕にはさっぱり感じない危機が迫っているのだろうか……。



「――!! 二人とも伏せろ!! 前だ!」



『――焼き射抜け「炎装一矢えんそういっし」』



 突然の号令になんとか反応出来た僕の体は、アリーの小さな体に覆いかぶさるように地面へと倒れ込む。



 シュン――!! 


 倒れ込む瞬間風を切り裂く鋭い音と火花を散らした赤い矢先が体の上ギリギリを通り抜けていくのが見えた。


 距離にしておそらく10センチほどの近さを通り抜けた炎の矢。


 なんだ!? 

 衛兵が追いついてきた……?


 いや……休憩の時間を考慮してもそれは考えづらい。


 20分以上はノアさんの全力疾走に乗っていたし、そもそも僕達がホーンディアに向かっている事が察知されるとは思えない。


 でもだとしたら……?


 しかし、伏せた体を起き上がらせ前方を見ても人影はなかった。


「あの矢はどこから……?」


「あのや。。まがって。きた」


 地面からモゾモゾと起き上がってきたアリーは矢が放たれたであろう場所を指し示す。


「あそこから。でも。ひがついたの。


 さっきの声はあそこから聞こえたのか……?


 そしてこの時、僕はアリーに備わる尋常じゃない動体認識スキルに驚きを隠せなかった。


 先頭で矢を察知したノアさんがしゃがんでから僕がアリーを地面に押し倒すまでのコンマ数秒の間。

 前方の視界が開けた一瞬で、矢の出どころと矢先が発火した瞬間を視認したってのか。


『へぇえーーー! 面白いなこのガキ! アチシの『炎装一矢えんそういっし』のカラクリがすぐバレちまうなんてよぉー!』


 アリーの言葉通り、右手奥から聞こえる女のガラガラ声。


『そこの男が持ってる超高ランクアイテムってやつに興味があったんだがなぁー』


 ガラガラと響く謎の声はまるで僕の天桜流刀てんおうるとうのことを知っているかのような口ぶり。


『でもこのままそいつを見ねぇーまま任務に戻るってのも面白くねぇーなぁ――』



 ――スンスン


「……クリシェ後ろだ!! 全開で切り抜け!!」


「――はい!!」


 ノアさんの叫びに反応した右手は黒鞘から抜き出した愛刀をそのまま全力で振り抜き上げる。


 振り向き様に放たれた空気の斬撃は、矢先にこびり付いた小火など一瞬でかき消す。


 さらに疾い矢を粉々に破壊したフルパワーの斬撃は、轟音と豪風を巻き起こしながら山の木々達を薙ぎ払っていった。



「さ、さすがだな……何度見ても恐ろしい刀だ……」


「す、すごい……あのとき。ぜんぜん。てかげん。してた」


 吹き荒れる乱気流はフィリナさんの武具店で出したパワーを遥かに超える威力で山を駆け降りていく。



『あはっ!! ……ああはははぁ!!! なんだよそれぇ!! そんな威力反則だってのーー! でもまぁー……あのアーシェが『聖姫旅団エルラン』に警戒させた意味が分かったぜ……』


「――!! 『聖姫旅団エルラン』だと……?」


 日の当たらない森の中で高笑いする謎の女が溢した組織名に聞き覚えがあった。


 スカイの『感覚阻害ジャミング』を欲した諜報のプロ集団。


 あの時彼女のお父さんであるラックさんが折れていなければ、今頃スカイは薬医の道を諦めて『聖姫旅団エルラン』に入隊していた事だろう。



『――貴様ローデンナイン!! あれほど個人行動は止せと言われておったであろうが!』


 またも暗闇から聞こえる女性の声。


『隊長はあくまで発見次第追跡を命令されたのだ! それが貴様の独断で全てパーだぞ!! 衛兵の雑魚共もこちらに向かっておる!』


 さっきの弓使いとは全く逆で誠実で実直な声質を持った女は、ローデンナインとか言う女に腹を立てている様子だった。


『あーあー。これだから内地育ちの嬢様はぁー。頭が固くて吐き気がすんぜ』


 暗闇での仲間割れに取り残される僕達はじっと木々を眺める事しか出来なかった。


「な、なんなんだ……? もしかして衛兵の援軍まで引き連れてるんじゃ……?」


「それ。ない。におい。このふたつ」


「アリーの言う通りだ。コイツらの他に匂いは無いし足音も聞こえん」




『んじゃーな! 馬鹿力のクソガキと黒犬ちゃんよぉー! ノリの悪りぃー雑魚共が来ちまったからまた今度あそぼーやぁ!!』


「――! 消えた……!? それも凄い速度で匂いが遠ざかっていく……アイツらは何者なんだ?」


 おそらくは諜報機関の『聖姫旅団エルラン』で間違い無いだろう。


 彼女らは周辺各国の国境沿いでのパトロールも主な仕事だと聞く……だが先ほどの口ぶりに違和感があった。


 なぜ同じ聖団に所属している衛兵をまるで敵であるかのように発言した……?


 だがこれだけの情報で答えなど導き出せるわけもないので、僕は一旦頭を切り替える。


「コルヴァニシュのエリート諜報部隊だと思います。奴等は戦闘面は勿論裏工作や諜報活動に長けた者達です」


「――ふむ。先ほどの騒ぎで我らを嗅ぎつけたのだろうか……先ほどの火矢と言い逃げ足と言い相当な腕持ち主であるな……」


「はい……しかし奴らや衛兵もホーンディア領土内にまでは侵入できないはずです。先を急ぎましょう」


 国境まであと数キロに迫った中で『聖姫旅団エルラン』との接触した僕とアリー達は重い体に最後の鞭を打ち、最大限の警戒をしつつ慎重に歩みを進めた。

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