第51話 隠し機能 【土曜日:Saturday】

 「セオリーとしてきみが死ぬ前に権藤・・の死から一連の流れを教えてあげないとね。権藤ってああいう脳筋タイプだからあとで良い薬をやるからあのシリアルキラーの女を襲っちゃえって吹き込んだよ」


 弓木さんを前にしたあのとき宮野さんが権藤さんの耳元でいってたのはそれか。


 「ならどうして権藤さんは小鳥遊さんに刺されたんだ? 権藤さんが弓木さんを襲う場合、鍵をしめるはずだ。小鳥遊さんはどうやって003に部屋に入った?」


 「僕にはマスターキーがあるから」


 「なに」


 まさかこの人って運営側なのか?


 「あんたは総合出版社財団の人なのか?」


 「諸星くんあいかわらず頭悪いね? 九人目がいるだとか。本当は誰かが生きてるだとか。復讐のためにここに集められただとか。僕が運営側ならこんな周りくどいことしてないって。それに本を出せる財力があるならとっくにそうしてるよ。自分で出版社作ってありったけの金を広告に使うほがいいと思わないか?」


 ほんとだ。

 俺ってバカだな。

 こんな簡単なことなのに。


 「ここに位置している八部屋はこのスマートウォッチで開閉が可能なんだよ」


 「う、うそだ」


 初耳だぞ。

 そんなこと。


 「ブックマンが最初に言ってたろ? このスマートウォッチにはいくつかの隠し機能があるって。このスマートウォッチはスマートキーの役割もあるんだ。もっともこれを僕に教えてくれたのは比留間くんだった。彼との話は有意義だったよ。最初の時点で大枚をはたいてCPUを買ってなにかをやろうしていたくらいだ。彼と情報交換をしていればおもしろ小説を書きつづけられたと思う。本当に彼の死は残念だ。あの恋愛小説サイコパスが比留間くんを刺してなければっていまでも思うよ」


 恋愛小説サイコパスって……。

 比留間翔はSF小説家志望でそういう技術にも詳しかった。

 宮野さんが比留間翔を必要としてるのは結局、自分の小説をブラシュアップさせる道具だからだ。


 「ならあんたは推理小説サイコパスだろ?」


 「どうとでも言えよ。単純に扉の前でスマートウォッチを近づけて画面にでてくる十の数字の中から三桁の数字を押すだけ。ためしに夜中、小鳥遊の部屋で試してみたんだ。あのバカも俺のこと宮ちゃんと呼びやがって。あんな頭の悪そうなゴミが」


 小鳥遊さんは門倉さんが扉をガチャガチャやたって思ってたみたいだけどそれをやったのは宮野さん。

 夜中に鍵を開けられたって言ってのも本当だったんだ。

 

 やっぱりオバケはいたんだ。

 オバケは宮野さん。

 小鳥遊さんの部屋からオバケが去ったあとに部屋の外に良い匂いが残っていた。

 その匂いは権藤さんを刺したときに宮野さんからしていた匂いと同じだったって小鳥遊が言っていた。


 オバケはちゃんと残り香を置いていった

 宮野さんが入浴剤に凝っていたのが裏目に出た。

 でも、そのすべてが宮野さんの実験だったとは。

 

 「三桁ってのは俺たちの部屋の番号か?」


 「ここまでヒントをだしたらさすがにわかるよな。そもそも各部屋のほとんどがIOTアイオーティー家電なんだよ。比留間くんの部屋や他の部屋でも冷房が入っていただろ? おそらくあれは運営が遺体の腐敗を遅らせるために遠隔で電源を入れたんだろう。その中心のメインコンピュータの役目がこのスマートウォッチ」


 IOT家電ってネットに繋がる家電のことか。

 俺が尊敬していた宮野さんじゃなく宮野・・がスマートウォッチの液晶を指でとんとん叩いた。

 全部屋で冷房が入っていのはそれが理由か。


 「比留間くんがこのスマートウォッチを褒めてた意味がわかったよ。権藤が弓木を襲うことはほぼ確定。ただ権藤も元気なままじゃ制御できないから、木曜日の日中に細かな打ち合わせをしてあいつに精力剤といってこれを飲ませた。精力剤の効果が最大限に発揮される時間を権藤に教えておけばそれが弓木を襲う時間になる。あとは弓木が襲われてるところへ小鳥遊を投入すればいい」


 「どうやって小鳥遊さんの行動をコントロールした。オバケを使ったのか?」 


 「オバケ? ああ、あれをそう受け取ってくれたのか。なるほど日本らしい死生観だ」


 「オバケからのメッセージってのがそうか?」


 「このスマートウォッチにはもうひとつの隠し機能があるんだよ」


 「これにまだそんな機能が?」


 「各部屋のモニターに百文字以内のメッセージを表示することが可能なんだよ。だから小鳥遊の部屋のモニター画面に門倉名義で怨みのメッセージを送った」


 このスマートウォッチにはそんな機能まであったのか。

 これも宮野が比留間翔にきいたから知っていた話なんだろう。


 「でも、それだけで小鳥遊さんが従順に行動するとは思えない」


 「そのとおり。門倉の呪いを信じさせるにはある特定の呪い発動条件が必要だ。それが門倉の周囲にある花瓶。一輪だけ変色した黒い薔薇ってのは呪いを信じるのにぴっただと思わないか?」


 あの黒い薔薇を用意したのも宮野だったのか? 小鳥遊さんは門倉さんが死んでどこか自責の念を抱えていた。

 そんな極限状態でモニターに映し出されたメッセージを見て、大広間にある花も本当に黒い薔薇に変わっていたら呪いを信じてしまうのも無理はないだろう。


 小鳥遊さんにはSIMカードの知識もないほどだ。

 それに門倉さんが扉をガチャガチャやっていと思い込んでいたから小鳥遊さんは半分、洗脳状態でもあったんだろう。

 

 「そこまで用意周到に計画してたのか?」

   

 「僕ね。最近大広間で暮らしてたんだよ。みんな動きは丸見えだったよ」

 

 「隠れるところなんてないはずだけど?」


 「門倉のうしろだよ。ホラー小説なんでもよくあるだろ。死体と一緒に過ごすなんて話。あの気味悪さがこれからの俺の小説の血肉になる。あれもいい体験だった。最近は臭いを放ちはじめて遠慮してたけどね」


 まさか門倉さんの遺体のうしろに寝そべって隠れてたなんて

 だからあんな大きなシーツと布団で門倉さんを覆ってたんだ。

 誰も気味悪がってシーツなんてめくらない。

 みんなが目を背けてしまうあの結界こそがこの大広間の盲点だったんだ。

 

 黒い薔薇だけじゃなく、あの八つの花瓶も自分の身を隠すために宮野が置いたんだ。

 本物の推理小説サイコパス。

 宮野が自分で気づかないうちに良い匂いをさせてたのは、自然と風呂に入る回数が増えた。

 でもそこが破綻のはじまり。


 「まあ最終的にはナツメグでみんな動けなくしたあとはカートに載せて今回のバカ女ふたりと同じように良い・・匂いのユニットバスにぶちこめばすべて解決さ」


 「どういうことだ?」


 「知らない?」


 「なにがだ?」


 「あいかわらず浅い知識だね。入浴剤ととあるトイレ用洗剤を混ぜればたちまち硫化水素の発生さ。ユニットバスの入口四辺をビニールテープで塞ぎ、あらかじめ洗面器のなかに入れておいた液体洗剤に時差で入浴剤が落ちる仕掛けを作ればいい。仕掛けはECサイトで買ったマジック用品を応用した」


 極力ポイントを使いたくないって言ってたわりに入浴剤に凝ったりカレーを自炊していたのも誰かを殺すための道具を作るためだったのか。

 推理小説家志望、人を殺すトリックを熟知している。

 

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