第41話 紫の煙【水曜日:Wednesday】

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しばらくお待ちください。



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 ブックマンが去って静かになったモニター。

 大広間全体この静けさが余計に恐怖をさそう。


 「くそっ! こんなことなら乗るんじゃなかった」


 「権藤さん。乗るんじゃなかったってなにか知ってるってことですよね? そろそろ話しくれませんか。知ってること? 権藤さんって呼べばいいのかな、それともあっち・・・で呼べばいいのかな?」


 宮野さんの顔が一瞬だけ引き攣ったように見えたのは気のせいか?


 「なんのことだよ?」


 「まあ、いろいろと隠したいのはわかるんですけどね。場合が場合ですし。辻堂つじどうカナタさん」


 宮野さんがいま言ったことってどういうこと? 権藤さんのあの免許って偽造免許証? 権藤保って偽名なのか?


 「おまえ・・・どこでその名前を」


 「あなたが隠したかったのは本名・・じゃないですよね?」


 じゃあやっぱりあの免許証は本物か。


 「ここにいる人たちにも教えてあげたらどうですか?」


 「なんのことだよ」


 「権藤さんのペンネームですよ」


 「ペンネームって俺にはそんなものはない」


 権藤さんが言い終わる前に宮野さんが意味のわからないことを言った。

 紫の煙は”すいよう”だとかなんとか? 水曜っていったのか? 水曜って水曜日のこと? 水曜日は Wednesdayウェンズデーで、頭文字は「W」、モニターのアルファベットとなにか関係があるのか? 


 「なんだよ。おまえタイトルまで知ってるのか?」


 タイトル?


 「ええ」


 「わかったよ。俺はコラムライターの権藤保。いや、むかしはノンフィクション作家でそのときのペンネームが辻堂カナタだったんだよ」


 ご、権藤さんて作家だったのか? 驚いたー!

 宮野さんに追い詰められて権藤さんは観念したようだった。

 

 「紫の煙は水溶式ってある社会問題をテーマに書いた本ですよね?」


 「ああ」


 「本名とペンネームを紐づけられることを警戒したから本名を伏せて番号にしたわけですか?」


 「なんでもお見通しだな宮野さん・・・・。んで、なんであんたは俺ペンネームまで知ってるんだ? 俺は過去に一作だけ出して終わった作家だ」


 「僕もね編集部に呼ばれるくらいのところまではいってたんですよ。でもそのときの担当が僕の原稿にあれこれイチャモンつけてきて。ああ、こいつ・・・じゃだめだって思ったんですよ。なんにもわかってないなって」


 宮野さんがここにきてはじめて敵意をむき出しにした。

 人格が豹変してる。

 宮野さんも悔しい思いをしてきたんだな。


 それだけ小説に賭けてきたんだ。

 それに引き換え俺は宮野さんくらいの情熱はあったのか? 心が揺らぐ。

 自分のことがわからなくなってくる。


 「そのときに一度、見かけたことがあったんですよ。もっともそれを思い出したのは昨日、僕が日中風呂に入りながらゆったりしてるときですけど。湯舟に浸かっていると小説の良い案が浮かぶことってないですか?」


 「俺の免許を見た時点で気づいたわけじゃなかったのか?」


 「まったく気づきませんでしたよ。それで権藤さんはどんな情報を握ってるんですか?」


 権藤さんは右手の人差し指をクイクイとやって俺らに顔を近づける仕草をした。

 促されるまま俺と宮野さんは顔を寄せる。

 小鳥遊さんと弓木さんはここから離れた場所で立ちすくんでいた。


 権藤さんはもうなにも隠す素振りはなさそうだ。

 気になるのか弓木さんと小鳥遊さんも遠巻きにこっちを見ていた。

 

 話が聞き取れなかったならあとで教えてあげればいい。

 でもこの中に殺人犯がいるっていうのに俺ら五人がこの空間に密集してるのも不思議な話だな。


 逆に集団でいるから安全ってのもあるか。

 犯人がひとり紛れていても全員を相手には勝てないだろう。


 「俺が紫の煙は水溶式を出版した直後だった。これで俺の執筆活動もようやく軌道に乗ると思っていた矢先のことだ」


 「なにがあったんですか?」


 「同時期に俺はいわゆるオレオレ詐欺の取材をしてたんだよ」


 「ノンフィクション作家ですからね」


 「そんなある日、突然、紫の煙は水様式の絶版を言い渡された」


 「絶版?」


 「売上もそんなに悪くないし三刷りも視野に入ってきたときにだ。あれは煙草を題材してるからどこかの団体からクレームが入ったんだと思って目ぼしい組織を探ってみた。でもそんな動きをしてるところはなかった。むしろ幼い子どもへの吸い殻誤飲の危険性を周知させたってことで感謝されたくらいだ。俺はいまだって日に二箱は吸う愛煙家。ここにきてからだって煙草は買ってるぜ。ヤニは辞められねーからな」


 「編集者はなんて?」


 「編集長でさえわけがわからないって話だった。ただオレオレ詐欺の取材をやめろって」


 「それ本当ですか?」


 「編集長が上層部と話し合ったときの音声録音を聞かせてもらったからな」


 「編集長は権藤さんの味方だったわけですね?」


 「そうだ」


 「だとしたら。詐欺事件のほうでなにかあったと考えるが自然ですね?」


 「俺もそう思った。もしかしたら出版社の中に詐欺グループの仲間でもいるのかもしれないって疑ったくらいだ。でも俺は詐欺事件に関してはそこまで綿密に取材をしてないときだ。その時点でどこかから圧力がかかるようなネタも持ってない」


 「どういうことなんでしょうね?」


 「ただひとつ思い当たることがある。それはある日突然、現れてすぐに消える即席の事務所のはなし」


 すぐに消える即席の事務所?


 「それって……」


 宮野さんは数秒なにかを考えた。


 「僕がこのゲームに参加するときにの説明会を受けた場所って数日前まで空き家だったんだ」


 「あんたもか?」


 おいおい、それって「総合出版社財団」の説明会のサテライトオフィスのことか?


 「あの、俺もです。その場所が数日前に空き家だったのかどうかはわからないけど、宮野さんと同じようにサテライトオフィスに説明を聞きにいったので」


 「ここにきたみんなもか? どうやらそれがアタリのようだな。あの事務所ってヤバい組織のだったのかもな。うそかほんとか芸能人も関与してるって話もあった」

 

 それってまさか「総合出版社財団」そのもののことか。

 比留間翔と宮野さんが料金後納郵便の件でもそうとう大きな組織が関わってるって言ってたしな。


 「俺は即席の事務所のことを軽く考えてたんだよ。だってそうだろ? 詐欺集団が詐欺ことをやらかすならどこか人目につかないマンションやアパートの一室だろ? なのに人目についてすぐ消える事務所でどんな詐欺を働くっていうんだ。人の通りの多い場所に事務所を置くなんておかしいだろ」


 「衆人環視の場所に簡易事務所を作るのは僕らのように訪ねてくる人を警戒させないためでしょうね。拓かれた場所にあるからこそ人は警戒しなくなる」


 「俺もそうだったと思います。人が多いからなんとなく安心して入ってしまった。そこでコーヒーを飲んで、いまのこの状況」


 「詐欺どころじゃなく。俺らのようにこうやって人知れず攫われてる人間が多いのかもしれないな」


 「じゃああそこにいた社員もグルなんでしょうか?」


 俺が編プロで働いてると思っていた「サクりん」似の受付、燕尾服の老紳士、防犯カメラを見ている人、電話の扱いを知らない人、あそこにいた社員たちを思い返した。

 

 「どうだろう。僕のときも数十人はいた」


 宮野さんも俺と似たようなシチュエーションだったのか。


 「ヤバいことをやるなら人数は少ないほうがいいに決まってる。関係ないんじゃないか。事務所の前で白いA四くらいの封筒を持った人間がうろちょろしてたって話を出版社でしたことはあったな」


 あー。

 だから権藤さん、比留間翔が比留間勇の話をしたときに表情が一変したのか? 比留間勇にもそれっぽい封筒が届いていったって話だったっけ。


 「ピンポイントでその話題かもしれません。出版社のなかに総合出版社財団に情報を上げる者がいたんじゃないでしょうか?」


 宮野さんの推理ありえる話だ。

 権藤さんが探っていたオレオレ詐欺の情報のなかに、今回の俺らのように総合出版社財団の説明会の話が混ざっていて、それを知った総合出版社財団がそれ以上探らせないように権藤さんの本を絶版にして圧力をかけた。


 「でも俺らワナビーに封筒を送ってたはずなのにどうして比留間勇なんですかね?」

 

 これが俺のいまの単純な疑問だ。


 「本当は翔くんに送るはずだったとか?」


 「ああ、双子だからか。まあ俺が知ってる情報ここまでだ。んで俺はまたワナビーに出戻ったわけさ。出版停止にされた俺の個人情報は極力伏せたかったってのが本音だよ。これで俺が知ってることはぜんぶ話したぜ」


 「双子で同じ家に住んでたんだから送付の間違いはありえると思う。それと僕にもみんなに話してないことがあるんだ」


 「宮野さんよ。ここで隠しごとはなしにしてくれよ。すでに三人も死んでるんだ。言ってくれ」


 「ええ。権藤さん。当然です。すこし話が変わるんですけど。日本で”きゅう”からはじまる苗字の人ってほとんどいないの知ってます?」


 俺と権藤さんで顔を見合わせた? ん?

 宮野さんなにを言いたいんだろう。

 俺たちは宮野さんに完全に置いてきぼりにされた。

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