【火曜日:Tuesday】

第36話 料理【火曜日:Tuesday】

 火曜日を迎えここでの生活も三日目になった。

 俺は今日受け取るぶんの商品をなにひとつ買ってない。

 注文してなくても「002」の台車とダンボールがあるのか確認するためエレベーターの前までいく。

 

 「宮ちゃん。いい匂い」


 小鳥遊さんは青いつなぎの上から男物でいうところのLLサイズくらいのかわいい猫がプリントされたダボっとした薄いグレーのTシャツを着ていた。

 とうぜんECサイトでは衣類だって売っている。

 爪もマニキュアをしていてネイルも完璧だ。


 小鳥遊さん、まさか出版ポイントを使ってファッションにお金をかけるなんて驚きだ。

 ってこれは俺のようなそこまでファッションにこだわらない人間の考えか。

 小鳥遊さんはどんなときでもオシャレしたい人なんだ。


 Tシャツを着ていながらも相変わらず萌え袖の小鳥遊さんは宮野さんと話に花を咲かせていた。

 あのふたりは良い雰囲気なんじゃないか? 小鳥遊さんは門倉さん以外とならこんなかんじなのかもしれない。


 あるいはもう宮野さんが特別な人とか? 比留間翔は? あっ、比留間翔と宮野さんは仲がいい。

 そういうことか。

 宮野さん経由で本命情報を手に入れる作戦、か。

 

 「これ入浴剤の匂い。一週間もここにいなきゃならないからね。気分でも変えてみようかなって思って何種類か買っちゃった」


 「それ良い案!」


 「気分転換って大事だからね。あと僕、原稿に行き詰まるとついつい部屋の掃除とかトイレ掃除とかしちゃうんだよね」


 「優奈も高校のときなぜかテスト期間中に机の引き出し片付けちゃうことあったよ」


 「あるね。それでテスト勉強しないまま片付けで一日終わりとかね」


 「そうそう。宮ちゃん。わかってるね~」


 「あと僕はストレス発散で料理とかもするけどね」


 「えっ、宮ちゃん。料理男子? なに作るの?」


 「カレーは自信あるかな」


 「カレー。すごーい。優奈自分で作れないから。カレーは配達ばかり」


 「じゃあ、あとで配達・・してあげるよ」


 「ほんと。嬉しー!」


 「おっ、優奈ちゃん。料理の話。これ一緒に食べながらどう?」


 門倉さんはカートを押しながら懲りずに小鳥遊さんに声をかけにいった。

 怖い物知らずだな。

 小鳥遊さんの反応はいまいち薄い。

 というか門倉さんを避けてるように見えた。


 門倉さんは昨日と同じように小鳥遊さんの手首をむりやり掴むようにして自分のほうへ引き寄せた。

 いま門倉さんが手に持ってるのはパーティー用オードブルだ。

 あれも女子メンバーの気を惹かせるために買ったのか? 


 「あと、これほら。トゥンカロン」

 

 「やめて!」


 小鳥遊さんは小さく断ったあと俺たちにまで聞こえるような声でしつこいと叫んだ。 


 「昨日の夜中だって優奈の部屋の鍵ガチャガチャやってたでしょ?」


 「な、なに言ってんだよ。そ、そんなの知らないよ」


 「うそ」


 「ほんとだよ!」


 「一回、開いたんだから。優奈の部屋の鍵どこで手に入れたの?」


 「だから。し、知らないって」

 

 門倉さん深夜に小鳥遊さんの部屋に押し掛けたのか? 信じられないな。

 門倉さんははぐらかそうとしているけど信憑性も信用も両方なくて怪しまれたままだった。

 見るに見かねた宮野さんがまあまあと門倉さんを諫めている。


 「そんなことより僕が小説の書きかたを教えてあげるからさ。三人称とか難しいじゃない」


 門倉さんは宮野さんの忠告を右の耳から左の耳に聞き流した。

 いまはそれどころじゃないってかんじだ。 

 門倉さんはなおも小鳥遊さんの誤解を解こうと必死になっている。


 「優奈。小説なんてどうでもいいの!」


 「えっ? だってスポーツ小説で作家目指してるんじゃないの?」


 「未来の旦那さんがフットボールのビックラブで活躍して優奈は海外生活をするのが夢なだけ」


 こ、これは衝撃の事実だ!?

 小鳥遊さんがスポーツ小説に絞って書く理由ってそこだったのか。

 「比留間女子」なのもそこか。

 でも、小説を書く理由だって人それぞれだよな。


 借金返すためにしょうがくなく小説書いたら売れましたってプロ作家もいるし。

 イヤイヤ書いてたら面白くなっていまも書きつづけてるって作家もいるし。

 それはもう生まれ持った才能だろう。

 あとは運だな。


 「優奈のSNSのハッシュタグはスポーツ選手と繋がりたいだから。だからスポーツ選手が特別審査員の小説の賞に応募してただけなの」


 俺が小説を書く根源とは違うけど三日目にして小鳥遊さんの本性も見えてきた。

 でも俺は今までなにを書いてきた? 俺は小説でなにをいいたかった? なにを伝えたかったんだ? ここにきてなにもない気がした。

 門倉さんは最初俺のことをなんでも書けるって言ってくれたけど、ノンジャンルなんてジャンルを選択した俺にはなんの強みもない。

 

 「ほんとよく何十万字とか書けるよね。優奈それだけでみんなのこと尊敬しちゃう」


 門倉さんは顎を左右に動かしている。

 ギリギリという音がきこえてきて、それがだんだんと大きくなっていった。

 

 「お、おまえみたいやつが遊びで小説なんか書くなよ!」


 あ~あ。

 でも門倉さんがあんな絡みかたするからだろ? このときすでに俺も宮野さんも権藤さんも門倉さんから距離をとりはじめていた。

 ただ遊びで小説を書くな、か……。


 作家を目指してる人にとってはそうだけど。

 そうじゃない人は遊びや趣味で小説を書いたっていいんだよ。


 「あんたこそ。もう二度と優奈に近づいてこないでよ。気持ち悪い!」


 門倉さんはチッと舌を鳴らしてオードブルを床に叩きつけたあと早足でカートを押していった。

 見るに見かねた弓木さんがオードブルの蓋に散乱した唐揚げやエビフライなんかを素手で戻している。

 この娘はどこまでもできた娘だ。

 ほんとに良い娘。


 「可憐ちゃん。ごめんね。ありがとう」


 小鳥遊さんも自分のせいでそうなったことに責任をかんじているみたいだ。 

 弓木さんは無言で左右に首をふった。

 小鳥遊さんは弓木さんに謝りながらその場にしゃがみこんで一緒に片付けをはじめた。

 結束してたわけじゃないけど三日目にしてみんながバラバラになりはじめた。

 

 エレベーターの中にはなんの注文していなくてもちゃんと「002」のカートとダンボールがあった。

 運営はちゃんとカモフラージュしてくれてる。


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