第40話 即死 【水曜日:Wednesday】

 部屋に戻ってもまだ心臓がドクドクしている。

 いや、独りになったからこそそれが自覚できた。

 俺は深夜にスマートウォッチで目を覚ましてからずっとこの状態だったんだ。


 興奮を鎮めるためにキッチンの蛇口をひねりそのまま冷水で顔を洗う。

 勢いでシャワーにでも入ろうと思ったけど、三木元さんのことが頭に浮かんできて風呂場に近づくことにさえ恐怖を覚えた。

 

 入浴剤……。

 なんとなく小鳥遊さんとの宮野さんの会話で宮野さんが入浴剤に凝っていたことを思い出した。

 でもあんな入浴剤なんてどこにでも売ってるしECサイトでも簡単に買える。


 こういう気持ちも忘れないように声で記録しておくんだ。

 俺はスマートウォッチの液晶画面を長押しした。



 あれが現実だったのかもわからない。

 そのまま一睡もできずに朝を迎えた。

 ただそのぶん俺はスマートウォッチに向かって気持ちを吐き出していた。

 ともにまた湧き上がってくる恐怖。

 よくテレビで見る犯人逃走の舞台が自分の住んでいる町で起こったような気分だ。


 誰がいったい比留間翔と三木元さんを殺したのか? 果物ナイフが刺さってたんだから誰かがやったことだ。

 すくなくとも支給品のなかに果物ナイフはなかった。

 あの果物ナイフもECサイトで買ったものだろう。


 このままずっと部屋に引きこもっていることもできない。

 今日を入れてあと四日の生活がある荷物をとりにエレベーターまで行かなきゃいけない。

 でも今日の荷物はなきゃないでなんとかなるけど。


 でも俺はそんな思いと裏腹に大広間にいく用意をしている。

 なんとなく音を立てないように鍵をかけて扉をしめた。

 この心理は、音を立てると殺人犯に見つかるかもしれないということだと思う。


 恐る恐る大広間に向かう。

 なぜ俺は大広間にいくのか、それはこれから先の情報がないのが怖かったからだ。

 いけばたしかに犯人がいるかもしれない、と、同時にこれからの危機回避に有利な情報を逃してしまうかもしれないという不安があった。


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「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」「M」

「N」「O」「P」「Q」「R」「S」「T」「U」「V」「W」「X」「Y」「Z」


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 朝を迎えてもアルファベットはそのままだ。

 水曜日なら「W」が消える法則なのに昨夜と同じで「W」は消えてない。

 やっぱり時差でアルファベットが消えるかもしれないっていうのは関係ないかかったそもそもこのアルファベットになんの意味もないのかもしれない。


 深夜の出来事で俺たちはべつの世界に迷い込んでしまった。

 身構える俺がいた。

 エレベーターの前でもみんな無口だ。

 俺は含めた六人はどことなくそれぞれが安全を保てるような距離をとっている。

 そう、ここに殺人犯がいるかもしれないから。


 えっ!? みんなから声が漏れた。

 左右にエレベーターのドアが開くとカートは六台しかなかった。

 

 「001」「004」のカートがない。

 死んだ者のカートはもう二度と置かれることはないのか。

 

 それもそうか。

 誰も荷物をとりにこないんだから。

 これで本当に比留間翔と三木元さんの死を実感する。

 本物の死を突きつけられたようだ。

 カートが八台があっても肘すらぶつからないこのエレベーターなのになおさら広くかんじた。


 それぞれとぼとぼとカートを押していく。

 俺がエレベーターから「002」のカートを押し出したときだった。

 突然、叫び声があがった。

 こ、今度はなんなんだ? ただごとじゃない声。

 また心臓がドクドクいいはじめた。


 えっ!? か、門倉さんの体から火花が飛び散っていて全身を痙攣させている。

 手や足の先からも白い煙が立っていた。


 門倉さんの野太い叫び声が途絶えたのと、門倉さんの命が途絶えたのは同時だったんだろう。

 門倉さんがバタンと鈍い音を立てて倒れた。

 門倉さんは小柄だけど大人がそのまま床に向かって倒れる音は破裂音に近い。


 俺は恐れよりも門倉さんになにが起こったの知りたい欲求が勝ち門倉さんに近寄っていた。

 門倉さんは真っ黒コゲになって横たわっていた。

 

 体からはまだ白い煙が出ている。

 肉の焼けるニオイがしていて吐き気を催す。

 門倉さんはミイラにコールタールを塗って乾燥させたような表情をしていて、もう人ではなかった。


 そこにただ人を象ったの大きな木炭がある。

 な、なにがおこったんだよ、これ? 宮野さんも素早く駆け寄ってきた。


 「ハチゴーニ」


 数字? なにかの暗号か?

 宮野さんが言った数字がなにを示しているのかわからない。

 

 「おい。ブックマン運営がこんなことしてもいいのかよ!? ほんとは俺をのぞく四人のなかに運営のスパイがいるんだろ? あのじいさんと比留間翔を殺ったのもおまえらなんだろ!」


 権藤さんが大きく手を振り回しながらモニター向かって喚き散らしていた。

 いま、それほどのことがおこったんだ。



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しばらくお待ちください。



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 ――いいえ。


 モニターのなかにこの現状とは似合わない書籍ほんをモチーフにした無機質なマスコットキャラが現れた。


 ――運営は参加者の生き死にいっさい関与いたしません。それは急病人への対応でご理解いただいたはずですが? 当然スパイなんてものをそちらに送り込んでもいません。


 「それとこれとは別だろ!」


 ――いいえ。三木元さんと比留間さんの件に関しましてもこちらはいっさい危害を加えていませんよ。


 「じゃあなんなんだよ。門倉さんのこれ!? こんなこと自然に起こるわけねーだろ! こんな密閉空間なのに雷でも落ちたってのか? それとも人体発火現象か?」


 ――少々おまちください。


 ブックマンの声が遠くなっていく。


 ――えーと。門倉さんの件は特殊事例でして。


 またブックマンの音量が元に戻った。


 ――それについてはこちらで説明する義務があると判断いたしましたので説明させていだだきます。早い話が門倉さんが出版ポイント使いすぎたためにおこったイレギュラーな現象です。


 「はっ!? なんだそれ? 答えになってねーだろ!」


 ――門倉さんは昨夜、分配ポイントが付与されたあとに追加注文を行いました。そのあとに提携先のECサイトがメンテナンスがはじまりました。門倉さんはその時点ですでにゼロポイントを下回っていたのですが5%のキャッシュバックポイントと半額換金キャンペーンの商品を購入していたためポイント付与の結果を待つ状態となっておりました。場合によってはキャッシュバックポイントによって0を上回りギリギリの生存のチャンスがあったのです。


 「あん?」


 あー!? そういうことか。

 昨日は火曜日で日付が変わって今日は水曜日。


――結局のところECサイトのメンテナンス終了後にキャッシュバックされても門倉さんの総ポイントはゼロを下回っていましたのでスマートウォッチの自爆スイッチが作動したしだです。これも最初に言ったはずです。ゼロを下回ると死ぬと。


 店長が俺にいってたうちのコンビニのECサイトのメンテナンス。

 火曜日深夜からはじまり終了時刻は暫定的で延長する可能性もある。

 だからブックマンの言ったとおりシステムが一部止まることはありえたんだ。

 深夜からのメンテナンスなんてネットショッピングやネット銀行なんかでもよくあること。


 門倉さんって俺が知ってるだけでも本格窯焼きピザやオードブルで数千ポイントを使っていた。

 電池を買ったときもコンビニの相場をわかっていなかった。

 そう金銭に無頓着な人だった。


 俺とは金銭感覚が決定的に違っていた。

 俺が知らないだけでダンボールの中身はもっと豪華な食べ物が入っていたのかもしれない。


 あのECサイトだったらほとんどの物を買うことができる。

 買ったのは食べ物だけじゃないかもしれない。

 いまさっきECサイトのメンテナンスが終わり、ポイントが整理されて門倉さんは死んだ。

 辻褄は合う。


 でも最初の雰囲気ならこれはただの出版ゲームだったはず。

 門倉さんも自身もこのゲームの生き死について侮っていたかもしれない。

 そんな俺だってこんなことになるなんってことは思いもしなかった。


 手軽に買い物をしてしまう人がただ門倉さんだっただけ。

 思慮深い宮野さんなら絶対にしないだろう。


 ――なお、ゼロ下回ったうえでの脱落ですのでみなさんへの分配ポイントはありません。あしからず。システム上ゼロを下回った時点で生存ポイントの配布がストップした仮死状態となっています。


 「そんな話。信じられるかよ。あとだしじゃねーか?」


 「権藤さん。ブックマンの話は本当です」


 「なんだよ。諸星? そうか。おまえが運営のスパイだったのか? おまえがあのじいさんと比留間を殺ったのか?」


 「いいえ。違いますよ。権藤さん落ち着いてください」


 「こんな状況で落ち着けるかよ」


 「俺はコンビニバイトのワナビーなんですけど。そのときに店長がECサイトのメンテナンスの話をしていたからこれは事実なんです」


 「権藤さん。僕らが使っているシステムは運営側が提携しているコンビニだって最初ブックマンが言っていた。だとすれば当然ECサイトのメンテナンスだって連動しているはず。なら、諸星くんの言うとおりでブックマンを含む運営になんの落ち度もないはず」


 「ちっ。まあ宮野さんにそう言われちゃしゃーねーな。説得力が違うんだよな」


 たしかに俺の言うことと宮野さんの言うことでは天と地の差がある。

 逆の立場だったら俺もそう思うはずだ。 


 「でもあんたもブックマンのことを信頼できない語り手って言ってたよな? それはいまも同じか?」


 「はい。ただ不信の度合いは弱まりましたけどね」


 「なんだそれ? 逆に信用できるってことかよ?」


 「すくなくとも今回・・はそのとおりだなって思ったってことですよ」


 門倉さんのポイントが0を下回って俺たちにポイントが分配されないってことは、本当なら門倉さん昨日のうちに死んでんたかもしれないんだ。

 

 ――ご理解いただけたようで。それでは失礼しまーす!


 「な、なんで優奈がこんなことに巻き込まれなきゃいけないの」


 小鳥遊さんの言うことももっともだ。

 小鳥遊さんは顔面蒼白になっていまにも泣きそうになっていた。

 昨日の時点でもう体調が悪そうだったけど。


 銃弾やボーガンが飛び交っているわけじゃないけど出版ゲームを隠れ蓑にしたゆるやかなデスゲームがはじまっていた。


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