第35話 本格窯焼きピザ 【月曜日:Monday】
俺が口火を切って比留間翔にボイスレコーダーのやりかたを教えてもらった。
同じようにボイスレコーダーの説明を聞きたい人は聞き、どうでもいいと思う人は聞かなかった。
ボイスレコーダーの使いかたはスマートウォッチの液晶画面を三秒以上長押しすると画面にボイスレコーダーのアイコンが出てくるから、それをタップするかそのまま長押しを継続することであの「再生」「停止」「REC」の画面になる。
「REC」で録音を開始すると下に「一時停止」と「停止」のメニューが新た表示されるということだった。
俺、あのとき考えごとしてたから知らず知らずのうちに画面をずっと押してたのか。
三木元さんはボイスレコーダーはどうでもいいほうの人で比留間翔の言葉にまったく耳を貸さなかった。
それどころかスマートウォッチに触れることもない。
もはやこのスマートウォッチに嫌悪感さえ抱いてそうだ。
比留間翔のボイスレコーダーの説明が終わるとそこで解散となってそれぞれがカートを押して部屋に戻っていく。
三木元さんはなんで早めに移動しないのかと疑問に思っていたけど弓木さんを待っていたみたいだった。
門倉さんは慌てながらこの大広間の中央でダンボールを開いている。
もう自分の家感覚ですか? この人は気を使うって心が欠けてるな。
「ひゃー! 電池ってこんなに高いんだ!? 俺っていつも百均で買うからな~」
門倉さんは注文した商品の明細を見ながら声をあげた。
俺はコンビニの電池の価格相場を知っている電池はコンビニじゃなくてもそれなりに高い。
百均で買うならそりゃ百十円で買えるでしょうけどね。
門倉さんがどんな種類の電池を買ったのかわからないけど最低でも二百円は使っている計算だ。
これを出版ptと考えるなら二百ポイント。
ブックマンにもらえるポイントが二から五ポイントなんだから単純に百倍を使ったことになる。
出版ポイントとコンビニで使うポイントが同じなのを目の当たりにすると精神的負担が大きいのがわかった。
これも運営の狙いのひとつなのかもしれない。
「ああ、そうだこれ」
門倉さんがダンボールからとりだしたのは円盤型のプラスチックの容器ふたつだった。
「これきみたちにと思ってさ。食べなよ」
えっ、マジか!?
ピザまで注文してたのか? 門倉さんは両手にピザを持ち弓木さんと小鳥遊さんにピザの容器を手渡していた。
駅前のテッシュ配りじゃないんだから。
ご機嫌取りですか? ふたりは当然、遠慮しているけど門倉さんはむりやり押しつけるように手渡していった。
弓木さんの横にいる三木元さんは嫌悪の表情を浮かべている。
権藤さんにいたっては軽蔑の目に近い。
「注文数間違えちゃったから」
いま、きみたち
間違えたなんて言い換えてもすぐにうそだとバレるのにそんなにモテたいか?
こんな場所で能天気に自分のダンボールを開いてるのは門倉さんだけだった。
ダンボールの中にはポイントに関する情報が山のようにあるのに自ら進んでなにを買ったのか披露するなんて信じられない。
当然他の人はこんなところでダンボールを開けないからなにを買ったのかわからない。
だからその人の好みもわからない。
それがまっとうな人間の感覚だろう。
なにを買ったのかわからなければそれぞれの手持ちポイントの予測もできなくなる。
相手に手の内を明かさないためにはそれが正しい判断だ。
門倉さん、無防備にもほどがある。
「うわ~。ピザもこんなに高いのか」
門倉さんは小鳥遊さんにもピザを押し付けるように手渡したあとに明細を見ながらまた目を点にしていた。
ピザだってうちのコンビニのは宅配ピザよりすこし安いくらいだ。
門倉さんはすでに数千ポイントは使ってるだろう。
単純に初期ポイントが一万でそこに昨日と今日のこの時間までの生存ポイントが三千四百。
大雑把に計算しても門倉さんの持ち点は一万三千四百ポイント。
その中でいくら使ったのかがカギになる。
俺の家のポストに入ってたピザのチラシだと「L」が三千円、「M」が二千円、「S」が千二百円だった。
うちの店のピザなら「L」で二千円、「M」が千五百円、「S」が九百円だ。
門倉さんが手に持ったときの容器の大きさから想像するとあれは本格窯焼きピザの「M」サイズだと思う。
門倉さんの見栄かもしれないけど自分のピザもちゃんとあると言っていた。
ふたつのピザの容器を手に持ち、自分のピザも注文しているとすると最低でも「M」のピザをふたつ、「S」「M」「L」のどれかのピザをひとつ。
それだけでも最低三千九百ポイントは使ってるはず。
そこに電池で二百ポイントか。
計、四千百ポイント。
このかんじだとダンボールにはまだまだ注文した商品が入っていそうだ。
門倉さんちょっと使いすぎなんじゃないか?
宮野さんと比留間翔は門倉さんのことなんて目に入っていなようで比留間翔が「007」の宮野さんの部屋に遊びにいく約束までしていた。
よっぽど意気投合したんだな。
ふたりの会話のレベルも高そうだ。
※
カートを押し部屋の中でダンボールを開く。
ダンボール箱の底に同じダンボール素材作られた小さな枠組みでミルクティーが固定されていた。
ぽつんと佇んでいるミルクティー。
そっかペットボトル一本でもこの大きさのダンボールを使ってくれるんだ。
買った商品の量によってダンボールサイズを変えていたら場合によってはたいした物を買ってないとバレてしまう。
だからダンボールのサイズを一律で固定してるのは誰が何を買ったのかカモフラージュさせるため、か。
おそらくなにも買ってなくてもカートとダンボールは置いてあるはずだ。
なにも買ってない人でもカートを押していれば、みんなもあの人はなにか買ったと思うから。
心理戦だ。
今日はとくにみんなで集まる約束はしていない。
比留間翔は宮野さんの部屋にいく約束していた。
弓木さんは三木元さんと親しい。
門倉さんは弓木さんと小鳥遊さんと距離を縮めようとしている。
なんとなくそれぞれが個人個人で動き始めたかんじだ。
宮野さんと比留間翔が手を組んだら俺には勝ち目なさそうだけど。
俺もいかにポイントを使わないようにするかもっと戦略を立てないと。
食べ物や飲み物は基本、初日の物資でしのぐ。
娯楽的なものにポイントを使うことはいまのところ考えていない。
今日は、支給品に入っていた漫画で時間をつぶしていくか。
部屋にカートを置いておくと圧迫感を覚えるからカートをカート置き場に戻しにいく。
カートを押していくと、当然のように昨日のカートが置いてあった。
これってずっと並べていったら部屋の前にカートが連なって部屋の扉が開かなくなるんじゃないか、と思ったけどその疑問はすぐに解消された。
なぜならカートを押して一台目のうしろにピッタリとつけておこうと思ったら二台目のカートの先端が一台目のカートの後方に突き刺さるような仕組みになっていたからだ。
これってスーパーとかのカートの造りと同じだ。
これなら七日分のカートをカート置き場に置いてもそんなに場所はとられない。
ここもちゃんと考えられてるんだな。
※
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