第50話 自己中心的 【土曜日:Saturday】
「僕はブックマンのルール説明をきいてからどうやって全員を殺すか考えてたんだよ。ポイントのことを考えるなら金曜、土曜で動くのが最善だと判断した。僕はどうしても本を出したいんだ。分配ポイントは生存者に分配されるだろ。この状況なら最後にきみが死んでそのポイントがぜんぶ僕に入る。完全犯罪ってのはミステリ小説であってはならないんだけど。きみの死で僕は完璧になる。すべてのポイントが僕のものになって僕は僕だけの小説を出版できる」
「本気で言ってるんですか?」
「もちろん、諸星くん。なんか具合悪そうだけど大丈夫?」
「具合なんて悪くないですけど」
「そう」
宮野さんの片側の口角が上がった。
「事件が解決しない投げっ放しのストーリーを読んで喜ぶ読者がいるとでも思ってるんですか?」
これは宮野さんが誰よりもいちばんよくわかってるはずだ。
探偵が犯人を見つけられない、警察が犯人を逮捕できない小説なんて誰が読むか。
「いないよ。でもそれはあくまで小説のなかでだろ? ここは現実世界。僕が八人のなかの信頼できない語り手だったんだよ。騙されただろ? これが才能なんだよ」
これならブックマンのほうがよっぽど信頼できるし紳士的だ。
「三木元って七十年も生きてて物語を動かせないなんて才能ないよね。いまさら窒息の家族に打ちのめされるなん鈍いにもほどがある。窒息の家族はたしかにすごい作品だけどあれは若者が自分の非力を突きつけられる通過儀礼の作品だろ」
宮野さんはこっちが本当の宮野さんだったんだろう。
俺はたかだか数日でここにいたみんなの本当の姿を知っていると思い込んでいた。
でも宮野さんは最後の最後まで本性を隠してた。
そういう狡猾さを持っていたんだ。
いや、違うな一度だけ編集者のことを言っていたことがあった。
あれがほんとうの宮野亮だ。
ただ悔しさを滲ませたうえの反骨精神じゃない。
自分を認めない者はすべて敵、自分の小説を邪魔する者もすべて敵。
出版ゲームの障害になる俺もとうぜん敵。
「そうでしょうか? 三木元さんがこだわっていた言葉のきれいさ。俺はいまだに
新しい言葉を知る毎日です。日常的に使われてる言葉でも俺だけが知らなかったなんてこともたまにあります。三木元さんは単語ひとつひとつを大事する人なんだと思います。三木元さんが書いた小説を読んであたかも自分がその場にいるような感覚になれたならそれはすごいじゃないですか?」
「わかってないな。それを凌駕する。フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットがあれば物語はおもしろくなるんだよ。この時代にスマホも使えないって。ネットが出てこない小説なんて制約ありすぎだろ? むかしの話を書いても亭主関白なんだろ」
「関係ないですよ。作家って自分が体験したことがなくても綿密な取材と想像力と文章力で物語を生み出す」
「はっ、なに言ってんだよ? 百聞は一見にしかず。百見は
「俺ね。宮野さんが公募で落ちてきた理由なんとなくわかるんですよ。知識だとか洞察力とかそれに発想、ヒラメキはとても敵わない。でも宮野さんって加害者に共感して被害者の気持ちがわからない人だと思うんですよ。なにより人を殺さなきゃ書けない推理小説なんてなんの想像力のないただの凡人だろ? ただの日記だろ? それって推理小説家として致命的だよ!」
「なんだと!」
宮野さんのいちばん触れられたくない部分だったのかもしれない。
能面なのに額に血管が浮かんできた。
「おまえごときが。おまえのような箸にも棒にもかからないやつが俺に意見するな! だいたいおまえのノンジャンル小説なんて書きたことがないやつのセリフだろ」
そこを抉られるとたしかに痛いな。
自分がもっとも見て見ぬふりをしてきた部分だから。
そうだ、俺は自分が書きたいものが定まっていない。
なにを伝えたいのか信念がブレてるんだ。
俺がいま宮野さんに言ったことと矛盾してるのは百も承知だけどまずは、まず最初は、出版ゲームをもとにした「私小説」を書く。
「私小説」は実体験をベースに小説にするからあまり想像力を必要としない。
でも、いいんだ、それでいいんだそれで。
最初はそれでいいんだ。
「この世界には書き手じゃなく読み手だってたくさんいるんですよ。三木元さんの作品で人生が変わる人だっているかもしれない。小鳥遊さんの小説を書く動機は不純だったかもしれないけどスポーツ小説を書いていれば、いつかその小説に影響を受けたプロ選手が誕生するかもしれない。完成作品にさえなっていれば誰かの人生に干渉できるんです」
「はあ? あのバカ女はサッカー選手と結婚することが目的だって言ってただろ。だったらここになんて来るなって話。諸星くん。どのみちきみも終わりだよ。そろそろふらついてきたんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「毒物、薬物は経口摂取にかぎるってこと」
「なにを言ってるんだ? そもそもECサイトに毒物なんて売ってないはずだ。ブックマンはそう言ってた」
「それはご愁傷様。ブックマンの叙述トリックに騙されたね。たしかにヒ素を買おうと思ったってECサイトじゃ買えない。そう、あそこでは薬物も毒物も買えない。でもこれは買える」
宮野さんはオレンジ色の木の実が描かれたラーメン屋にあるコショウの瓶のようなものを持っていた。
「なんだそれは?」
「これカレーが美味しくなるんだよ」
カレー? 小鳥遊さんが俺の部屋にきて言っていたことは本当だった。
火曜日に宮野さんが持ってきてくれたカレーを食べたあとから体調がおかしいって。
あれは真実だったんだ。
「半信」を信じておいてよかった。
そっか小鳥遊さんが俺の部屋にきたのって消去法か。
弓木さんはあの状態だったし、小鳥遊さんは宮野さんのことをどこか怪しんでた。
となればそれを相談するのはもう俺しか残っていない。
「なんなんだ?」
「ナツメグ。摂取量によっては死に値するもの。これは香辛料だからどこのネットショップでも買える」
「だから俺の体を気にかけてたのか? でも俺はそんなものは口にしてない」
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