第49話 変貌 【土曜日:Saturday】

 部屋に戻る途中でも門倉さんの結界が目に入って胃がギュルギュルと鳴った。

 口の中でしないはずのハーブティーの味がして、そのあと酸味をかんじた。

 胃から液体が逆流しようしていている。


 俺は口を手で塞いだまま早足で部屋に向かう。

 走ればその刺激が胃に伝わって戻しそうだ。


 なんとか部屋まで耐えトイレのなかでせいだいに嘔吐いた。

 宮野さんのハーブティーがゼロになった。 

 ミネラルウォーターで口のなかを何度もすすいでから、ベットの上で横になり休憩する。


 数十分くらいし落ち着きを取り戻した俺はスマートウォッチに録音をはじめた。

 あれは小鳥遊さんの言葉が合っていたということなのかわからない。 

 でも、それを確かめることももうできない。


 明日で最終日。

 宮野さんが言ってたようにどんな決着になるか? 俺もそんなにポイントを無駄遣いはしていない。

 残りの四人になってもう凄惨な事件が起こることもない。


 眠くなくても布団に入って目をつむっているだけでも休息になると聞いたことがある。

 ベットのうえで横になって目をとじる。

 時間がゆったりと流れていく。

  

 俺の右の手首が振動したような気がした。

 錯覚じゃ、ないよな。

 音が鳴ったのか? はっ!?

 なんでまたスマートウォッチが鳴るんだよ?



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【分配ポイントを獲得しました】 28564pt


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 日付が変わって今日は出版ゲームの最終日の土曜なのにこの期に及んでなんで分配ポイントが? なんで? どういうことだよ。


 いまここにいる生存者は俺と宮野さんと弓木さんと小鳥遊さんだけだぞ。

 他の四人がもう生きていないことをつい数時間前に確認したばっかりなのに誰が誰を殺すっていうんだ。

 

 弓木さん? いや権藤さんに暴力を受けてそれどころじゃない。

 小鳥遊さん、だってあの調子だし体調も悪そうだ。 

 宮野さん? ありえないだろ。


 誰が犠牲になったのかわからないけど宮野さんに教えてもらった計算式で計算すると今回もふたり死んでるような気がする。


 頭の中で警戒音がなっている。

 俺は大広間にいっていいのか? ほんとに運営はこの一連の殺人に関与してないのか? ブックマンの話を信じていいのか? 信頼ならない語り手……。


 それでもたしかめずにはいられないのが人間だ。

 俺は過去にあのときここで辞めておけばってよかったって後悔したことが何度もある。

 

 でも、たしかめないと気持ち悪い。

 得体のしれないままやりすごすことができない。

 あの「総合出版社財団」からの封筒を信じたのだってこの好奇心があったからだ。


 でもそれが作家の探求心だと思えば長所だ。

 俺は自分の身を守るために用意したぜんぶを持っていく。

 このときのために作ったものだろ。 

 死んだらそれで終わりだ。

 俺はテーブルのうえにある重厚なソレ・・を青いつなぎのポケットにそっとを忍ばせた。

 

 手に乗ったときの重さが頼りになる。

 手の震えだって抑えてくれるかもしれない。

 

 昼間に小鳥遊さんが俺の部屋で言ってたことは信じるに値するか? 

 ”オバケ”? なんのために現れたオバケなんだ? 

 

 目もばっちり冴えてる。

 よし、行こう。

 高ぶった気持ちのまま廊下を進んでいく。



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「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」「M」

「N」「O」「P」「Q」「R」「S」「T」「U」「V」「W」「X」「Y」「Z」


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 大広間にいくといつの間にかアルファベットの「F」が消えていた。

 Fridayフライデー、金曜日が終わったからか? 残り点灯しているアルファベットは「S」「W」のふたつにだけになっている。

 このアルファベットが消える法則はいまだにわからない。

 

 門倉さんの結界が目に入って、また気持ち悪さが甦ってきた。

 臭いは記憶されるってのはほんとだ。

 でも胃の中はもう空っぽだし、横になっていたから体調も回復してる。


 昨日とは違ってすでに大広間に宮野さんがいた。

 なら今回、犠牲になったのは弓木さんと小鳥遊さんのふたりか。

 理由はわからないけど女子二人で刺し違えたってこともあるか? だとすれば比留間女子であることが原因かもしれない。

 「比留間女子」だったふたりが未来を悲観し同時に死を選だってことならありえるかもしれない。


 「宮野さん。なにがあったんでしょう?」


 「さあ?」


 宮野さんがカタカナの「ハ」を逆にしたように両手を広げた。


 「分配ポイントを計算してみると。残りは僕ときみだけってことになるよね?」


 「そうですよね。あのここには本当に八人しか存在してないんでしょうか?」


 「数時間前に調べなおしたはずだけど。それにポイントが合わなくなる。仮にポイントを無視して他にもうひとり施設に隠れている目的がわからない」


 「よくある復讐とかってどうですか? 俺もコンビニにいるときに知らずに知らずに誰かから恨みを買っていてここに集められたとか?」


 「諸星くん。僕らみんなが誰かの復讐の対象ならさ。睡眠剤で眠ってるときに永遠に眠らせたほうが効率いいんじゃないかな。ときどき復讐ものでもさ、そんな回りくどいことやるくらいなら最初から殺せばいいのにって思うことない?」


 「あ、ありますね。ちょっと考えすぎでした。小鳥遊さんの部屋にいってみますか。弓木さんも一緒にいるはずですから?」


 「それはもうどうでもいいんじゃないかな」


 「えっ? どうしてですか?」


 「だって、あとは諸星くんがいなくなれ・・・・・ば僕の出版が確定じゃないか」


 えっ? なに言ってんだこの人? 宮野さんは能面のように無表情だった。


 「み、宮野さん……」


 「ポイントが分配されたってことはあのふたりは浴槽でちゃんと死んでくれたってことなんだよ」


 「浴槽で死んでくれたってどういうことですか?」

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