第34話 大組織【月曜日:Monday】

 小鳥遊さんはもうこの出版ゲームなんてどうでもいいのかもしれない。

 比留間勇の話を元に小鳥遊さんがフィクションのスポーツ小説でも書けばその時点で売れることはほぼ確定だ。


 このゲームに参加しなくても明るい未来が待っている。

 小鳥遊さんもああ見えて頭の切り替えが早い。


 瞬時に判断して出した答えがそれだとしたら、けっこうな策略家なのかもしれない。

 宮野さんが小さく手をあげて話に割って入るよというようなジェスチャーをした。


 「比留間くん。001番さん、あらめて比留間くんと呼んでもいいかな?」


 「ええ、どうぞ。えっと宮野さんでしたよね? 顔バレしたんでもう隠すこともないですけど。僕も宮野さんと呼ばせていただきますけどいいですか?」


 「うん。僕のほうもどうぞ。その話題昨日も出たんだけどSIMカードはおそらく全員のスマホから抜かれてる」

 

 「やっぱり」


 比留間翔はタオルで顔を隠していたときとは正反対ですごく社交的だった。

 周囲の人とコミュニケーションをとるのがうまい。

 比留間勇と同じ涼しげなイケメンなのに人は見かけによらない。


 ああ、これ何度目の感想だ。

 比留間勇は寡黙だから比留間翔に対して余計そうかんじたのかもしれない。

 というか俺はここにいる全員に対してそう思ってきた気がする。


 「宮野さん。送られてきたあの封筒って料金後納郵便だったはずなんですけど覚えてますか?」


 「うん。覚えてるよ。料金後納郵便なんだからあの封筒は大量に送られたことを意味してるね」


 「というと?」


 「料金後納郵便っていうのは審査があるから。条件は郵便物や荷物を毎月五十以上出すこと。それと事前に郵便局の承認も必要。あとは一ヵ月に利用する料金の概算額の二倍の担保を提出しなきゃいけない」


 「なるほど。料金後納郵便を送るってのはあるていど大きな企業じゃないとできないってことですね?」


 「そういうこと」


 宮野さんと比留間翔の会話をきいてても宮野さんってやっぱりすげーな。

 あの封筒でここまで情報がわかるなんて。


 料金後納郵便ってただ毎回毎回料金を払うのが大変だからあとでまとめて払いますって意味の郵便だと思ってた。

 ふたりの会話どおりだとすると「総合出版社財団」は俺の思ったとおりそうとう大きな会社だ。


 「じゃあ僕らに封筒を送ってきた総合出版社財団っていうのはかなり大きな組織ってことですか?」


 「うん。大きいのは間違いなと思うよ。ただ単純な企業や組織とも違うはず」


 「どういうことですか?」


 「財団だからね。出版社はあくまで協賛企業で運営はべつの組織がやってると思う。ある目的のためにいくつかの会社が資金を持ち寄ってるんじゃないかな」


 「ああ、なるほど。例えばあるひとつのコンテンツに対して最初から出版社、音楽会社、映画会社、アパレル会社なんかが名を連ね製作委員会システムでメディアミックスしていくようなことですね?」


 「比留間くん。それ良い例え。僕が応募してきた公募履歴の一覧があったんだけど。いろんな出版社のものがひとつにまとめられてた」


 「俺もそうでした。SFの小説賞って国内にはほとんどないんですけどね。それでも一覧になってましたから。あっ、でもそうなるとそれらの会社が僕らの応募履歴の情報を渡してるってことですよね?」


 「僕は出版社が故意に漏らすとは思えない。そんなことをしたら後々めんどうなになるから」


 「ですよね。なら様々な出版社に出入りできる人間がPCにウィルスをしかけたとか。人工知能とウィスルが融合した新型の自立ウィルスが各出版社のサーバーに侵入してとか。ああ、なんかつぎつぎネタが浮かんできますね」


 比留間翔は無邪気に笑っている。

 小説で良い案が浮かんだときってああなるのは理解できる。

 それにSF小説家志望ならITやPCにも詳しいんだろう。


 「でも僕はひとつそこで気づいた点があるんだ」


 み、宮野さん。

 またなにかに気づいてるんですか?


 「なんですか?」


 「有名な推理作家が地方の地域と組んでやってる新人賞の応募履歴が抜けていた。僕はそれにも応募したことがある。だからすべての小説の賞がこのゲームに関係してるわけじゃない」

 

 そういう賞もあるよな。

 著名作家が自分の出身地の自治体と組んでやってる賞。

 本は大手出版社が出してくれる。

 でも宮野さんそこまで分析してるとはさすがだ。


 俺なんて過去に送った賞が一覧になってて、ただ、すげーなって喜んでただけ。

 なんという実力差。


 「ああ、じゃあ、すべての出版社が絡んでるわけじゃないっていうことですか?」


 「僕はそう思ってる。公募の原稿を共通で管理できるってことは、やっぱりでかい

出版社が絡んでることは間違いなさそうだけど」


 「宮野さん。それらの出版社からデータを盗れる人物を推理するならどんな人を思い浮かべますか?」


 比留間翔が前めりで訊きだそうとしている。


 「シンプルに様々な出版社の原稿を一括で預かれる人物か、な」


 「そんな人いますか? それともなぞなぞですか?」


 あっ!? 

 俺はすぐにピンときてしまった。


 「宮野さん。横からすみません。俺わかりました」


 「おっ、諸星くん。じゃあきみ考えは?」


 「編集プロの人」


 宮野さんの表情を見て俺の考えが正解だったとすぐにわかった。


 「……ただ僕は様々な出版社の原稿と接点のある人ってことでそう言っただけだから。だから編プロの人がやったとは断定してないけどね」


 なんだろう。

 宮野さんに褒められると、自分が認められた気がする。

 この人に評価されたいと思ってしまう。


 「なるほど。編プロか」


 比留間翔は何度も何度もうなずき感心している。


 「たしかにいろんな出版社と接点はある。そこにあるPCになんらかの方法で俺が考えたようなウィルスを感染させれば外部サーバーにデータを送ることも簡単にできる。宮野さんと話してると切磋琢磨できていいです」


 「僕も比留間くんのITの知識は助かるよ。現代社会じゃもうデジタルは必須だからね」


 「お褒めいただきありがとうございます。あっ、そうそう、デジタル社会といえば」


 比留間翔はまるで新作発表会のようにスマートウォッチをかかげた。


 「これってCPUを変えて処理速度も速くしてあるしモニターとブルートゥースの自動連係設定とかあるので総合出版社財団のオリジナル製品だと思います」


 比留間翔はやっぱりIT系に詳しい。

 そして俺らへの情報提供もありがたいし。

 このスマートウォッチ総合出版社財団のオリジナル製品の可能性が高いのか。

 こんなデザインのスマートウォッチは見たことがないと思った俺の感想は正しかった。

 

 「アメリカ大手のIT会社の求人広告って道路脇の看板なんかにまぎれてたりするの知ってますか?」


 比留間翔のそのはなしはなにかの雑学で耳にしたことがあった。


 「その話は耳にしたことはあるね。その看板を見て応募してくるかが一次試験になるとかならないとか」


 「そうそれです」


 「まあ、このスマートウォッチはそこまでの大企業が作ったわけじゃないだろうけどかなりカスタマイズはされてますね。ボイスレコーダーが内蔵されてるのも発見しましたし。ブックマン言ってた隠し機能のひとつ・・・でしょうね」


 あっ!? ボイスレコーダー。

 やっぱりあの「REC」はボイスレコーダーだったんだ。

 

 「ほんと?」


 「ええ」


 「じゃあ日常の記録を残すのに便利だね」


 宮野さんと比留間翔は相性がいいみたいだ。

 このふたりがいればすべてが良い方向に進む気がしてきた。

 ボイスレコーダーか。

 それはいいことを聞いた声で日記がつけられる。

 でも、あの「REC」画面にどうやって移動するんだろ? 宮野さんと比留間翔は意気投合したみたいで、さらに仲良さげに話をしている。

 

 

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