第4話 招待状①

 うちの店は朝六時から十四時までが昼勤、十四時から二十二時までが前夜勤、二十二時から朝六時までが夜勤ときっちり八時間シフトに分かれている。


 きれいに三つに分かれてはいるけど昼勤、前夜勤、夜勤帯のなかで数時間だけ働いている人もいる。

 わりと融通が利くシフト体制で俺も助かっている。

 今日の俺のシフトは昼勤であれからもシャーデンフロイデを五回ほど聴いた。


 いまは仕事を終え聴きたい曲を聴きながら家に帰っている途中だ。

 俺の家は職場のコンビニから徒歩で約十五分の距離にある。


 ワンショルダーリュックを揺らし音楽を聴きながらのんびり歩いて帰る。

 ランダムに流れるサブスクの曲とは違って自分の聴きたい音楽だけを入れてるからハズレがない。

 昼というには少し遅くて夕方というには少し早い時間帯。

 小学生の高学年よりも早い帰宅時間だ。

 

 片耳のイヤフォンをはずして玄関前の「諸星健」のポストを開くと、いつものように宅配ピザや英語教室の生徒募集ほかもろもろのDMが溜まっていた。

 一日でこの量だ。

 ピザなんて中三日のローテーションで投函してくる。

 バイトの俺がそうそうピザなんて食べられませんよ。


 「L」が三千円、「M」が二千円、「S」が千二百円。

 日本のピザはそうとう高いらしいことをきいたことがある。

 うちのコンビニにも本格窯焼きピザを謳った商品は置いてあるけどここまで高くはない。

 うちのピザでいうならそれぞれの税抜き価格が「L」二千円、「M」千五百円、「S」九百円。

 いくら俺ら一般小売業がレジで環境に配慮しててもこんなにチラシで紙を無駄使いしてたら地球にとってプラマイゼロだろう。

 

 ん? なんだろ? ポストの奥に一通の白い封筒があった。

 なんだこれ? 俺はDMをかき分けてその封筒を手にとる。

 ばたんとポストの蓋がしまる。

 封筒はA四くらいの大きさで表には俺の郵便番号と住所と俺の名前が書いてある。

 いや正確には印刷されていた。


 封筒の右上には「料金後納郵便」という印字があって、ここだけ俺の宛名とは別フォントだった。

 封筒の裏面は「総合出版社財団」とだけスタンプが捺してある。

 他には郵便番号も住所も電話番号も見当たらない。


 そうごうしゅっぱんしゃざいだん?


 公募で返ってくる結果なんてあったかな? 最近はもっぱらネット経由でしか応募してない。

 出版社だってほとんどがネットから応募してねってスタンスだし。

 ネット経由で応募した公募の場合は結果もメールのような電子ツールで返ってくるのが一般的だ。


 ひとむかし前は「20文字×20行」で「400字詰めの原稿用紙」に設定した原稿を

プリントアウトし、別紙にも必要事項と梗概シノプシスを印刷、同封し郵便窓口まで持参していた。


 封筒の表面の左下には赤字で「折り曲げ禁止」と書き郵便窓口では特定記録や簡易書留のオプションをつける。

 遠足は家に着くまでが遠足といわれるように公募も出版社に原稿が着いてこそはじめてエントリーしたといえる。


 原稿を追跡し「お届け先にお届け済み」のメッセージを確認してようやく一安心だ。

 いまや、紙の原稿のほうが煙たがれるなんて時代の趨勢だな。


 半年ほど前まで遡って思い返してみても結果が返ってくるような公募の賞に原稿を送った記憶はない。

 哀しいけど心当たりのある賞はすべてネットで結果を確認している。

 小説用お祈りメールまでもらっていた。


 なかには選評をPDFで添付してくれたり、IDとパスワードを付与もらい出版社のサイトから直接ダウンロードして選評を確認するなんてパターンもあった。


 この封筒って新手の自費出版の勧誘か? 封筒を開いて中身の確認を、と思ったけどこの糊がぴったりついてるタイプの封筒だと屋外そとでの開けるのはなかなか大変だ。

 封筒とDMを束にして掴み玄関の鍵穴に鍵を差す。


 鍵穴から相変わらず古臭いかしゃっという音がした。

 音を合図にドアを開く。

 小さな三和土たたきで靴を脱ぎわずかな段差を越えて部屋にあがる。


 みすぼらしいワンルームの座卓の上にDMを放り投げた。

 大事な封筒だけは薬指と中指で挟んだままでいる。

 ベットの前にワンショルダーリュックを置き、ポケットからスマホをだしてイヤフォンと一緒に座卓に置く。

 絡まったイヤフォンを目下に俺はそのまましゃがんでベッドを背もたれにして封筒を自分の目の前で掲げてみた。

 なにが入ってるのかわからない。

 封筒は中が透けるような紙質じゃなくてしっかりとした厚みのある材質の紙だった。

 コンビニにある辞書よりも分厚いコミックで使われてる紙とは大違いだ。


 封筒をかさかさ振って封筒の中身を下に移動させる。

 ハサミが見当たらないから封筒の上数ミリのところを指先で真横に破いていく。

 すこし波型になった封筒の切れ目を見ながら封筒の切れ端をベットの横のごみ箱に放り投げた。

 

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